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★本編★

最後の

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 嵐の中を帰城してからルドルフはドナテラの行方を執拗に探った。カデナ現王にかかった精神操作はまだ解けていないようだが、ドナテラが姿を消した事で少しずつ正気を取り戻しつつあると言う。
 けれど依然としてあの男の行方は知れず、城内の警備体制は更に厳しくなっていた。

 ルルテラが生まれるまであと半年。
 それまでに皆と沢山の思い出を作ろう。そうすれば僕が死んだ後も皆がルルテラに思い出話をしてくれるだろう。



「皇后様、リカルド様が葡萄をお待ち下さいましたよ」
 メイドがそう言ってリカルドを部屋まで案内してくれた。
 数少ない僕が会える人の訪問に塞ぎがちだった気持ちが弾む。

「わー嬉しい!」
「おい、俺が嬉しいのか葡萄が嬉しいのかどっちだ」
「両方に決まってるでしょ!早く食べよう」
「全くしょうがねーな。よう!ノエル!アーロンは?」
「アーロン様は本日陛下のお供です」
「そっか」

 そう言いながらリカルドは綺麗に籠に盛られた葡萄をテーブルに置く。
 メイドは微笑ましそうに僕達を眺めると、お茶の支度をする為に部屋を出て行った。

「うわ!美味しそう!」

 大好物だけど果物は体を冷やすからと制限がかかっているので、食べるのは久しぶりだ。

「今日はナツは来ないの?一人なんて珍しいね」
「ああ、忙しいみたいで俺だけだ。それより冷たい間に食えよ」
「はーい!頂きます!」
「おう」

 早速一粒摘んでその紫の美しさにうっとりする。

「え?この葡萄凄く高い奴じゃない?どうしたのこれ」

 こんな高級品、街の人からのお供物であるわけが無い。

「どうでもいいだろ。いらないのかよ」
「勿論いります!」

 そして宝石の雫のようなそれを口に入れ……

「なにするの」
「あ、いや。何してんだろうな」
「ええ?」

 突然僕の腕をガッチリと掴んだリカルドは自身も困惑した顔で僕を見た。

「食べられないんですけど」
「ああ、分かってる。ちくしょう早く食え」

 言葉とは裏腹に僕の手を掴むリカルドの表情は段々と切迫した物になり冷や汗まで流れている。

「リカルド様」

 後ろに控えていたアーロンがリカルドの異変を不審に思い、その腕を離そうとするがリカルドは薄く首を振るばかりだ。

「アリス様!葡萄を捨てて下さい!」

 何かに気付いたノエルが声を上げる。慌てて葡萄の粒を投げると落ちた途端にそれは煙を上げて腐り崩れた。

「え?呪い?!」

「うわああああっっ!!」

 頭を抱えて苦しみ出すリカルド。
 ノエルは僕を背中に庇い、剣を抜いた。

「やめて!ノエル!」
「分かってます!護衛!入れ!」

 ノエルの声に部屋の外にいた護衛騎士が飛び込んで来た。

「リカルド様を傷付けないように拘束しろ。そして客間に閉じ込めておけ」
「はっ!承知しました!」

「リカルド!」

 僕の声にも反応しない。ひとしきり叫んだ後はぼんやりと遠くを見ている。

「ドナテラの仕業かも知れません。ひとまず閉じ込めるしかないでしょう」
「う、うん」

 確かにそうだけど。

「陛下にこの事をお伝えしろ」
「はい!」
「まって!ノエル」
「アリス様、ひとまず陛下にご報告しましょう」
「そんな事したらリカルド殺されたりしない?!」
「アリス様のたった一人のご家族だとご存知です。大丈夫です」
「うん……でも戻らなかったら」
「大丈夫です、アリス様。ちゃんと元に戻ります」
「うん、そうだよね。カデナの王様も洗脳解けかけてるって言ってたもんね」

 不安な僕に気遣いつつノエルが護衛騎士に指示を出す。リカルドは半ば意識を失ったような状態で彼等に連れて行かれてしまった。





 もし本当にドナテラの仕業だとしたら僕のせいだ……








 夜になってルドルフが部屋に来た。

「大丈夫か?アリス」
「僕は大丈夫。お願いリカルドを傷付けないで」
「分かってる。一刻も早くドナテラを探す」
「リカルドは?どこにいるの?牢屋とかじゃないよね」
「ああ、客間で万全の警備をしているから心配するな」
「まだ正気に戻らない?」
「……魔力が無いものにとっては精神干渉は毒と同じだ。一度受けてしまうともう元に戻るのは難しい」
「でもカデナの王様は!」
「あいつも少しだが魔力持ちだ」
「でも……葡萄を食べようとした僕を止めてくれたんだ」
「そうだな。干渉に逆らったんだ。かなり体にダメージを受けたと思う」

