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6章 黒土の森

第293話 仙狐

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霧狐さんに着いて洞窟を進んでいくと階段に辿り着いた。
途中にはかなり分かれ道があったけど......色々な場所に繋がっているのだろうか?
もしくはこの中も幻惑魔法をかけているのかな?
いや、自分の住む神域の中まで幻を使うような意味は......多分ないよね?
なんとなく目に映るもの全てが幻なんじゃないかという疑心暗鬼に駆られながら階段に足を掛けた。
結構長い階段を俺達は無言で登っていく。
しかし......仙狐様の神域は地下にあったんだね。
この階段が地上まで続いている可能性もあるけど......地上にはそれらしき場所は無かったみたいだし......まぁでも、結界があるから気づくことも出来なかった可能性はあるかな?
そんなことを考えていると唐突に階段が終わる。
どうやら地上までは続いていなかったようだ。
降りて来た大空洞の中間くらいだろうか?

『仙狐様が居られるのはこのすぐ先になります。私の案内はここまでとなります。それと眷属の方もここまででお願いいたします。』

どうやら到着したようだ。
ここで待機するように言われたシャルが一瞬霧狐さんの方を見たが、特に何も言わなかったようでにすぐに視線を外す。
まぁ、俺だけをって言うのは仙狐様の決定だろうからね。
いくらシャルでも文句は言えないだろう。

「分かりました。」

俺は一歩前に出て心配そうにこちらを見てくるシャルを撫でる。
俺が撫でているとシャルが頭を下げて来たのでその頭を軽く撫でてから、シャルの背中にマナスを乗せる。

「じゃぁ、二人ともここで待っててね。仙狐様に挨拶してくるから。」

『......お気を付けください。』

シャルの背中に乗っているマナスも心配しているのか小刻みに体を揺らしている。
俺は心配ないよと言う様に軽く笑いながらマナスとシャルを撫でた後、俺は奥へと進んでいく。
......そう言えば、この世界に来てから一人になるのは初めてかもしれない。
神域では母さんがずっと傍にいたし......神域を出てからはシャルが。
シャルが俺から離れた時はマナスがいた。
まぁ、シャルが俺から離れたのって......ファラを勧誘しに行った時くらいか。
随分前の事のような気がするなぁ......。
いや、心細いってわけじゃないけど......シャル達もナレアさん達もいないと、なんか肩が寒いと言うか......妙に空気がスカスカするというか......なんだろうね?
......あぁ、マナスもシャルも肩に乗ってないから寒いのかな?
二人とも常に乗っているわけじゃないけど......。
そんなことを考えながら洞窟を歩いていく。
......いや、静かだね。
俺の靴音が洞窟に反響してより一層、近くに誰もいないことを意識させられる。
そのまましばらく歩いていたのだが......一向に仙狐様の元に辿り着く気配がない。
霧狐さんはすぐ先って言ってたよね?
後ろを振り返るが霧狐さんどころかシャル達の姿も見えない。
ここに来るまでひたすら真っ直ぐ歩いて来たし、障害物も無かった。
視覚を強化している俺がシャル達の事が見えなくなるほど離れたとは思えない。
......これは多分幻惑魔法だ。
うーん......困ったな。
とりあえず......俺は五感を殺して幻惑魔法を感知してみる。
......あー、三百六十度どころか頭上もも足の下も全部幻惑魔法に囲まれちゃってるよ。
参ったな......マナスがいないと感知は出来てもここから脱出する手段が思いつかない......。
俺達が今まで通過してきた幻は、真っ直ぐ突き抜けること自体は問題なかった。
でも今俺を囲んでいる幻は、方向感覚も狂わされている気がする。
ずっとまっすぐ歩いて着たつもりだけど、未だに仙狐様の元へ辿り着いていない以上その可能性が高い。
すんなりと仙狐様と会えるみたいでよかったと思っていた時期が俺にもありました。
どうしたものかと頭を掻いて悩んでいた俺は、あることに気付いてしまった。
......右手の袖口に、何やら透明な糊のようなものが付いているのだ。

