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Ⅷ 真夜中の向こう側
54.誰もが自分と同じように考えるわけじゃない
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つい、息急き切って言ってしまったからだろうか、ショーンもアルもあっけにとられたように僕を見ている。完全に、変に思われた。
「あー、じゃ、行こうか」ショーンが頭を搔きながら言った。僕が、って言ったのに、やはり自分も行くつもりだ。
「だから、」
「解ってるって。まずはマークスを捜そうや。鍵でもかかっていたら、本人がいないと入れないかもしれないだろ」言いながら、ショーンははちらりとアルを見やった。
あ、そうか。
露骨に眉をしかめているアルビーを横目に、今さらながら、しまった、と心の中で舌打ちだ。
僕に隠し事があるのがばればれなのだ。彼がいい気がする訳がない。誤魔化してくれたショーンに感謝しかない。
ぽん、と僕の背中を叩いて歩き出したショーンに、僕は黙って従った。それからアルビーも。
「なぁ、あいつらの部屋ってさ、そんなに知られちゃ困る理由があるのかい?」
アルがいなくなったとたん、ショーンが声を低めて僕に尋ねた。やっぱりバレてたのだ。僕は自分の馬鹿さ加減を嗤うしかない。
部屋を出てレセプションルームを通り抜けようとした僕たちを、案の定マリーたちが引き留めた。渋るアルビーを人身御供に差しだして、僕とショーンは適当な理由をつけてキッチンへと逃げてきた。どうせ彼女たちが望んでいるのはアルだけだ。僕たちは用なし。
とはいえバーナードさんが、最後に見たままの楽し気な様子だったのは気にかかった。こんな時にあまりに彼らしくない。違和感半端ない。
だけど、僕が彼のことをどれほど知っているっていうんだ……
ともすると彼らの方へと持っていかれそうになる意識を今ここに集中するように自分を戒め、マークスたちを思い浮かべて「彼らはいいヤツなんだけど、」と、慎重に言葉を捜した。
「彼らのマイルールがちょっと……」
「ああ――」
ショーンは苦笑いして頷いてくれた。一瞬、本当のことを話そうか、と気持ちが揺れた。だけどやっぱりダメだ。巻き込みたくない。
「コウは、あいつらの部屋を知ってはいるんだな?」
ショーンは続けて念を押すような口調で訊いた。
知っている、というか。
たぶん、行きたいと望めば道ができるから。
即答を躊躇い押し黙った僕から目を逸らし、ショーンは深いため息をついた。
「まぁ、そうだな、解るよ。もし本当にそこにゲールがいるならさ、まず先に、問題になる可能性も想定しておかないと、ってなるよな」
「問題?」
「――誘拐かも、とかさ」
その一言に、目を剝いた。
なんだってそんな発想になるんだよ!
「彼らはそんな、」
「解ってるって。俺がそう思うって話じゃない。だけど今はあの男やマリーだっているだろ? 前のこともあるからさ。結果的に誤解――だったとしても、ドラコはそこまでの過程で何をやらすか判らないヤツだろ。だから、きみはヤツを心配して一人で捜しに行くって言ってるんじゃないのか?」
そうだった。ドラコには皆が良く知る前科があるのだ。バーナードさんやマリーにとって、ドラコは決して良い感情を持てる相手ではないはず。前回のパーティーの時のような大掛かりな余興とは違い、人ひとりが消えている現状は冗談では済まされないかもしれない。
眉を寄せて渋い表情をしつつ饒舌に語るショーンに、今度は僕の方が目を見張る番だった。他人の気持ちに聡い繊細なヤツだと知っていたけれど、こんな時でもゲールのことだけでなく、周囲の感情や思惑まで考えてくれていたなんて。本当に頭が下がる。
意気消沈して、素直に「うん」と頷いた僕の肩に、ショーンは優しくぽんと手を置いた。
「まぁ、俺としてはそんなふうには考えてない。むしろ、ゲールの方がマークスやスペンサーと意気投合して、部屋まで行って迷っちまって帰れなくなったんじゃないかと思ってるんだ。だからさ、ゲール・マイスターを見つけて、いきなりいなくなったのは本人の意志なのかどうか確かめないとな。それなら、お騒がせしました、で済むんだからさ」
