婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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「……損失補填。急がなければ」

三日間の強制休養(という名の軟禁生活)を終えた私は、鬼の形相で執務室に復帰していた。

私のいない三日間。

屋敷の機能は停止こそしなかったものの、細かな「無駄」が発生していたはずだ。

「セバスチャン! この三日間の光熱費データを持ってきて! アレクシス様が夜更かしして本を読んでいた分の魔石消費量、きっちり請求するわよ!」

「お、奥様……病み上がりなのですから、もう少しお手柔らかに……」

セバスチャンが涙目で訴えるが、私は聞く耳を持たない。

病み上がり?

ノンノン。

十分な休養(メンテナンス)を経た今の私は、新品の蒸気機関車のようにパワフルだ。

そこへ、当の「浪費家ボス」が現れた。

「モナ。仕事熱心なのはいいが、今日は重要な予定があるのを忘れていないか?」

アレクシス様だ。

今日はやけにキリッとした正装だ。

「予定? ……ああ、在庫棚卸しの日でしたっけ?」

「違う。王家主催の夜会だ」

「……あ」

忘れていた。

そういえば、そんなビッグイベントがあった。

私の社交界デビュー戦であり、カイル殿下やリリナとの直接対決の場。

そして何より、公爵家というブランドを宣伝する絶好の「展示会」である。

「忘れていたのか……」

アレクシス様がガクリと項垂れる。

「君のために、国中の針子を集めてドレスを用意させたというのに」

「ドレス? ああ、そういえば採寸されましたね、寝ている間に」

朦朧とする意識の中で、メジャーを持ったおば様たちに囲まれた記憶がある。

あれは悪夢じゃなかったのか。

「ついて来い。衣装部屋に用意してある」

アレクシス様に連れられ、私は衣装部屋へと向かった。

扉が開かれる。

その瞬間、私は息を呑んだ。

「……これ、は」

部屋の中央、トルソーに着せられていたのは、息を呑むほど美しいドレスだった。

色は、深く澄んだミッドナイトブルー。

最高級のシルク地には、夜空の星々を模した銀糸の刺繍が施されている。

派手なフリルやリボンはない。

だが、その洗練されたシルエットと、圧倒的な生地の質感は、見る者を黙らせる「品格」に満ちていた。

「どうだ?」

アレクシス様が、少し自慢げに尋ねる。

私は近づき、恐る恐る生地に触れた。

(……すごい。これ、妖精の繭から紡いだ糸だわ。市場には出回らない幻の素材……)

私の脳内電卓が、桁数の限界を超えてエラーを起こす。

「旦那様。これ、おいくらですか? 国庫から借金しました?」

「失礼な。俺のポケットマネーだ」

「あなたのポケット、底なしですか?」

「君のためなら、国一つ買えるくらいは用意する」

彼は平然と言い放った。

(……この人、本当に金銭感覚がバグってる)

だが、悪い気はしなかった。

これほどの「戦闘服(ドレス)」を用意してくれたのだ。

これはつまり、アレクシス様からの「期待」の表れである。

『我が公爵家の威信をかけて、敵(元婚約者たち)を圧倒せよ』

という、無言の業務命令だ。

「理解しました、ボス」

私はキリッと敬礼した。

「この装備なら、防御力も攻撃力(威圧感)も申し分ありません。リリナ様の安物ドレスなど、一瞥で灰にできるでしょう」

「……灰にする必要はないが、まあ、君が一番輝いてくれればそれでいい」

アレクシス様は苦笑し、壁際の棚を指差した。

そこには、以前私が「換金用」として残しておいた、あのエメラルドのネックレスが飾られていた。

「仕上げに、あれを着けてくれ」

「了解です。……トータルコーディネートの総額、推定金貨一万枚。私が転んだら国家予算が傾きますね」

「転ばないように、俺が支える」

アレクシス様が、スッと手を差し出した。

「さあ、着替えてくれ。……それから、ダンスの練習も必要だろう?」

「ダンス? ああ、そういえばステップの手順(アルゴリズム)を忘れかけていました」

「……君は、ダンスまで計算で踊るのか」



一時間後。

着替えを済ませた私は、ダンスホールの鏡の前に立っていた。

(……これが、私?)

鏡の中の女性は、自分でも見知らぬ美女だった。

夜空色のドレスが、私の銀髪と白い肌を際立たせている。

胸元のエメラルドが、怪しく、そして高貴に輝く。

いつもの「ドケチな悪役令嬢」の面影はない。

そこには、冷徹で美しい「氷の公爵夫人」が完成していた。

「……美しい」

背後から、アレクシス様が溜息交じりに呟いた。

鏡越しに目が合う。

彼の瞳が、熱っぽく私を見つめている。

「モナ。君は……本当に、俺の自慢の妻だ」

「恐縮です。素材(ドレス)が良いので、加工(化粧)映えしました」

「中身の話だ。……いや、外見も最高だが」

アレクシス様が背後から抱きしめるようにして、私の手に自分の手を重ねた。

「さあ、ステップの確認だ。俺に身を委ねろ」

「はい。……右足から前進、四十五度ターン、重心移動……」

私はブツブツと動作手順を唱えながら動き出した。

タン、タン、タン。

ワルツのリズムに合わせて、広いホールを回る。

アレクシス様のエスコートは完璧だった。

力強く、それでいて強引ではない。

私がつまずきそうになっても、即座に支えてくれる。

(……踊りやすい)

