婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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ガシャンッ!!

派手な音を立てて砕け散った窓ガラスの破片が、キラキラとダイヤモンドダストのように舞う。

カフェの店内は、一瞬にして真冬の寒さに包まれた。

「ひっ……!」

私に手錠をかけようとしていた衛兵たちが、悲鳴を上げて飛び退く。

彼らの足元は、いつの間にか床ごと凍りつき、身動きが取れなくなっていたからだ。

「公爵夫人に対する不敬罪、および拉致未遂。……極刑に値するな」

アレクシス様が、氷の剣(魔力で作ったもの)を手に、ゆらりと立ち上がる。

その瞳は完全に据わっていた。

「ま、待ってください公爵閣下! 我々は通報を受けて……!」

衛兵の一人が震えながら言い訳をしようとする。

「問答無用」

ヒュンッ。

アレクシス様が剣を一振りすると、衛兵の持っていた槍が真っ二つに凍りつき、砕け散った。

「ひぃぃぃっ!!」

「次は首だ」

アレクシス様が、衛兵の首元に切っ先を突きつける。

本気だ。

この人は今、本気でこの場にいる全員を氷像に変えようとしている。

(……ストップ! それはコストパフォーマンスが悪すぎる!)

私は慌てて割って入った。

「旦那様! ステイ! 待て、です!」

「……退いていろ、モナ。こいつらは害獣だ。駆除しなければ」

「駆除にかかる清掃費と、公爵家の評判低下(ブランド毀損)を考えてください! それに、彼らを殺してしまっては『慰謝料』が取れません!」

「……慰謝料?」

その単語を聞いた瞬間、アレクシス様の動きがピタリと止まった。

「そうです。彼らは生きた『財布』です。殺すより、生かして毟り取る方が建設的です」

私は力説した。

アレクシス様は「ふむ」と少し考え込み、剣を下ろした。

「……一理ある。さすが私の妻だ。慈悲深い」

(慈悲の意味が違いますが、まあいいでしょう)

私は安堵のため息をつき、凍りついた衛兵たちと、腰を抜かしているリリナ様に向き直った。

「さて、リリナ様。そして衛兵の皆様」

私は懐から、ペン型の魔道具を取り出した。

「こ、それは……?」

リリナ様が顔を引きつらせる。

「最新式の録音魔道具です。……再生しますね」

カチッ。

『今日は、お姉様のために特別なクッキーを焼いてきたの』

『さあ、召し上がれ。私の謝罪の気持ちよ』

リリナ様の猫なで声が、カフェの中にクリアに響き渡った。

周囲の令嬢たちが「あっ……」と口元を押さえる。

「聞こえましたか? リリナ様は明確に『自分が焼いた』と仰っています。つまり、このクッキーの所有権および製造責任はリリナ様にあります」

私は衛兵たちを見た。

「リリナ様は『モナが持ってきた毒入りクッキーだ』と主張されましたが、この録音が虚偽であることを証明しています」

「そ、それは……!」

衛兵たちが狼狽える。

「さらに」

私はもう一度ボタンを押した。

『……この味、市販の激安ショートニングの味……!』

『どう? 美味しい?』

『ええ、とても』

私の食レポ(酷評)と、それを聞いて喜ぶリリナ様の声。

「私が毒見をして、健康に害がないことも証明済みです。……もし毒が入っているとしたら、それは『安物という名の毒(添加物)』だけです」

「くっ……!」

リリナ様は顔を真っ赤にして、わなわなと震え出した。

言い逃れができない。

完全に詰み(チェックメイト)だ。

「う、嘘よ! それは……音声の捏造よ!」

リリナ様が苦し紛れに叫ぶ。

「この魔道具は王立魔導研究所の認定品です。捏造防止の魔法式が組み込まれています。……さて、衛兵さん?」

私はニッコリと衛兵たちに微笑みかけた。

「貴方たちは、虚偽の通報を鵜呑みにし、あまつさえ確たる証拠もなく公爵夫人を拘束しようとしました。……これ、公爵家に対する『宣戦布告』と受け取ってよろしいですね?」

