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144.建物

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「お嬢様はお聞きになっておられなかったかもしれませんが、エデが馬車をとめなかった理由ですが」

「あの、ごめんなさい、ジャニス。私、必死で――」

 謝罪を口にする彼女がこれ以上謝らないように「大丈夫ですよ」と優しく笑いかけ、静止するジャニスティは、言葉をかけた。

「お嬢様が困惑し、冷静でいられなかったことは無理もない話です。私もさすがに、焦ってしまいましたので」
(エデがいなければ、もっと悪い状況になっていたかもしれない)

 心底そう思う彼は愁眉を寄せる。

「そう……なの? あなたでも」
(ジャニスでも、想定出来なかったことが起こったということなのね)

 アメジストはクォーツが苦しんでいるのを何とかしなければと、そればかり考え他を気にする余裕などなかった。そのためジャニスティとエデの会話は全く耳に入っていなかったのである。

 もちろん、それを察していたジャニスティはアメジストを安心させるためニコッと笑う。

 しかしこれは今、伝えておくべきとても重要なこと――彼はすぐに話を、再開した。

「アメジスト様……実は、私が一番危険を感じた瞬間に馬車が通過していた場所ですが。カーテンを開けて確認した建物に原因が――」

「建物……ジャニス。それは、もしかして」

 ジャニスティの癒やし魔法は彼女にも微弱だが効いている。そして彼の予想通り時間が経つにつれて、気分は良くなっていた。それでも青ざめた表情で問いかけたアメジストはその言葉でハッと、気付いたのである。

 二人が静かに目を合わせると、ゆっくりと彼は頷く。

「はい、アメジストお嬢様。私が見た建物は、あの痛ましい事件のあった『レヴシャルメの一族が住んでいた屋敷』でした」

「詳しい場所までは知らなかったわ。では、やはり――」
「クォーツの苦しみ方は、異常でしたから。それが何を意味するのか」
「……」

 カタッカタッ、コトッコト……。

 沈黙する二人。
 皆が落ち着いてきたことで馬車をとめる必要はないと判断したエデは学校へ向けて、走る。穏やかで優しく丁寧な、いつものリズムへ戻った馬の音がアメジストの耳に、響く。

(分かっているの。でも“そのこと”を、認めたくない自分がいて)

――これから、どうしたらいいの!!

 うつむいたままで思う。
 ジャニスティの口から告げられるであろう事柄を考えられない。ただ悲しく、しかし。時を静かに待つ。

「どうして――」

 彼女は苦渋の表情で、膝の上で眠る可愛い妹を見つめ、ずっと髪を撫でていた。
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