僕の過保護な旦那様

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二章

119.消えたマティアス

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 あっ、まずい。またみんなと離れてた。
 僕は走ってラルフ様たちの元に向かったんだけど、床に少しだけ段差があってそこに足を引っ掛けてしまったんだ。

 バランスを崩した僕はよろめいて壁に手をついたんだけど、感触がおかしかった。
 半開きの扉にもたれかかったみたいに、触れた感触はあるんだけど、そのまま壁の奥に向かって倒れていく。
 壁の向こうに倒れ込んだ瞬間に、その壁はパタンと閉じてただの壁に戻ってしまった。

 見えにくいけど壁じゃなく扉だったのかと思って、扉の部分を押してみたんだけど押せなかった。押すんじゃなくて引くのか、そう思ったんだけど、ペタペタと壁に触れても扉を引くためのドアノブが無い。

 嘘でしょ? まさか閉じ込められた?
 カンテラはラルフ様が持っている。僕は迷宮探索グッズは虫除けオイルと防毒マスクしかない。
 真っ暗な中でドアノブを必死に探した。でも無いんだ。
 どうしよう。ノックするようにどんどんと叩いてみても、この砂を固めたような壁には音が吸収されてしまうのか全然音が出ない。

「ラルフ様ー!」
 呼んでみても、向こうに聞こえているのか分からない。壁に耳を寄せてみても、壁の向こうの音が聞こえないってことは、僕の声も届いてないのかも。
 どうしよう……

 出口を探す? でもどうやって? 視界がないのに、下手に動いて深い穴に落ちたりしたら死んでしまうかもしれない。
 迷宮とはいえ、ただの古い建物だと思ってた。ラルフ様だってそう言ってたし。まさか罠があって迷い込むなんて……

 罠があったりするのかな? なんてワクワクしていたけど、実際はこんなに不安で怖くてたまらない。
 ラルフ様、助けて……



 *

 >>ラルフside

「マティアス?」
 さっきまですぐ後ろを歩いていた。あまり距離が離れないよう、度々振り返って確認していたんだがマティアスの姿が見た当たらない。

「マティアスはどこに行った?」
「おや? 先ほどまですぐ後ろにおられましたが……」
 また興味あるところに向かってしまったのかと、少し戻って左右の道や部屋を見てみたんだが、姿がない。

「おかしい。なぜいない? ここは迷うような場所ではないぞ」
「ママは?」
「先へ行ったとは考えられませんし、もう少し戻ってみますか?」
「そうだな」

 不安な顔をしたシルを抱き上げて、リーブとリズを連れて引き返すことにした。
 ここは一般公開されている場所で、入り組んだ場所でもなければ、どこかに迷い込むような道も無い。
 左右の道はいずれもすぐに行き止まりで、部屋があるだけだ。

 全ての部屋を開けて中を確認する。といっても片手で数えられるほど少ないんだが、どの部屋にもマティアスはいなかった。
 トイレにでも行きたくなって入り口付近まで戻ったのか?
 そう思い、確認しながら来た道を戻ると、本当に入り口まで来てしまった。入り口で見張りの騎士に聞いてみたが見ていないという。

「リズ、人の気配などは探れるか?」
「ええ、一応習得しております」
「なら、リーブとリズも手伝え。入り口の騎士にシルを預けて捜索に入る。マティアスを一刻も早く救出せよ」
「「畏まりました」」
 リーブとリズが迷宮へ向かうと、入り口の騎士の詰め所にて事情を話しシルを預けた。ルーベンとグラートも至急呼び寄せる。

 一般公開されている比較的入り口に近い場所で人が消えたということで、街を巡回している騎士たちも捜索に加わることとなった。

 マティアス、どこに行った? すぐに助ける。どうか無事ていてくれ。

 手がかりはないかと、地面に這いつくばり痕跡を探す。しかしここは扉や窓が無いとはいえ室内。足跡がくっきりと残るような床ではない。
 何か他にマティアスの痕跡を辿れるものは……

 まさか目を離した隙に追い抜かれて奥まで進んでいるということはないよな?
 迷宮では通路に設置されたランプのオイルが勿体無いため、夕方には研究者も引き上げるし、騎士たちが一般公開されている箇所に残っている人がいないか最終チェックを行い、夜は迷宮の入り口を閉鎖する。早く見つけなくては。

