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7章 西への旅路

第332話 遠き空

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ダンジョンの報告を終えた後、俺とナレアさん、そしてカザン君の三人は中庭に移動してきた。
レギさんは木彫りとその指導を始めたが、俺達はとりあえずフリーなのでのんびりすることにしたのだ。

「幻惑魔法......想像以上の効果ですよね。中庭に足を踏み入れなければ絶対に気付けませんよ。」

カザン君が魔法の効果に物凄く感心しているけど......俺は俺で物凄い衝撃を受けていた。
中庭に幻惑魔法を掛けたのはナレアさんだったけど......まさかこんなレベルの物とは思っていなかった......。
中庭に面した窓から見ると、そこにはリィリさんとノーラちゃんの二人が楽しそうに遊んでいるのが見えて時折笑い声が聞こえていたのだが......中庭に足を踏み入れると様子が一変。
二人のいる位置は窓から見た物とは全く異なっている。
ノーラちゃんはグルフの背中に乗っているし、リィリさんはそれを追いかけて走り回っていた。
笑い声やグルフの鳴き声が絶え間なく響き、外から見えた穏やかな日向ぼっこといった様子は一切なく、やんちゃに遊びまわる三人の姿があった。
しかも中庭の中にいる人が変われば幻も変化するのだ。
俺達三人が中庭に来たことにより、外から見ればちゃんと俺達も幻として投影されているのだと言う。
今はまだそんなことは無いけど......もしナレアさんが幻惑魔法を使って悪戯を始めたら......俺は世界の全てが信じられなくなるかもしれない。

「ふむ、随分と戦々恐々としておるようじゃが......安心するのじゃ。まだそのつもりはないのじゃ。」

はい、一欠けらも安心できない台詞をいただきました。
まだって!
まだって言っています!

「ほほ、努々油断せぬことじゃ。」

「安心って話は何処に行ったのですか!?」

「細かいのう......じゃぁ、今日は安心しても良いのじゃ。」

じゃぁって......もう俺に心穏やかに過ごせる日々は来ないのか......。
俺が悲嘆に暮れているとカザン君が何やら生暖かい目をしながらぽんっと肩を叩く。
そして、俺が声を出すよりも早く俺の傍から離れていく......。
それだけかよ!?
何か言えよ!
......真剣に......幻惑魔法対策を考えないといけないかもしれない。
マナスに頼らずに俺一人で何とかする方法が......近い将来絶対にいる!

「ほほ、今更じゃのう。」

そう......例え心の内を全て読まれているとしても、だ!

「ナレア姉様―!ケイ兄様―!」

「今行くのじゃー!」

グルフに乗って走っているノーラちゃんの呼び声に応えてナレアさんが駆け出した。
俺は少し前を歩くカザン君に小走りで追いつくと横に並んで歩く。

「先ほども言いましたが、この魔法は物凄いですね。今まで見せてもらった魔法とはまた毛色が違いますが......一人で万の軍を完封出来そうですね。」

「そうだね......直接的な攻撃力は無いけど応用力が半端ないからね。対個人から対軍、謀略から直接的な戦闘までなんでもござれって感じ。」

「......迂闊なことを言ってケイさん達を怒らせたら、国が滅びますね。」

「......その割にはつい今しがた、俺の事をあっさり見捨ててくれた気がしたけど?」

俺が半眼になりつつカザン君を見ると、カザン君は大きく息を吸い込みながら空を仰ぎ見る。

「まさかー。大恩ある方を、そんな無下に扱う訳ないじゃないですかー。」

「めちゃくちゃ棒読みだし......つまりそれは、大恩ある俺と大恩あるナレアさんのどちらの味方にも付かずに傍観するってことかな?」

「そんなことは無いですよ......お二人が雌雄を決する時にはちゃんとどちらに着くか意思表明はします。」

「......へぇ......どっちに着くの?」

「それは勿論、勝つ方です。」

......いや、領主としては正しい答えだと思うけどさ......。

「友人として、それはどうなのかな......?」

俺が半眼のまま告げると、空からこちらに視線を戻したカザン君が爽やかな笑みを浮かべる。

「友人だからこそ......大切な友人であるお二人だからこそ、感情でどちらに着くかなんて選べないのですよ。となると......考慮するべきは別の部分。」

「......つまり?」

「実利ですね。」

物凄いイケメンが物凄い良い笑顔で物凄いクソ野郎な発言をする。

「......まぁ、私への被害の少ない方とも言いますが。」

「......つまり?」

俺は再び同じ質問をする。

「まぁ、九割九分九厘......いえ、勿論ケイさんの事を応援しますよ?」

心の中で、って声が今完全に俺に聞こえた。

「......うん、カザン君はそういう奴だった。」

まぁ、長い物に巻かれるのは正しいことだからね......ナレアさんを敵に回すと、芋づる式にリィリさん、ノーラちゃん、レーアさんと敵が増えていく。
対して俺を敵に回した場合......味方は増えども敵は増えない。
戦力差を比較するまでも無い、自明の理と言う奴だ。
しかし......普通イケメンはそこで友情を取ってくれるのではないのだろうか?
いや......それに関しては予防線を張ってやがったな......二人とも友人だと。

