聖女様の推しが僕だった

ふぇりちた

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魅惑の聖女様

7 ウィリデ

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「よかったな、美味しいもの食べさせてもらえて」


 満腹でお腹をさする妖精の頭を撫でれば、嬉しそうに笑った。
妖精達の何人かは、仕事に戻るチーフについて行った。
どうやら、チーフ=美味しいものをくれる人間と認識したらしい。
うん、間違いない。だってチーフの腕だもん。
僕もパフェ食べてみたかったな。


「君達と話せればいいんだけどね」


 ほっぺを、つんつんしならがらぼやく。
まあ僕じゃ無理だろうけど。
 ヘルツァーさんが言ってた精霊使いの人、いつ会えるかな。


「わっ、なんだ?
ふふ。くすぐったいよ」


 緑の髪の妖精が、おでこをくっつけて高速ですりすりしてくる。
ん? 何だか摩擦で熱くなってきたな。
されるがままになっていると、急に眩暈がした。


「あれ………」
「お気に入り、大丈夫ー?」
「ああだいじょ………ぅぶ? え、おきに、え?」
「聞こえたぁ? お気に入り」


 まさか、今僕と話しているのは………


「ねぇねぇ、聞こえてないの?
おかしいなぁ。話したいって言うから、契約したのにー。
加護が足りなかったのかなぁ」
「しゃべっ! 契約? え、何、何なの急に」
「あっ聞こえてたんだー。もう、早く言ってよぉ」
「すみません」


 誰かヘルツァーさんを呼んで来てくれ。
知らぬ間に契約を結んでしまったらしいけど、大丈夫なのか。
場合によっては、直ぐに破棄しないと。
あれ、破棄とかってできるの?


「お気に入り、名前つけて」
「そのお気に入りって、僕のこと?」
「そう! なまえっなまえっ!」


 この子に気に入ってもらえたからってことかな。
 名前かぁ。緑が特徴だから、緑しか思い浮かばないんだけど。


「みどり……、おちび…………ああ、ウィリデはどうだ?
古代語で緑色って意味なんだけど」


 昔、精霊学で古代語の名残りが今もあるって先生が話していた気がする。
あまりに直接的すぎるだろうか。でも、僕にそんなセンスないし。


「ん~、まあいいよ!
今日からウィリデは、ウィリデなのー」
「そ、そうか? なんか、ごめん。
僕のことは、ディオンって呼んでくれ」
「うん。ウィリデね、寝床はふかふかの草と元気なお花でいっぱいにして欲しいのー」


 名前は勘弁してくれたらしい。
 だけど、ウィリデは僕に何を望んでいるのだろう。
寝床を新しくしろってことかな。
そもそも、妖精達は何処で寝ているんだ?


「何でもいいのか? けど、切り花は枯れてしまうから、難しいよ」
「ディオンが選んでプレゼントしてくれればいいの。
ウィリデがちゃんと長持ちさせるからー」


 なるほど。妖精の特殊な力ってわけだ。
 花の調達は、街に行くしかないな。宿舎に花壇なんてないし。あったら、少しでも訓練場を広くする為に、更地にするだろう。
 けどなー。パレード用に、国が花屋を押さえているだろうから………妖精が満足してくれるような花を手に入れることができないかもしれない。


「直ぐには用意できないんだ。
ちょっと待ってくれる?」
「えーっ! じゃあウィリデ、今日どうやって寝るの?」
「今あるものじゃダメなのか?」
「だって、ディオンと契約したから、ディオンと一緒に暮らさなきゃ。ウィリデの作って!」


 まさかの、ルームメイト宣言。
 妖精って、そういうものなのか。
本当にこのまま流されていいのか。きちんと手順を踏むべきなんじゃ。


「ごめん、その契約がよく分かってなくて。
だから教えてもらえると助かるんだけど」
「ありゃりゃ、ウィリデ早とちりぃ。
契約したがってると思っちゃったよー。
でもウィリデいい子だから、ディオンも嬉しいでしょ?」
「あー、うん?」


 可愛いけど、かなり押しが強い子らしい。
話したいって言葉が、契約のトリガーになるんだったら、事故というか、僕も悪いけど。
………とりあえず、ヘルツァーさんに会いに行かなきゃ。


「ウィリデ、緑の精霊様に報告してくるねっ」
「あっおい───……」


 緑の精霊様って誰。報告って何!
まだ話は終わってないぞ、ウィリデ。というか始まってすらいないんですけど?