カイル殿下と踊った時は、いつも足を踏まれないかヒヤヒヤしていた。

彼のリズム感は絶望的で、私は常に彼の動きを先読みして回避行動(ステップ)をとらなければならなかったからだ。

でも、アレクシス様となら。

何も考えなくても、体が勝手に流れていく。

「……上手いな」

「旦那様のリードが的確だからです。無駄な動きが一切ありません」

「そうか。……もっと、近くへ」

グッ、と腰を引き寄せられる。

体が密着する。

彼の体温、硬い胸板の感触、そして微かに香るシトラスの香り。

「っ……!」

心臓が、ドキンと大きく跳ねた。

(……な、なに? この不規則な鼓動は)

息が少し苦しい。

顔が熱い。

(まさか、まだ熱が下がっていない? いや、病み上がりの運動で心肺機能に負荷がかかりすぎているのかも)

私は必死に呼吸を整えようとした。

「……顔が赤いぞ。無理をしているんじゃないか?」

アレクシス様が心配そうに覗き込む。

その顔が近すぎて、さらに心拍数が上がる。

「い、いえ! これは、有酸素運動による血流の増加現象です! 正常値です!」

「ならいいが。……君が俺の腕の中にいると、俺の心臓もうるさいんだ」

「え?」

見上げると、アレクシス様は少し照れくさそうに笑っていた。

「聞こえるか?」

彼は私の手を、自分の胸に当てた。

ドクン、ドクン。

速くて、力強い鼓動。

私と同じリズムだ。

「……旦那様も、不整脈ですか?」

「……違う」

「ストレス性の動悸? やはり公務の負担が……」

「ときめき、と言うんだ。こういう時は」

アレクシス様は呆れたように、けれど愛おしげに私の額にキスをした。

チュッ、という軽い音。

思考回路がショートする。

「と、と、と……!?」

「本番では、もっと近づくぞ。覚悟しておけ」

彼はイタズラっぽく笑い、私をくるりとターンさせた。

ドレスの裾が、夜空のように広がる。

私は目を回したような感覚のまま、音楽が終わるまで踊り続けた。

(……危険だわ)

私は本能的に悟った。

この男(ボス)は、私の「鉄壁の理性(計算機)」を狂わせるウイルスだ。

このままでは、私の「金銭第一主義」というOSが書き換えられてしまうかもしれない。

(気を引き締めないと。今夜の目的は、あくまで公爵家の威信を見せつけること。そして、カイル殿下たちへの借金のカタをつけること!)

私は頬をパンと叩いた。

「よし。気合入りました!」

「痛くないか?」

「これくらい平気です。……さあ旦那様、行きましょう。戦場(パーティー会場)が待っています!」

「……ああ。行こうか」

アレクシス様は私の手を恭しく取り、甲に口付けた。

「今夜の君は、誰よりも強い。俺が保証する」

「はい。最高の『置物』としての役割、完璧に遂行してみせます!」

「……だから、置物じゃないと言っているんだが」

私たちの乗った馬車は、星空の下、王城へと走り出した。



王城、大広間。

そこはすでに、煌びやかなドレスと宝石に身を包んだ貴族たちで溢れかえっていた。

「……おい、聞いたか? 今日、ミランド公爵が来るらしいぞ」

「まさか。あの氷の公爵が夜会になんて……」

「しかも、例の『悪役令嬢』を連れてくるって噂だ」

「婚約破棄されたばかりの? 正気か?」

「どうせ、公爵の愛人として囲われたんだろう。みっともない」

ヒソヒソという陰口。

好奇の視線。

それらが入り口付近に集中している。

到着した私たちの馬車から、まずはアレクシス様が降り立った。

その姿が見えた瞬間、周囲の空気がピリッと凍りつく。

漆黒の礼服に身を包んだ、美しくも恐ろしい公爵。

彼は周囲の視線など意に介さず、馬車の中に手を差し伸べた。

「おいで、モナ」

「はい、旦那様」

私はその手を取り、ステップを降りた。

ミッドナイトブルーのドレスが、照明を受けて艶やかに輝く。

私が顔を上げ、背筋を伸ばして立った瞬間。

ざわめきが、波が引くように消えた。

「……っ」

誰かが息を呑む音が聞こえた。

「……誰だ、あれ」

「美しい……」

「女神か?」

「いや、あれは……モナ・バーンズ嬢!?」

「嘘だろう? あんなに綺麗だったか?」

驚愕の声がさざ波のように広がる。

私は内心でガッツポーズをした。

(勝った)

第一印象(ファースト・インプレッション)の勝利だ。

これだけの注目を集めれば、広告効果は抜群だ。

「行くぞ」

アレクシス様が私に腕を貸す。

私はその腕に手を添え、優雅に微笑んだ。

「はい。……皆様に、公爵家の『経営状態の良さ』を見せつけて差し上げましょう」

「君は本当に……」

アレクシス様は苦笑しつつ、堂々と歩き出した。

大広間の扉が開かれる。

その先には、私を捨てた元婚約者と、浮気相手の男爵令嬢が待ち構えているはずだ。

「さあ、決算報告会の始まりよ」

私は小さく呟き、光の中へと足を踏み入れた。


悪役令嬢モナの、華麗なる逆襲(プレゼンテーション)が幕を開ける。
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