上 下
22 / 90

第22話 物作りは楽しい

しおりを挟む
 翌朝――。
 サンドイッチに舌鼓を打った後、さっそくリリアナと共に柵で囲まれた庭に出る。
 庭と言っていいのか畑と言えばいいのか表現に迷うが、現在は雑草が生い茂るただの野原に過ぎない。
 
 庭の土を指先でつまみんだリリアナは、手のひらに土を乗せ目を細める。
 私もしゃがみ込んで土を一握り掴み、サラサラと土を手から地面へ落とした。

「ハルト。昨日、ここの立地を見た時から思っておったが……」

 眉をしかめながら、リリアナは指先をすり合わせ土を払う。

「見ただけで分かるのか?」

 これから土に向け解析術を使用しようと思っていたのだが、彼女の表情から察するに状態は良くないのだろう。
 
「うむ。これほど海に近い場所だと、潮風でほとんどの植物は育たぬぞ」
「そうだろうな。これだけ日当たりもよく、水源も豊富なのに低木さえ生えていないからな……」
「心配するな、ハルト。妾は『ほとんどの』と言っただろう?」
「なるほど。育つ植物もあるってことだな。食べられるものならいいのだが……」
「そうじゃな。あるにはある。この付近でも育てておるんじゃないかの? 近所の畑を見て見るがいい」
「確かにそうだな! いや、いっそ……牧畜をするか」
「牧畜か。初めてなら羊、ヤギ、鶏のどれかを薦める」

 その中なら、羊と鶏だな。
 羊は肉にもなれば、羊毛もとれる。鶏は卵が楽しみだ。

「なんじゃ。余り残念そうな様子じゃないの?」
「そうだな。畑や牧畜はついでだ。ここなら、何も育てなくとも生きていけるから」
「お主ほどの実力があれば、野山で狩りをする方が良いかもしれぬの。野草の知識はあるのか?」
「いずれ、リュートに教えてもらおうと思っている」
「ふむ。なら何を行いにここへ来たのじゃ? まさか土を見るだけではあるまいて」
「その通りだ。リリアナに道具作りを手伝ってもらおうと思ってな。広いところの方がやりやすいだろ」
「ほう」

 草木のことについてリリアナの右に出る者はそうそういないとは思う。
 しかし、たった二日間しかないのだ。彼女には、草木より優先順位の高いことを依頼したい。
 
「リリアナ。大きな桶を作りたいんだ。二つほど」
「大きいとは……」
「酒造用の酒樽ほどの大きさが欲しい」
「ワイン樽を作ればいいのかの?」
「形は拘らないさ。とにかく水を張れて、水を抜く栓があればいい」
「ふむ。そこの林に行くかの」

 ◇◇◇
 
 潅木や枯れた枝を集め、リリアナの前に置く。
 
「これくらいの量でいいか?」

 積みあがった様々な形をした枯れた木々へリリアナは満足そうに笑みを浮かべる。
 
「うむ。大丈夫じゃ。少し離れておれ、ハルト」
「分かった」

 リリアナは胸の前で両手を結び、目を瞑る。
 彼女の金糸のような髪がふわりと浮かびあがり、手元から緑色の光が溢れだす。
 
「クリエイト・マジック」

 リリアナが枯れ木に手をかざすと、緑色の光が迸り枯れ木がひとりでに動き出した。

「お、おお」

 私が感嘆の声をあげている間にも枯れ木がドロリと溶け出し、形を作っていく。
 見る見るうちに、こげ茶色の液体が中ががらんどうの円柱形を造り、動きが止まったところで固化した。
 まるで切り株の中をくり抜いたかのような桶が一瞬で完成してしまう。

「どうじゃ? こんなものか?」

 ふふんと胸をそらし微笑むリリアナへ、私は称賛を禁じ得ないでいる。

「素晴らしい魔術だな。どのような形でも作れてしまうのか?」
「うむ。どんどん作ろうかの」
「霊力……MPは枯渇しないのか?」
「多少は問題ない」
「足りなくなりそうならば、私が貴君へ補給しよう」
「……お主……魔力供給ができるのか?」