 くそ。休憩時間終わったじゃないか。












◇◆◇◆◇◆◇◆


 聖女の発表を1時間後に控え、城内は益々慌ただしくなっていた。
 城で働く者達に悟られぬよう、他国の要人を迎え入れる祝賀パレードを開く、との偽の情報を広められた。
使用人はもちろん、役職に就く貴族の有力者達も、トップシークレットにされている要人について議論し、多くの憶測が流れた。
中には、帝国の姫と王太子の婚約発表ではないか。
あるいは、人質として隣国の幼い王女を招くのではないか。

 様々な噂がまことしやかに囁かれる王城の一室で、隠された聖女は独り、歴史書をめくる。


「あと1時間で、私の平穏は終わるのね。
………てか、コルセットきっつ!
直前まで緩めてくれたっていいのに」
「愛し子ー! 今日はピカピカだね」
「桃ちゃん、来てくれたの!
そうなの。これから私のお披露目があるから、聖女っぽく見えるように、メイドさんが頑張ってくれたのよ」


 コーラルピンクの髪を持つ妖精を、ことねは桃と呼んでいた。
彼女等が初めて会った時、桃に似た果物を持って来た為だ。


「綺麗ー! 桃もおめかししたい!」
「いいわよ。うーん……じゃあ、この花あげる。
髪につけるから、此処に座って」


 ことねは、読んでいた歴史書を閉じ、テーブルを指差した。
テーブルに飾られた花を1本取り、妖精の髪に結えつけてやる。


「できた。可愛いわ、桃」
「ありがとう、愛し子!」


 妖精は嬉しいそうに、彼女の周りを飛び回る。
その様子を微笑ましそうに眺めて、2日前のことを思い出し、だらしない顔でニヤけた。







 2日前、最低限の礼儀作法や、誰かに話しかけられた時のかわし方、睡眠を削って行われるそれ等に、ことねは辟易していた。
 ことねを励ます為、せっせと花や木の実を運び、妖精は差し入れた。
彼女は喜んだが、プレゼントはそれだけではなかった。



「あら。あなたは初めましての子ね?」


 緑の髪を持つ妖精を見て、ことねは話しかけた。


「初めまして! 愛し子!
あのね、あのね、愛し子の騎士がお気に入りをいじめてたの!」
「え?」


 初対面の妖精が話し始めた不穏な内容に、ことねは驚いた。


「騎士って、私の護衛の誰かってこと?
そのいじめられた人は、何処の人か分かる?」
「騎士はね、冷たい奴だよ! 愛し子が仲良くない騎士!」
「ええっと……誰かしら」
「赤眼の奴! あの騎士とは、愛し子話さないでしょ」


 確かに、赤眼の騎士とは気楽に話せない。
だが、妖精は勘違いをしている。
ことねは話さないのではなく、緊張し過ぎて話せないだけなのだ。


「…アシル様かぁ。あのね、あの人は酷い人じゃないのよ。私が緊張しているだけ。むしろ大好きよ」
「そうなの? 窓から覗く時は、いつもそうだったから……」
「あら、覗いてたの? 早く入って来れば良かったのに。
それで、アシル様はどんなことをしたのかな」


 ひとまず、アシルとの関係について、誤解が解けたとほっとする。
だが同時に、あのアシルがイジメなどという卑怯な行いをするのか。そうであればガッカリだと、不安な気持ちになる。


「愛し子のお気に入りがね、苦しそうでぷるぷる震えてた! 騎士がね、口を塞いで息ができないようにしたんだ」
「うそ……」


 それは、まさか、とんでもない瞬間を妖精は見たのではないか。
妖精が言ったことが事実であれば、とても嫌な場面だ。
イジメなんて言葉では片づけられない。
殺人という、恐ろしい行為。

 ことねの顔は、どんどんと青ざめてゆく。


「ね? 酷いでしょ?」
「そ、それで、その人はどうなった……の」


 消え入りそうな声で、妖精に尋ねた。


「分かんない。精霊様が来て、まだ早いから帰りなさいって。だから、愛し子に言いつけに来たのー」
「そんなっ(精霊が見るのを止めた? じゃあもうその人は、今……)」
「ねえ、愛し子。騎士を叱ってよ。お気に入りが可哀想。
無理矢理ちゅーするなんて!!」


 ことねの思考は、色々な意味で停止した。


「愛し子、聞いてる? お気に入りがいじめられたんだよ!」
「……………………えっ、……あ、えっ?
……ちゅー、チュー? 口を塞ぐ、え? 息ができない、ちゅー? は? 待って、え?」
「愛し子?」
「えっあの、誰? 誰とキスしてたの? まさか恋人がいるの!?」


 さっきとは打って変わり、瞳を輝かせながら半狂乱で妖精を問い詰める。


「う、うん。愛し子のお気に入りだよ。いつも会いたいって言ってる子」
「……私が会いたい…………ま、まさか。
まさか、ディオン君?! ディオン・ドルツなの!」
「そうだよ」
「っっっほぎゃあぁぁぁーーーーー!!!」
「い、いとしごぉ?」


 ことねは、狂喜乱舞した。
大発狂と共に、とてつもなくダサい踊りを始める。


「「聖女様! どうされました!!
──────────…せ、聖女様?」」


 叫び声に反応し、駆け込んで来た護衛にも気づかない程、彼女は舞い上がっていた。



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