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2.魔法薬の研究所
しおりを挟む今日はいい天気だな、何事もなく平和だし。などと現実逃避しながら騎士団の副団長室の窓を開けて空を見上げた。
そう言えばノアは薬に使う魔法陣が上手く作用しないと言っていた。私で力になれることがあるならと、私は週末を待たずにノアがいる魔法薬の研究所を訪ねた。
「ホワイト様、き、今日はどのようなご用件で?何かうちの施設で不手際がありましたか?」
「いや、ノアはいるか?魔法陣の話をしに来た。」
「す、すぐに連れてきます!おい、ノアをすぐ呼べ!」
この者の態度を見ると、やはり私は怖がられているのだと実感する。
それより、いきなり思い付きで押しかけて迷惑じゃないだろうか?失敗した。先に手紙などを出して了承を得てから来るべきだった。せっかく会った時は好意的な感じに見えたが嫌われるかもしれない。
あぁ、帰りたくなってきた。
そして少し足も少し震えてきた。
「も、申し訳ございません。すぐに来ますので、少しだけお待ち下さい。」
「あぁ。」
「お待たせして本当に本当に申し訳ございません。」
緊張で思ったより低く掠れた声が出てしまった。そのせいか、この受付の男は地面に平伏しそうな勢いで頭を深く下げた。
「あれ~?本当にエリオだ~」
「こらノア!ホワイト様になんて口を聞くんだ!」
「構わない。」
「こっちだよ~」
「あぁ。」
「こんなに早く来てくれるなんて思ってなかったから嬉しい。魔法陣が気になったの?それとも僕に会いに来てくれたの?」
「・・・。」
これはどう答えれば正解なんだ?魔法陣だと答えたらノアには会いたくなかったと思われるだろうし、ノアと答えたら魔法陣をネタにわざわざ職場に押しかける迷惑な奴だと思われる。どう答えればいいのか分からない。こんな高度な質問に私が答えられるわけないじゃないか。
「ふふふ、両方ってことにしとくね~」
「あぁ。両方だ。」
ヒントを彼が出してくれた。いや、ヒントというか答えか。凄いなそんな答え方があるのか。
さすがだ。こんな私と会話できるほどにコミュニケーション能力が高い者は違うな。
恐れ入った。
「ここ座って~」
「さっそくだが、魔法陣を見せてくれないか?」
「いいよ、待ってて。あ、湯沸しの魔道具壊れてたんだった。給湯室でお湯もらってくるね~」
「湯なら私が魔法で出そう。」
「できるの?凄い。さすが魔法騎士だね。だってお湯って水の魔法と火の魔法、両方使えないとダメでしょ?しかも同時に。凄い凄い!」
「そ、そうかな。」
そんな褒められるほどのことでもないんだが、褒めてもらえるというのは嬉しいことなんだな。大人になって誰かに褒められることなど無かったから、少し恥ずかしくて顔に熱が集まっていく。
「エリオのその顔好き。ちょっと照れてる顔。あーでも、そんな顔して歩いてたら僕みたいなのが気軽に会えなくなっちゃうね~」
「そんなことはない。」
ノアが用意したティーポットにお湯を入れてやると、ノアはティーカップに紅茶を入れて私の前に置いてくれた。
「ありがとう。」
「あ、そうそう、魔法陣だったね。」
ノアは書類が乱雑に積み上げられた机まで行って、魔法陣を探している。
改めて部屋を見てみると、実験用の魔道具や、ビーカーや薬草を潰す乳鉢など、色々な実験道具が置いてあった。薬や薬草が入った瓶も棚に綺麗に並んでいる。
魔法薬の研究はこのようなところでやっているんだな。
「あったあった。」
一枚の古びて綻びも酷い、何かの皮に魔法陣が描かれたものを持ってきた。
「これなんだけどさ~
見ての通り長年使い込んでかなり傷んでるんだよね。薄れてる文字とか欠けてるところがあるのが原因かとも思ってるんだけど、内容がよく分かってないから書き写しても上手くいかなくて。」
ノアが見せてくれた魔法陣は確かに所々欠けていたり薄れている場所があった。
これは解毒の一種か。
ふむ。この左端の記号が薄くて分からないが、内容はだいたい分かった。
「これは解毒の応用だな。」
「そうなの?魔法陣見ただけでそんなこと分かるの?凄い!」
「この部分が解毒を意味するんだ。」
「え?どれ?」
「ここ。」
っ!!!
