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二章
120.加速する気持ち
しおりを挟む「ママ!」
シルにも心配をかけてしまった。
飛びついてくるシルを抱き上げて、背中を撫でる。
「ただいま」
そう言ったら、周りの騎士から拍手が湧き起こった。
僕が行方不明になったことで、一般公開が中止されて捜索されていたのだと知った時は、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「みなさん、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、このような危険な場所を発見してくださり助かりました。それに継ぎ目が見えない扉など貴重な発見です!」
一般公開されている場所にこんな危険な罠があるとは知られておらず、観光に来た一般の人が巻き込まれなかったのは幸いだったと感謝された。
そして、大発見だと研究者の人たちからは握手を求められてしまった。
そんな感じで、今日はもう迷宮の見学はできないから、街に帰ることになった。
貴重な体験をしたかもしれないけど、少し残念な気持ちだ。
「マティアス、怖かった」
ラルフ様が僕の手を強く握って呟くように言った。
「ラルフ様が怖かったんですか?」
「そうだ。マティアスを失うことが一番怖い」
「大丈夫ですよ。ラルフ様がいつも僕を守ってくれるし、いつも助けに来てくれるから」
壁の奥に入ってしまった時、初めは大声を出したり叩いたり、どうにか出られないかと色々試してみた。どこかに扉が開く仕掛けがないかと、壁や床を色々確認してみたんだけどダメだった。
ずっと立ってるのも辛いし、真っ暗な中で移動もできない。
一歩進んだら穴だったりしたら怖いし、地面を確かめてしゃがんで過ごしていた。
だんだん時間が過ぎていくと、本当に出られないのだと実感して怖くてたまらなかった。真っ暗だから時間の感覚が分からないし、物音一つしない空間はとても不安だった。
声を出しても真っ暗な中に吸い込まれるように音が消えてしまう。
このまま死ぬんだろうかとも考えた。誰にも発見されずに死んで、何年も何十年も経ってから骨が発見されるなんてことになったら……なんて考えが頭をよぎったりもした。
だから急に光が差して、見上げたところにラルフ様がいたから、安心してちょっと泣いてしまった。
ラルフ様にも心配かけてしまったな。そのせいか、いつもより繋いだ手に力が込められている。ちょっとだけ痛い。手を繋いで隣を歩いているのに、何度も僕がいるか確認する視線を感じる。それほどまでに不安だったんだ。
今回はわざとじゃないけど、危険なことをしたことに変わりはない。みんなから離れていたし、勝手な行動をしたのは本当に反省している。
リーブとリズも、僕の姿を確認するとホッとしていた。いつも冷静な二人の額には汗が滲んでいたから、二人も心配してくれていたんだと分かった。
本当に反省しています。
「ラルフ様、トイレにまでついてくるんですか?」
「また壁の裏に入ってしまうかもしれない」
ここは迷宮じゃなくて宿だから大丈夫だと思うけど……
それに用を足しているところを見られるのは恥ずかしい。そう何度訴えても、ラルフ様は手を離してくれなかった。
食堂で食事をする時まで、手を繋いだままなんだ。
「ラルフ様、片手ではナイフを使えません」
「分かった。リーブ、俺とマティアスの肉を切ってくれ」
そうじゃなくて……
「大人しく食事しますから。勝手にどこにも行きません」
座って食事しているのに壁の向こうに行くことはない。
「よし分かった。マティアスは俺の膝の上で食事をしろ。それなら手を放していてもいい」
分かったって言ったけど、全然分かってない。
「一人で食べられない幼児じゃないんですから、そんなことできません。みんなに笑われます」
「そうか……」
見える場所にいるから大丈夫でしょ?
「それなら食事は部屋でとろう。それなら恥ずかしくない」
そうじゃない。だけど心配かけてしまったのは僕だから、大人しくラルフ様の言葉に従った。
翌日は、迷宮の中を研究者の人が案内してくれた。
もちろんラルフ様は僕の手をしっかりと握っているし、シルもリズと手を繋いでいる。そして前後左右を騎士に挟まれて移動するという、どこかの要人のような対応をされ、色々見せてもらったけど、自由に見られなかったのは残念だった。
ちなみに土でできた人形が襲ってきたり、宝箱があったり、金銀財宝が発見されるということはなかった。
銅像のようなものはあったけど、たぶん当時の権力者の姿を模ったもので、迷宮を守ってるわけではなかった。
現実はこんなもんだ。
迷宮には罠があって危険もあるけど、古くて大きな建物があるだけだった。
最終日は、街の郊外を馬で散歩した。僕はラルフ様と相乗りだ。シルはパンに乗っている。今日パンの手綱係はルーベン。結構な速度で走るパンの隣を平然と並走している。
もうあと半月もしたら雪が降る。今年の遠出はこれが最後だ。街道に雪が積もったら交通網が麻痺するから、街の間を移動する人はとても少なくなる。しばらく会えないのかと思うと急に寂しくなった。
ラルフ様は僕たちが王都へ帰ると言うと、「俺も帰る」とごねた。
「お仕事なんですから、頑張ってください。またお休みには王都に戻ってきてくれるんでしょう?」
「ずっとマティアスのそばにいたい。そばにいなければ守れない。いなくなったことにも気づけない」
「大人しくしていますから。一人で行動しないようにしますから」
ラルフ様は納得はしていなかったけど、渋々といった感じで迷宮の街ラビリントに残ることに了承した。
「マティアス、寂しい」
「うん、僕もしばらく会えないのは寂しいです」
「会えない分まで愛していいか?」
「いいですよ」
帰る日の前日の夜、僕は初めて寝かしてもらえなかった。馬車の中で寝よう……
まるで捨てられたような悲しげな顔で見送るから、僕も思わずラルフ様を連れて帰ると言いそうになった。
「え? シルその金貨みたいなのどうしたの?」
馬車の中でシルが掌の上に乗せて眺めている、見かけない金色の金貨のようなものが気になった。
「きれいなの。ひろったの」
「どこで?」
「めいきゅー」
持ち帰って問題にならないだろうか? 一枚くらいいいかな?
シルはしっかり迷宮で財宝を見つけていた。やっぱり迷宮にはお宝があるんだ。夢が広がっちゃうな。
510
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