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第84話 受難の始まり
しおりを挟む「おはようございます、ライム様。朝になりましたので、お目覚めください」
「はえ…………?」
「もうすぐ船が出航いたします。出発のご用意を」
「わかった。おはよう、あまんだ……」
「アンドレアです」
食事の後、各部屋に分かれて宿泊したマルクたちは、翌日の早朝、アンドレアによって起こされた。
「もうみんな準備できてますよ。ライムも急いでください!」
アンドレアの背後から、マルクがひょっこりと顔を覗かせてそう告げる。
「うん……わかった……?」
こうして準備を整えた一行は、アンドレアに連れられて船着場へ到着した。
「デネボラお嬢様。皆様をお連れしました」
「感謝しますわアンドレア。お下がりなさい」
一礼し、デネボラの背後に控えるアンドレア。
「皆さま御機嫌よう! ゆうべはよく眠れましたこと?」
デネボラは、集まった皆の顔を見直しながら問いかける。
「おはようございますデネボラさん。ぼくはぐっすり眠れました!」
「ライムちゃん、まだ眠い……」
そう言って目をこすりながら、マルクの服の袖をつまむライム。
「何も、こんなに早く出航することないだろう……☆」
「アタシも……そう思うわ……」
ルドガー達も、まだ眠いようだ。
「わたくし、待つのは嫌いなんですの」と、デネボラ。
「お嬢様のくせにせっかちね」
カーミラは、小声でそう呟いた。
「あのー、リタさん。そろそろ起きていただけないでしょうか……?」
「むにゃ……むにゃ……わおーんっ!」
「だめです……夢の中で完全に野生に戻っています……!」
一方、リタは未だに、クラリスの体にしがみついたまま寝ている。
どうやら、一行の中でまともに目覚めているのは、マルクとクラリスだけのようだ。
「それでは、改めて紹介させていただきますの。わたくしに同伴して船へ乗り込む、メイド長のアンドレアと、料理長のフェナですわ!」
船着き場にはデネボラとアンドレアの他にもう一人――髪を二つに結んだ少女が立っている。どうやら、その少女が料理長のフェナらしい。
「改めて、よろしくお願い致します」
デネボラに紹介されたアンドレアは、深々とお辞儀をする。
「ふん、あんたがマルクね。ちょっとデネボラ様に気に入られたからって、いい気にならないことね!」
それに対し、フェナと紹介された少女の方は、主にマルクのことを良く思っていない様子だ。
「そ、そんな……いい気になんて、なってません。いきなり酷いです……っ!」
唐突に高圧的な態度をとられたマルクは、あまりの理不尽さに目を潤ませる。
「ちょ、ちょっと言っただけじゃない!? な、泣くんじゃないわよ!」
「泣いてません……ぐすっ……!」
目元をぬぐいながら、そう答えるマルク。
「年下の男の子を泣かせるだなんて、みっともないですわよ」
「泣いてません……」
デネボラは、そんなフェナのことを諌めた。
「謝りなさいフェナ」
「うぅ……ごめんなさい……」
「見ての通り、フェナは少々跳ねっ返りなところがありますけれど、料理の腕は確かですわ」とデネボラ。
こうして、船に乗る全員の紹介が済んだのだった。
「それでは、全員揃ったところで早速船へ――」
「……あの、一つ質問してもいいですか?」
いざ乗り込む段階になって、マルクが遠慮がちに手を上げながら言う。
「ええ、構いませんことよ」
「ありがとうございます。……さっきからずっと気になってたんですけど、あの人達は一体何を運んでるんですか?」
マルクは船へ積荷を運び込んでいる人達の方を見ながら問いかけた。
「良い質問ですわねマルク様。あれは、あなたの国が良く輸入している、医療用の薬ですわ」
「この国のお薬ですか……聞いただけでも凄そうです!」
「ええもちろん凄いですわ。あれは痛みを和らげる作用を持つ薬草を粉末状にしたもので、なんと媚薬としても使えますのよ!」
デネボラは誇らしげに言ったので、思わず吹き出すクラリス。
「びやく? びやくって何ですか?」
「あ、あらごめんなさい。わたくしったら、まだ年端もいかない殿方にこのお話は早すぎましたわね。忘れてくださいまし……!」
「…………?」
顔を赤らめて口をつぐんでしまったデネボラを見て、マルクは首をかしげる。
「私が教えてあげよう☆ 媚薬というのはだね、エッッッッ」
意気揚々と解説を始めたルドガーの口を、クラリスが全力で塞いだ。
「むぐっ、何をする! 師匠として、ここはちゃんとした教育をだな――「と、とにかく、早く乗り込みましょう!」
こうして、一行は船へと乗り込んだのだった。
✳︎
同時刻、船内にて、積荷を運び終えた二人の男が会話している。
「――よし、これで全部だ」
「おいおい、よく見たら、ここは食料庫じゃないか。こんな場所に置いて大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。ラベルも貼ってあるし、見ればわかるさ」
「……それもそうだな!」
そう言って、船を降りていく二人組。
かくして、マルクにとって最大の受難となる船旅が幕を開けたのである。
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