指を指して横を向いたら触れてしまうほど近くにノアの顔があって心臓が止まるかと思った。
そっと少し離れて、解毒の意味がある部分と、排除の部分、薬草の効果を高める部分を説明した。
ココだと指すたびに、ノアの顔が近付いて、距離の近さにドキドキと緊張して手が震えてきた。
「エリオ凄いね。ってエリオ真っ赤だけどどうしたの?もしかして僕が近付きすぎちゃった?なんか距離感おかしいってよく言われるからごめんね~」
「謝らなくていい。」
こっそり深呼吸を繰り返して、平静を装う。上手くできているだろうか?
ノアの前だとよく失敗してしまう気がする。
「これね、食中毒の魔法薬を作るための魔法陣なんだ。僕たちみたいな大人は大丈夫なんだけど、体力が無い子供とか、老人とかは食中毒でも油断できない。だから流通が滞ることは避けたいんだ。」
そんなノアの言葉に、ただただ凄いと感心した。食中毒は平民がなりやすい。その一人一人の命を大切にしているノアは凄いと思った。
私なんかはただちょっと魔法が得意で、小さい頃から剣の練習もしていたから魔法騎士になって、確かに国や国民を守りたいとは思っているが、ノアほど真剣に向き合っていたわけではなかった。
「そうか。」
「エリオ、もしかして書き直せたりする?」
「たぶんできる。」
食中毒なら、さっきよく分からないと思っていた左端の記号の想像はつく。
「本当?お願いしたい。」
「いいぞ。ここを少し直したい。この記号は昔はよく使われていたんだが、最近はもっといい記号があるんだ。
ただ、それに変えて上手く作用するかは分からない。」
「じゃあ一緒に実験しよ。より良くなる可能性があるなら、やってみたい。」
「分かった。」
私はノアに説明しながら魔法陣を描いていく。
魔法薬を作る際には、専用の皮に魔法陣を描いていくらしい。初めて知った。
「例えばここを毒ではなく熱にすると解熱になったり、咳止めにも応用できる。」
「へぇ、そういう仕組みだったんだ。エリオはやっぱり凄いね。」
試しにと色々描いて実験も手伝わせてもらって楽しかった。ずっと魔法陣なんて1人で黙々と調べて、ジッと眺めたりしていただけだから、誰かと一緒に魔法陣を眺めることなんて初めてで、それに彼は私の話を聞いてくれて、凄いと褒めてくれるから楽しくて仕方がなかった。
「魔法陣って面白いね。また教えてよ。
ってか、もう仕事終わるから一緒に飲みに行こ~」
「あぁ。」
もうそんな時間だったのか。こんなに長居するつもりはなかったのに。彼が今日やる仕事ができなかったのではないかと思うと申し訳なくなった。
「すまない。いきなり来てノアの時間を奪ってしまった。」
「何言ってんの~、魔法陣描き直してくれて凄い助かったし。魔法陣の意味も教えてくれて楽しかったよ。」
「そうか。迷惑をかけたかと・・・。」
「そんなことないよ~エリオならいつ来てくれても嬉しい。」
「そうか。」
良かった。いきなり来て、かなり長時間居座ったのに、ノアは怒っていないようだ。
寛容な人物なんだな。
それに、今度飲みに行こうと言った言葉を、まさか本当に叶えてくれるなんて思っていなかったから、ノアはとても誠実な人なんだと思った。
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