「私は......まだ死ぬわけにはいきませんから。」

「だからと言って、一人で死地に赴く友人を見捨てていいの?」

「いえ、ケイさんであれば大丈夫だと......信頼しています。」

そう言ってこちらを見ながら爽やかな笑みを浮かべるカザン君を見て思った。
友情ってクソだわ......。



「さて、皆さん。棒は持ちましたか?」

「はい!ちゃんと持っているのです!」

俺の問いかけにノーラちゃんが元気よく返事をする。
時刻は夜、俺達は今領主館の中庭に集まっている。
今ここに居るのは、俺、レギさん、リィリさん、ナレアさん、カザン君、ノーラちゃん、レーアさん、ネネアさんの八人だ。
あ、勿論シャル達もいるけど。
こんな時間に外に集まって何をするかと言うと......グラニダに戻って来た時にリィリさん達との会話で出て来た、お土産を披露させてもらうのだ。

「ケイよ。明かりを灯さなくてもよいと言っておったが、月明かりだけでは少々暗くないかのう?館から漏れる光も遮断しておるし......。」

ナレアさんには中庭を囲う幻の効果をまた少し変えてもらって空から降り注ぐ光以外を遮断してもらった。
皆の暗視も殆ど切っているので少し離れただけでお互いの姿も殆ど見えなくなる。
今日は月明かりもあまり強くないしね。

「大丈夫ですよ。まぁ、暗い中長々と喋っても仕方ないので、とりあえず棒を目の前に突き出してください。あ、人には向けないでくださいね。」

俺の言葉に従って皆が棒を前へと突き出す。

「では、お楽しみください。」

そう言って俺は指を鳴らす。
発動したのは幻惑魔法。
勿論、指を鳴らす必要は何処にもないのだが、まぁ合図というかポーズは大事ってことで。

「うわぁ......。」

「これは......。」

「綺麗......。」

「凄いのです!」

俺の発動した魔法の効果を見て、各々が声を漏らす。
皆の突き出した棒の先端から色とりどりの光があふれ出している。
夏の風物詩......花火だ。
勿論、火薬や炎色反応は一切関係ない。
ただ俺が子供の頃に遊んだ花火のイメージを、幻惑魔法によって再現しているだけだ。
光だけではなく、音や匂いなんかも再現しているのだが......正直俺に出来る幻惑魔法ではぎりぎりといった感じだ。
再現度は中々だと思うけど、余裕は全くない。
赤、緑、白、黄色......色々な色に変化しながら火花を飛ばす様を、最初はうっとりと見ていた皆だったが、徐々にテンションが上がって来たのか振り回したりして遊んでいる。
まぁ、実際の花火をあんな感じに振り回していたら怒られると思うけど、これはただの幻だし問題はない。
後、花火に火をつける瞬間とかも楽しいと思うのだけど......その辺は残念ながら今回は再現出来なかった。
もっと幻惑魔法を使いこなせるようになれば色々出来るかもしれないけど、とりあえず今回はこんな感じだろう。
時間にして十分程だろうか?
俺は棒の先端から出ていた花火を消した。
お徳用花火セットと違って、一種類の花火がずっとついているだけだからあまり長いことやっても飽きるだけだしね。

「さて、ご希望があればもう一度やりますが......その前にもう一つ見てもらいたいものがあります。」

先程まで色とりどりの光が迸っていたので、花火をする前よりも若干闇が深くなった気がするね。
まぁ気のせいじゃなくって瞳孔の光量調整の結果だろうけど......。

「空をご覧ください。首が辛いようでしたら......気にしない人は庭に寝転ぶのもいいかもしれません。それと大きな音が鳴りますが、僕達だけにしか聞こえない様にしているので大丈夫です。」

俺の言葉に従い何人かが地面に仰向けになり、他の人は座って上を見上げたりしている。

「それじゃぁ、いきますよー。」

俺は空に向かって腕を伸ばし、幻惑魔法を発動する!
花火が空へと昇っていく笛の音が響いた後、大きな破裂音がして真っ暗な空に大きな光の花が咲く。
何人かが大きな音に体を一瞬強張らせていたようだが、誰もが声を上げることなく空を見上げている。
続けざまに、俺は記憶の中にある幻の花火を空に向かってどんどん打ち上げていく。
誰もが放心したように茫然とする中......最初に我に返ったのは誰だっただろうか?

「「うわぁ!」」

一人が声を上げたのを皮切りに皆が空を見上げたまま歓声を上げる。
真下から花火を見たことは無いから、恐らく本物のそれとは異なる景色が広がっているのだろうけど......それは問題じゃない。
幻によって再現された花火は俺の記憶から呼び起こされたものなのだから......。
皆は初めて見る花火に大興奮、非常に喜んでくれているようでとても嬉しい。
でも、打ち上げ花火を再現するまで気づかなかったことがあった。
寂寥感......というのだろうか?
こんなに綺麗で派手な代物を見ていると言うのに......どこか寂しさのようなものを感じている俺がいる。
皆が空に目を奪われ歓声を上げる中、しんみりした気分を覚えながら花火を見上げる俺は、自分に向けられた視線があることに気づかなかった。

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