「い、いえ! 滅相もございません!」

「我々はただ、男爵令嬢に言われて……!」

「では、どちらが嘘をついているか、もうお分かりですね?」

衛兵たちは一斉にリリナ様を睨んだ。

自分たちの保身のためなら、雇い主(買収元)など簡単に裏切る。それが小悪党の心理だ。

「リリナ様……! 騙したんですか!」

「署までご同行願いましょうか!」

「きゃああっ! やめて! 私は王太子の婚約者(予定)よ! 無礼者!」

リリナ様がキーキーと喚くが、衛兵たちは今度こそ彼女を取り押さえる……ふりをして、どさくさに紛れて逃げようとしていた。

「……待て」

アレクシス様の低い声が、逃走を図る彼らの背中を打つ。

「逃がすとは言っていない」

パキンッ。

衛兵たちの足元の氷が、さらに厚く、膝まで競り上がった。

「ひぃぃぃっ!」

「我が家の法務担当が到着するまで、そこで頭を冷やしていろ。……一歩でも動けば、次は全身を氷像にする」

アレクシス様は、リリナ様に対しても冷ややかな視線を向けた。

「貴様もだ、男爵令嬢。……我が妻を罠に嵌めようとした罪、その薄っぺらいドレスを引き裂いてでも償わせてやる」

「ひっ、ひぐっ……!」

リリナ様は恐怖のあまり、白目を剥いて気絶してしまった。

「……あーあ」

私はやれやれと首を振った。

気絶されたら、慰謝料の交渉ができないではないか。

「旦那様。やりすぎです。交渉相手がシャットダウンしてしまいました」

「構わん。あとはあいつの実家に請求書を送りつければいい」

アレクシス様は剣を消し、私の元へ歩み寄ってきた。

そして、私の顔を両手で包み込み、必死な形相で検分し始めた。

「モナ! 怪我はないか!? 変なものを食べさせられたと言っていたな、吐き出せるか!?」

「え、いえ、もう消化プロセスに入っていますし……」

「毒かもしれん! 胃洗浄だ! 今すぐ医者を!」

「だから、ただの安物クッキーですってば! 胃もたれはするかもしれませんが、致死性はありません!」

「君の体は繊細なんだ! 安物など食べたら壊れてしまう!」

「私は精密機械ですか」

アレクシス様の過保護ぶりは、相変わらず通常運転だ。

周囲の令嬢たちが、ポカンと口を開けてその様子を見ている。

「……あの公爵様が、あんなに必死に……」

「愛されてるわね……」

「リリナ様の言ってたこと、全部嘘だったんじゃない?」

世論(ギャラリー)のオセロが、完全に黒から白へとひっくり返った瞬間だった。

「……帰りましょう、モナ。ここは空気が悪い」

アレクシス様は私を横抱き(お姫様抱っこ)にした。

「きゃっ! またですか! 歩けます!」

「床がガラス片で危ない。君の靴底が傷ついたら大変だ」

「靴底より私の体重を支える旦那様の腰の方が心配です!」

「俺の腰は強靭だ。夜通しでも問題ない」

「っ……!?(変な意味に聞こえるからやめて!)」

周囲の令嬢たちが赤面する中、私たちは堂々とカフェを後にした。

去り際、私はカフェの店主に声をかけた。

「店主さん! 窓ガラスの修理代は、あそこで気絶しているリリナ様に請求してください! 『原因を作ったのは彼女だ』という証言なら、私がしますから!」

「は、はいぃぃ!」

(よし、これで経費ゼロ!)

私はアレクシス様の腕の中で、しっかりと勝利のVサインを決めた。



馬車の中。

アレクシス様は、まだ難しい顔をしていた。

「……許せん」

「まだ怒っているのですか?」

「当たり前だ。君があんな……添加物の塊のようなクッキーを食べさせられたと思うと、腸が煮え繰り返る」

「怒りのポイント、そこですか?」

「それになにより」

アレクシス様は、私をじっと見つめた。

「君が一人で敵地に乗り込んだことだ。……もし俺が間に合わなかったら、どうするつもりだったんだ」

「その時は、自力で脱出していましたよ。スタンガンもありますし、窓ガラスくらいなら椅子で割れます」

「……そういう問題ではない」

アレクシス様は私の手を握りしめ、自分の額に押し当てた。

「俺を……頼ってくれ。金だけでなく、俺の武力も、権力も。すべて君を守るためにあるんだ」

その声は震えていた。

彼は本気で心配してくれていたのだ。

失うことを、恐れてくれていたのだ。

私の胸の奥で、計算機では弾き出せない温かいものが広がっていく。

「……わかりました、ボス」

私は素直に頷いた。

「次は、もう少し早めに『援軍要請』を出します。……追加料金なしで駆けつけてくれますか?」

「ああ。光の速さで駆けつける」

「ふふ、頼もしいですね」

私は彼の手を握り返した。

今回の騒動で、リリナ様の信用は地に落ち、公爵家の「被害者」としての立場は確立された。

慰謝料の増額交渉もスムーズにいくだろう。

すべては順調だ。

そう思っていた。

だが、屋敷に戻った私たちを待っていたのは、さらなる衝撃的な事実だった。

「……旦那様。これは一体?」

執務室の机の上に置かれていたのは、一冊の古びた日記帳。

それは、アレクシス様の亡きお母様、先代公爵夫人の遺品だった。

そこに記されていたのは、アレクシス様が「女性不信」になった本当の原因と、王家との間に隠された「呪われた契約」の秘密だったのだ。
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