 リカルド兄さん。
 僕の家族と呼べるただ一人の人。

「お腹の子に障る。もう休め」
「陛下は?」
「俺はドナテラの痕跡を追う」
「うん」

 そう言ってルドルフは部屋を出て行く。
 取り残された僕は必死で助ける方法を考えた。
 ……この治癒の力でどうにかならないかな。
 試したい。可能性があるならなんでも。



 部屋の外にはノエルを始め護衛騎士が寝ずの番をしている。知られたら止められるだろう。でも早くしないとどんどん干渉は進んでいく。

 僕は窓を開け、体に浮遊魔術をかけて階下の部屋に行った。
 外から順番に客間を確認していると仄かに灯りのついている部屋がある。

 覗き込むとリカルドが目を開けたままベッドで横になっていた。

「兄さん」

 窓を開け、そっと近づくがなんの反応も無い。
 嫌だ。このままいなくならないで。




 そっと手を翳し熱を溜める。そしてリカルドの体全部を包み込んだ。

「アリス」
「兄さん!気分はどう?」
「もうやめろ……無駄だ」
「え?」
「魔術をかけられた時ほとんどの臓器が死んだ。俺は今、動く死体みたいなもんだ」
「……何言ってるの?」


「ごめんな」

 そう言ってリカルドは僕を見た。

「公爵の家でまだ小さいお前が酷い目に遭わされるのを助けてやれなくて」
「兄さん?」
「ずっとずっと悔やんでた。でもあいつらに逆らうのが怖かった。八雲先生やノエルがいなかったら俺はずっと見て見ぬふりをしてたかも知れない」


「でも兄さんは助けてくれたよ!」
「……」


 しばらく無言だったリカルドは突然むくりと起き出し僕に向き直った。そして枕の下から懐刀を取り出して握りしめる。その顔はいつものリカルドのものではなかった。

「だめ!やめて兄さん」

 ルルテラを守らなきゃ!
 そう思うのに僕は逃げる事も出来ずただ黙ってリカルドを見つめた。
 信じたくなかったのかも知れない。
 これから起こるであろう事を。
 それほどにリカルドはいつの間にか大事な家族になっていた。

「アリス」

 リカルドが握った刀を両手で振り下ろす。






「兄さ……」


 そしてそれはそのままリカルド自身の心臓に勢いよく突き立てられた。





「え……?」



「殺せるわけないよなあ。そりゃ」
 そう言って笑った顔はいつものリカルドだ。
 喋る度に口からゴボゴボと血が吹き出す。

「やめてー!!!喋らないで!!」

 僕は必死に治癒の力を使うが、まるで手応えは無く血は止まらない。

「なんで?!」
「言ったろ?もう俺の体は死んでるも同然なんだよ」
「嫌だ兄さん!絶対助ける!諦めないよ!」

 必死に癒しの光を当て続けるが何も起こらない。

「兄さん……!」

 自分の無力さに悔し涙が止まらない。それでもどうにかしたくて全力で力を注ぎ込んだ。

「も、やめろ、こ、どもに良く無い」
「喋らないで!!」
「さいごに、兄らしいこと、できた、かな」

「バカっ!兄さんはいつでも頼れる兄さんだったよ!!」

 僕がそう叫ぶとリカルドはうっすら微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を閉じた。





「あ……あリカル……」


 なんで?初めて夢を見つけたって言ったよね?
 ナツの後を引き継いで司祭になるからってあんなに勉強してたでしょ?

 僕が死んだ後、ルルテラに思い出話をしてもらうはずだったんだよ!





 体から迸る何か。
 怒りなのか悲しみなのか無力感なのか。
 そして抑えきれない力が突然体から解き放たれる。



「ああっ!!!!!!」





 光が溢れ城全体を照らした。



 あ……最終覚醒だ。



 人ごとのようにそんな事を思う。


 ルルテラ大丈夫かな。
 女神だもんな。
 きっとこの暴走さえ自身の糧に変えられる。
 この力を引き継ぐなら世界最強の聖女になれるだろう。




 冴え渡る思考の中
 憎い相手の顔が見えた。


 隣国の屋敷。
 そこにあいつはいた。


 心の中でノエルとルドルフに呼びかけて居場所を知らせた。
 すぐにでも一緒に行きたかったが僕の体は覚醒の衝撃でもう力が入らない。

 けれど……

 最終覚醒したこの魔力ならリカルドを救えるかもしれない。僕は僅かな気力を振り絞り、這うように彼に近づいて魔力を放つ。以前とは格段に違う強い力を肌で感じた。けれどリカルドが息を吹き返す事は無かった。


「巻き込んでごめんなさい。兄さん……」


 意識が薄れ倒れ込む瞬間、僕は無造作に投げ出された兄の冷たい手を強く強く握りしめた。



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