「え?」
ショーンの触れるさきから、すっと肩が軽くなるようだった。
僕はドラコがゲールの依代としての資質を試すためにあちら側へ連れ去った、と決め打ち、アルやショーンも同じように考えていると勝手に思い込んでいたのだ。けれど、侏儒たちと親交があり魔術への造詣も深いゲールなら、ショーンの言うように自ら彼らについて行った可能性だってあるじゃないか。
「ドラコの思惑か、本人の意志か――」頭の中で目まぐるしく考えているのか、ショーンはくるんと天井を見据えている。
しばらく喋りだしそうでもないので、僕は僕で、最後にドラコと話した時のことを思い返してみた。
ドラコは自分じゃないと言っていた。精霊は嘘はつかない。だけど、マークスを使ったなら、彼が手を出したわけではなくなるから嘘じゃないってことになる。彼らの身勝手な理屈に振り回されてばかりだ。ドラコの言うように彼自身がゲールに興味がなくたって、シルフィーがそうじゃないなら――
そこまで考えた時、「どちらにせよ、俺も一緒に行くよ」と告げられた。ショーンの真剣な眼差しに気圧されて、僕はこれ以上、否を言うことができなかった。
それに、さっきの僕の言いぶりだと、僕がドラコを庇っているとアルビーに誤解されかねない、と暗に告げられている気がしたのだ。だからショーンと二人で向かい、不都合な事実をアルビーに隠そうとしたわけではないのだと示す方がいい。
もう今以上にアルビーとドラコの仲がこじれないように。
「ありがとう、ショーン」
ショーンを巻きこむのは気が進まなかったが、仕方がない。けれど、彼があちら側へ入れるかどうかはまだ判らないのだ。もしかすると、弾かれるかもしれない。
ショーンに一緒に来てほしい、だけど無理かもしれない。どちらになっても面倒事が生まれるだろうな。
僕は大きく息をはいた。
「あー、じゃ、行こうか」ショーンが頭を搔きながら言った。僕が、って言ったのに、やはり自分も行くつもりだ。
「だから、」
「解ってるって。まずはマークスを捜そうや。鍵でもかかっていたら、本人がいないと入れないかもしれないだろ」言いながら、ショーンははちらりとアルを見やった。
あ、そうか。
露骨に眉をしかめているアルビーを横目に、今さらながら、しまった、と心の中で舌打ちだ。
僕に隠し事があるのがばればれなのだ。彼がいい気がする訳がない。誤魔化してくれたショーンに感謝しかない。
ぽん、と僕の背中を叩いて歩き出したショーンに、僕は黙って従った。それからアルビーも。
「なぁ、あいつらの部屋ってさ、そんなに知られちゃ困る理由があるのかい?」
アルがいなくなったとたん、ショーンが声を低めて僕に尋ねた。やっぱりバレてたのだ。僕は自分の馬鹿さ加減を嗤うしかない。
部屋を出てレセプションルームを通り抜けようとした僕たちを、案の定マリーたちが引き留めた。渋るアルビーを人身御供に差しだして、僕とショーンは適当な理由をつけてキッチンへと逃げてきた。どうせ彼女たちが望んでいるのはアルだけだ。僕たちは用なし。
とはいえバーナードさんが、最後に見たままの楽し気な様子だったのは気にかかった。こんな時にあまりに彼らしくない。違和感半端ない。
だけど、僕が彼のことをどれほど知っているっていうんだ……
ともすると彼らの方へと持っていかれそうになる意識を今ここに集中するように自分を戒め、マークスたちを思い浮かべて「彼らはいいヤツなんだけど、」と、慎重に言葉を捜した。
「彼らのマイルールがちょっと……」
「ああ――」
ショーンは苦笑いして頷いてくれた。一瞬、本当のことを話そうか、と気持ちが揺れた。だけどやっぱりダメだ。巻き込みたくない。
「コウは、あいつらの部屋を知ってはいるんだな?」
ショーンは続けて念を押すような口調で訊いた。
知っている、というか。
たぶん、行きたいと望めば道ができるから。
即答を躊躇い押し黙った僕から目を逸らし、ショーンは深いため息をついた。
「まぁ、そうだな、解るよ。もし本当にそこにゲールがいるならさ、まず先に、問題になる可能性も想定しておかないと、ってなるよな」
「問題?」
「――誘拐かも、とかさ」
その一言に、目を剝いた。
なんだってそんな発想になるんだよ!