 何故か頬を染めるリリアナへ首を傾げる。
 自分の霊力を相手に送る陰陽術は、高度な術ではない。誰にでもできると言えば支障があるが、新米の陰陽術師でも使いこなせる術だ。
 やり方は、対象の身体のどこかに触れ、術式を構築するのみ。
 
「魔術で魔力供給を行うことは高度なのことなのか?」
「そうじゃの……術そのものの難易度もさることながら……」

 言いづらそうに顔をそむけるリリアナ。
 しかし、勿体ぶられると聞きたくなるのが、人の性というものだろう。

「さることながら?」
「そ、そのだな。相手と……親しくなければ難しいという別の側面もある。ハルトとなら妾は構わんぞ」
「分かった。遠慮なく言ってくれ」
「う、うむ」

 うつむいて口に手を当て「だああ」と口から変な言葉を漏らしたリリアナは、私から背を向け次はどのような物を作るのか尋ねて来た。

「もう一度、同じものを作ってくれないか。その後は櫂を三本作って欲しい。私はその間に枯れ木や枝を集めてくる」
「分かった」

 リリアナのクリエイト・マジックは、ものの十数秒で一品が作れてしまうからな。
 せっかく作ってくれる彼女の手を止めぬよう、私も陰陽術で一気に枯れ木を集めるとしようか。
 
 袖を振り、指先に札を挟む。
 目を閉じ、深く集中……目を開く。
 
「札術 式神・風狸ふうり

 私の呼びかけに応じ、札から白い煙があがり十匹のタヌキに似た式神が姿を現す。
 彼らは風を操る力を持っていて、馬より速く動くことができるのだ。
 風で枝を浮かび上がらせることもできる上に数もいる。
 
「枯れ木、潅木、枯れ枝を集めてくれ」

 タヌキたち――風狸へ命じると、彼らはパパっと周辺に散って行った。
 
 私が枯れ枝を数本集めているうちに、彼らはそれぞれが私の倍以上の成果をあげリリアナの前へ木々を積み上げていく。
 あっという間に山のように積みあがった木々を見て、風狸を消す。

「随分と便利な術じゃの」
煙々羅えんらんらと同じで、式神を使う札術という術になる」
「面白いの。紙を生物のごとく操る術か。妾も研究してみようかの」
「枯れ木をここまで操れるのだ。リリアナならばできるやもしれんな」
「そ、そうかの?」
 
 上機嫌になって上目遣いで見つめて来るリリアナへ、再度、自分の考えを彼女へ伝える。

「術を一から組み上げるとなると、余程の者でないとできぬ。しかし、貴君なら」

 世辞ではない。これほど木属性を巧みに操るリリアナならばきっと。
 私は創造性を必要とされる術の開発を不得手としている。しかし、頭の中で想像した桶をほつれ無く現実へ創造する彼女なら、術の開発も可能だと思う。
 
「全く……そのように真剣な顔でこられると照れるわい」
「こと術に関しては、世辞など一切使っていない。私は思ったことをそのまま貴君に伝えているに過ぎないのだ」
「分かっておる。だから、照れると言っておろう」

 恥ずかしさを紛らわすかのようにブンブンとかぶりを振ったリリアナは、私と目を合わさず次の注文を聞いてくる。
 今度は日用品のたぐいを思いつくままに作ってくれと酷い投げっぱなしなお願いをしてしまう。
 しかし、リリアナは「しょうがない奴じゃのう……」と不満を述べながらも、昼になるまでクリエイト・マジックを唱え続けてくれたのだった。

 この後、庭か家の中へ作ってくれた物を全て運び込み、家の裏手と庭側へ屋根まで制作してもらった。
 裏手の屋根の下へ円柱形の桶を設置し、もう一つは家畜小屋へいずれできればと思い、今は何も置かずとする。
 
「む。すまぬ。リリアナ。昼食のことを考えていなかった」
「なあに、先ほどの林に行けばすぐ食材が集まるじゃろう」
「悪いが、また林に付き合ってもらえるか?」
「うむ。ついでに野草のことも教授しよう」
「ありがたい」

 そんなこんなで、再び林へと繰り出すのであった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:138

今日も姉の物を奪ってやりますわ!(完)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:2,509

弟に前世を告白され、モブの私は悪役になると決めました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:242

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:584

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:302

処理中です...