 二時間後、入り口に集まった面々は目を伏せ首を左右に振った。
 見つからないことに焦った俺は、迷宮の研究者も緊急だと呼びつけた。

 研究者からは確率の高い順に四つの可能性を並べてもらった。最後のかっこは行方不明になった場所からして可能性はほぼ無いとのことだ。

 ・一般公開区画以外に迷い込んだ
 ・街に戻った
 ・滑落
 ・(未発見の扉や通路があった)

 マティアスが自由に楽しそうに見学している姿を見ると、拘束なんてしたくなかった。
 しかし今は後悔しかない。
 なぜ手を繋いでおかなかったのか。
 なぜマティアスから目を離したのか。
 なぜ遅れているのが分かっていたのにそばで見守らなかったのか。

「隊長、今日はスーッとした匂いがしますね。珍しく香水でも付けているんですか?」
 グラートがそんなことを言ってきた。
 ああ、なぜ今まで気づかなかった。これでマティアスが見つけられる。
 グラートは、女性の香水や化粧、髪型の変化に敏感だ。それに気付ける男はモテるのだと前に力説していた。こんなところで役に立つとは侮れないものだ。

「俺の手の甲の香りを辿ってくれ。うちの執事のリーブやメイドのリズの手の甲でもいい。マティアスも同じ虫除けオイルを付けている」
 絶望の淵から小さな光が見えた気がした。
 壁や床に僅かに残る香りを辿る。俺もリーブもリズも動き回ったから、香りは拡散されているが、範囲を少しでも絞ることができるだろう。

 マティアス、あと少しの辛抱だ。
 来た道を何度も往復し、香りを辿っていく。
 この壁、匂いが強いな。誰かが触れたのか?
 壁の一部に、他より強く香る場所を見つけた。しかし、ただの壁だ。
 じっくり近くで見ても、少し離れて遠目で見ても、他の壁と異なるような感じはない。
 だが気になった。

 その前に僅かな段差。
 ペタペタと触ってみるが感触も他の壁と同じだ。コンコンと軽く叩いてみても、音に違いはない。
 何か気になるというだけで壁を壊したりはできない。

「…………」
 微かに俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。気のせいかもしれない。だがマティアスの声を俺が聞き間違うわけがない。

 壁に耳を当て、少しもたれかかった時にそれは起きた。急にびくともしないと思われた壁が動いたんだ。
 グッと押すと、確かにここは扉だった。
 そして、その向こうには真っ暗な闇が広がり、地面にはしゃがみ込んで俺を見上げるマティアスがいた。
 よかった……生きた心地がしなかった。情けないことにまだ手が少し震えている。

「マティアス!」
「ラルフ様……怖かったです。もう出られないのかと……」
「大丈夫だ。必ず俺が見つけ出す」
 マティアスを抱えて扉を出ると、音もなく扉は閉まった。継ぎ目などどこにもないように見える。
 こんなところに扉があったとは。
 二度とこんな思いをするのはごめんだ。絶対にマティアスの手を放さないと決めた。

「マティアスが見つかった! 研究者を呼んでくれ!」
 大声で叫ぶと、騎士たちが走ってきた。

 ここを移動してしまうと、もう二度とこの扉を発見できなくなるかもしれない。マティアスのことは見つけることができたが、他の者が間違って入ってしまったら、探し出すことができないかもしれない。
 俺はマティアスを抱えたまま一歩も動かず研究者が来るのを待った。

「隊長さん、我らを呼んで何かありましたか?」
「マティアスが未発見の扉を見つけた。だが危険だから何らかの対策が必要だ」
「はい? 扉はどこです?」
「ここだ」
 ただの壁ですけど。という視線が送られてくるが、俺がその壁を押すと、研究者が目を見開いた。

「素晴らしい!」「大発見だ!」
「だが、この扉はこちらからしか開けられないようだ。一人で入ってしまうと出られない。決して一人で入ってはいけない」

 その場所には見失わないようロープが張られ、立ち入り禁止となった。計画を立て、後日研究されるようだ。

 
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