「彼らはそんな、」
「解ってるって。俺がそう思うって話じゃない。だけど今はあの男やマリーだっているだろ? 前のこともあるからさ。結果的に誤解――だったとしても、ドラコはそこまでの過程で何をやらすか判らないヤツだろ。だから、きみはヤツを心配して一人で捜しに行くって言ってるんじゃないのか?」
そうだった。ドラコには皆が良く知る前科があるのだ。バーナードさんやマリーにとって、ドラコは決して良い感情を持てる相手ではないはず。前回のパーティーの時のような大掛かりな余興とは違い、人ひとりが消えている現状は冗談では済まされないかもしれない。
眉を寄せて渋い表情をしつつ饒舌に語るショーンに、今度は僕の方が目を見張る番だった。他人の気持ちに聡い繊細なヤツだと知っていたけれど、こんな時でもゲールのことだけでなく、周囲の感情や思惑まで考えてくれていたなんて。本当に頭が下がる。
意気消沈して、素直に「うん」と頷いた僕の肩に、ショーンは優しくぽんと手を置いた。
「まぁ、俺としてはそんなふうには考えてない。むしろ、ゲールの方がマークスやスペンサーと意気投合して、部屋まで行って迷っちまって帰れなくなったんじゃないかと思ってるんだ。だからさ、ゲール・マイスターを見つけて、いきなりいなくなったのは本人の意志なのかどうか確かめないとな。それなら、お騒がせしました、で済むんだからさ」
「え?」
ショーンの触れるさきから、すっと肩が軽くなるようだった。
僕はドラコがゲールの依代としての資質を試すためにあちら側へ連れ去った、と決め打ち、アルやショーンも同じように考えていると勝手に思い込んでいたのだ。けれど、侏儒たちと親交があり魔術への造詣も深いゲールなら、ショーンの言うように自ら彼らについて行った可能性だってあるじゃないか。
「ドラコの思惑か、本人の意志か――」頭の中で目まぐるしく考えているのか、ショーンはくるんと天井を見据えている。
しばらく喋りだしそうでもないので、僕は僕で、最後にドラコと話した時のことを思い返してみた。
ドラコは自分じゃないと言っていた。精霊は嘘はつかない。だけど、マークスを使ったなら、彼が手を出したわけではなくなるから嘘じゃないってことになる。彼らの身勝手な理屈に振り回されてばかりだ。ドラコの言うように彼自身がゲールに興味がなくたって、シルフィーがそうじゃないなら――
そこまで考えた時、「どちらにせよ、俺も一緒に行くよ」と告げられた。ショーンの真剣な眼差しに気圧されて、僕はこれ以上、否を言うことができなかった。
それに、さっきの僕の言いぶりだと、僕がドラコを庇っているとアルビーに誤解されかねない、と暗に告げられている気がしたのだ。だからショーンと二人で向かい、不都合な事実をアルビーに隠そうとしたわけではないのだと示す方がいい。
もう今以上にアルビーとドラコの仲がこじれないように。
「ありがとう、ショーン」
ショーンを巻きこむのは気が進まなかったが、仕方がない。けれど、彼があちら側へ入れるかどうかはまだ判らないのだ。もしかすると、弾かれるかもしれない。
ショーンに一緒に来てほしい、だけど無理かもしれない。どちらになっても面倒事が生まれるだろうな。
僕は大きく息をはいた。
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