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二章
191.油断
しおりを挟む「ルカくんの仕事、上手くいってるんだって?」
「そうみたいですね」
年始の夜会で会った後、フェリーチェ様は旦那さんと共にしばらく実家に帰っていたから、会うのは久しぶりだ。外は寒いから暖炉を焚いた暖かい部屋で、なかなか上手くならない刺繍を一旦切り上げて、のんびりとお茶を飲んでいる。
フェリーチェ様の目の前にはルカくんが練習で作ったお菓子が積まれていて、フェリーチェ様の口にどんどん消えていくのを僕は見ていた。たくさん食べても全然顔が丸くなったりしないのは、今でもしっかりと鍛えているからだろうか?
お土産ってことで鮭を干したものをいくつか持ってきてくれた。お菓子だとシルに取り上げられて僕だけ食べられないから魚でよかった。
冬は寒いし移動は大変だけど、こうして夏には遠距離を持ち歩けないものも運べるから便利だ。
街道は雪が積もって馬車が通れないところもあるって聞いてるけど、リヴェラーニ夫夫なら雪深いところも平気で進んでいくんだろう。何なら雪深い森でも楽しく野営をしてそうだ。
もしかして、実家でもリヴェラーニ夫夫は新婚旅行の再現四部編成をやったんだろうか?
ご家族の皆さん、お疲れ様です。
「ハリオは相変わらず仕事をサボってあのお菓子屋を見張ってるんだって?」
「僕が花屋に出勤する日は大抵いるので、今日もいると思います」
ハリオがルカくんを心配する気持ちは分かるけど、ルカくんもかなり強くなってるから大丈夫だと思う。だって僕が一日、いや数分で地面に倒れたあの訓練を半年もやってたんでしょ?
ルーベンよりもスパルタだと思う。
「そんなことばかり続けてると、そのうち反省室に入れられるね」
「そうなんだ……」
仕事をサボるのはダメだと思う。でも騎士団の反省室って、グラートが簡単に抜け出せるような反省室なんだよね? ってことはハリオも抜け出せるんじゃない?
「そういえばルカくんはまだ慣れていないし、いきなり一人で作るのはキツいってことで、マイクが手伝ってるって聞いたんだけど」
「僕もそう聞いています」
マイクは元騎士の刺繍仲間で、ルカくんとお菓子作りの話で意気投合していた人だ。彼はお菓子屋さんの経験はないけど、数ヶ月のお手伝いならってことで旦那さんからも許可が降りて手伝っていると聞いた。
それにしても王都に戻ったばかりのフェリーチェ様がその話を知っているなんて、やっぱりフェリーチェ様の情報網はすごい。パンが脱走した時は見つけられなかったけどね。
何はともあれ、ルカくんの仕事は順調にいっているし、少なくともジネオさんの怪我が治るまでは続けられる。自分の得意なことがあって、それを仕事にできるって羨ましいな。
僕は花が好きだから花に囲まれて過ごす花屋の仕事は楽しいけど、得意なことってわけではないし、僕の得意なことってなんだろう?
「マティアス様、今夜から大雪になるらしいよ。明日は朝起きたら庭が真っ白になってるかもね」
フェリーチェ様が席を立って、薄曇りの空を眺めながらそう言った。
今日は雪が降りそうな空だと思っていたけど、まさか大雪が降るなんて。どうりで寒いわけだ。
「雪かきをしなければならない程に積もると大変ですね」
たくさん積もったら大変だけど、これでラルフ様と一緒に雪だるまを作ることができる。きっとシルもパンも大喜びだろうな。楽しみだ。
「ママ、ラル、みて! ゆきいっぱい」
翌朝、シルが興奮した様子で僕たちの寝室を訪ねてきた。
フェリーチェ様が言っていた通り、夜になると雪が降り出して、夜中はずっと雪が降っていたみたいだ。今はやんでいるけど、空は曇っているからまた降ってくるかもしれない。
「ラルフ様、雪だるまを作りましょう」
「分かった」
朝食を食べると僕たちは庭に出た。シルの膝の辺りまで埋まってしまうほどに降り積もった雪は、庭の景色を昨日とは全く違うものに変えてしまった。
降りたての新雪を集めて雪だるまを作っていく。僕は見てるだけだ。ラルフ様が僕は雪に触ったらダメだって言うんだ。手荒れが酷くなるかもしれないけど、今日くらいいいじゃないか。少し不満はあるけどシルもラルフ様も楽しそうだからいいかな。
だから僕はラルフ様とシルが雪の玉を転がしているのを眺めながら、童心に戻って新雪に足跡をつけて歩くってことを楽しんでいた。深すぎるのが難点だ……
「パンもこんなに深い雪の上を歩くのは楽しいでしょ?」
パンを厩舎から出しながら話しかけた。何も答えてくれなかったけど、軽い足取りで僕の周りをグルグルと二周すると、シルの元に走って行った。やっぱりパンはシルがいいんだね。
子どもの頃は何時間でも新雪に足跡をつけていたけど、大人になると数分で飽きてしまう。ベンチに座ろうと思ったけど、ベンチにも雪が積もっていて、仕方なく納屋から箒を持ってきて雪を払うことにした。
ダメか……結局雪を払っても濡れていて座れなかった。
また雪が降るかもしれないと思っていたけど、雲が薄くなって辺りが明るくなってきた。あと数時間もすれば太陽が顔を出すかもしれない。家の中に入るわけにもいかず、庭の端を歩いているんだけど、つまんないな。
「ママ! できたよ!」
シルの呼ぶ声がして振り向くとシルとラルフ様の間には、シルの身長を超えるような大きな雪だるまが出来上がっていた。今回の雪だるまは豪華に三段になっている。手の部分がポポ一族なのはちょっとどうかと思うけど、ちゃんと顔まで作られて、頭の上には毛糸の帽子まで乗せてある。
「大きいの作ったね! すごい!」
僕が駆け出した瞬間、一気に視界から景色が消えた。凍るように寒い……
一瞬何が起きたのか分からなくて、戸惑っているうちにラルフ様に抱え上げられた。抱え上げられたというか引き上げられた? 視界が戻ってくるとようやく僕は何が起きたのかを理解した。
僕はどこかに落ちたらしい。落ちた? 庭なのに落ちるところなんてあったっけ?
あ……年が明けた頃に雪を入れる穴を庭に掘ったってバルドが言ってたっけ。
大人になって穴に落ちるなんて……
嘘だよね?
「クシュンッ」
「大変だ!」
僕はラルフ様に抱えられて部屋に運ばれると、すぐにお風呂に入れられて、そのまま五日間もベッドから出してもらえなかった。大人になった僕は十日も寝込むことはなかったけど、ラルフ様にベッドに押し込まれて、また丁寧に看病されてしまった。
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