「マナス......付いて着たらダメだよ。」

いや......助かったけどさ。
袖口から恐らく分体のマナスがにょろっと出てくる。
本体じゃないよね......?
区別付かないけど......。
俺の手の甲に乗ったマナスが微妙に俺の視線から逃げるように移動して......いや違うな。
俺が手を伸ばすとその指先に移動したマナスが前方の幻を無力化していく。
恐らく、これは仙狐様の幻惑魔法だと思うけど......マナスは問題なく無力化出来ているようだ。
本当に頼りになるけど......困ったな......俺一人で会いに来いって話なんだけど......。

「......ありがとうね。マナス。」

でもまぁ、マナスがいてくれて助かったのは事実だ。
指先からまた俺の袖の中に戻っていくマナスにお礼を言う。
シャルの差し金か、マナスの独断か分からないけど......もしかしたらこの事態を予想してたのかもな。
一瞬だけ五感を殺して幻惑魔法の状態を調べてみる。
......うん、進行方向の分だけ幻が完全になくなっているね。
今のうちに進んでしまおう。
俺は気持ち急ぎ目に、だが慎重に歩を進めていく。
マナスに幻を無効化してもらってから二、三分といった所だろうか?
辺りの風景が一変する。
突然の陽光に木々のざわめき、更には川のせせらぎも聞こえてくる。
これは、幻惑魔法で自分の住居環境を整えているのだろうか?
母さんは森、応龍様は山......そして仙狐様は洞窟の奥。
景観は......流石に良いとは言えないけど......仙狐様ならあまり関係ないみたいだね。
ゆっくりと一変した風景の中進んでいくと少し離れた位置に金毛の狐が姿を現した。

『お前が天狼の子か。』

ゆったりとした歩調でこちらに近づいてくるのは......恐らく仙狐様。
シャル達とは違う、母さんや応龍様に似た圧倒的な存在感。
目はおろか意識さえも一瞬で奪われたその姿に、声を掛けられたことを忘れて立ち尽くしてしまう。

『なんだ?喋ることも出来ないのか?』

「失礼しました。天狼の子、ケイ=セレウスと申します。」

『そうか。俺が仙狐だ。』

仙狐様が名乗ってくれたので俺は一礼をする。

「仙狐様。この度は突然の訪問まことに申し訳ありません。」

『気にするな。久方ぶりの客、しかもあの犬の子という変わり種。歓迎する。』

......えっと、犬って......母さんの事だよね?

『そうだな、俺にとっては旧知だが......お前にとっては母であったな。許せ。』

「い、いえ。失礼しました。」

そうか、仙狐様も考えていることが伝わってしまうのか。
母さんの事を言われたと気付いた時に少しだけムっとしてしまったのが伝わってしまったらしい。

『その方が早いからな。』

変なことを考えないようにしないとな。

『気にする必要は無い。覗いているのはこちらだからな。』

「ありがとうございます。」

『い......天狼と応龍から手紙を預かっていると聞いている。貰おう。』

俺は二人から預かっていた魔道具を仙狐様の元へと持って行く。
恐らくこの魔道具は念話を込めた感じなのだろうね。
念話が使えない俺には出来そうにないけど......かなり便利そうだ。

『その理解であっている。しばし待て。すぐに確認する。』

そう言って仙狐様は魔道具を起動して内容を確認していく。
左程時間はかからずに仙狐様が顔を上げてこちらを向く。

『鳳凰の召喚魔法で呼び出されたのか。』

「はい。母の......天狼の神域に封印されている物はもともと僕が持っていた物でした。それが呼び出された為に巻き込まれて私も呼ばれたのか、私が呼ばれたものの、先にあれだけがこちらの世界に来たのかは分かりませんが......。」

『すまない。我らの責任だ。』

「いえ、母や応龍様からも謝られましたが......仕方のなかったことだと思います。もし同じような状況で私に同じことが出来たのなら......恐らく同じことをやったと思います。だから、お気になさらないでください。」

俺の言葉に仙狐様は軽く頷き言葉を続けた。

『妖猫の神域に呼ばれたものは分からぬが、私の神域にいるのも恐らく生物ではないはずだ。出来れば無機物であってほしいものだが、お前が確認してくれるのだろう?』

仙狐様が気だるげに言う。
確かに俺以外に被害者がいないといいな......。
まぁ、突然所有物が無くなった人たちは大困りだったと思うけど、人を呼んでしまうよりは幾分マシ......だろうか?

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