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第62話 六道

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 古代龍の右腕を上から下へ斬った十郎は、小狐丸が下まで落ち体勢を崩していた。
 大きな動きの後は隙ができる。今まさに十郎はその最中にある。
 
 そこへ、青龍が唸りをあげて上空から横撃すべく爪を伸ばす。

「来ると思ったぜ! 晴斗!」

 十郎は不適に笑み、私の名を叫ぶ。
 不意をうった青龍の攻撃に対し、十郎はその場で手を付かずに側転。
 彼の脚先がちょうど迫って来た青龍の爪先にあたり、その衝撃で彼は横に飛ぶ。
 くるりと回転し、なんなく地面へ着地する十郎。
 
「あの体勢から初見で……青龍の動きを見切ったのかの……」

 茫然と呟くリリアナへ言葉を重ねる。
 
「あれこそ、十郎のもう一つの能力『天凛てんりん』だ。彼には初見は通じない」

 多少の力の差があれども、初見同士ならば絶対的に有利に立てるスキル「天凛」。
 十郎曰く「なんとなくわかる」というそっけない言葉で語られるこのスキルは、超直感と言えばいいのだろうか。
 
『まったく次から次へと……』

 地の底から腹を震わせる声が響き渡る。
 声の主は古代龍だった。
 しかし、私も十郎も古代龍へは目も向けない。
 今、真に目を離してはいけない相手が誰なのか分かっているのだから。
 もし、ここで古代龍に目を向けたら……その瞬間にやられる。
 僅かな隙さえ見逃さぬという十郎の気配に気圧されそうだ。

「あんたは黙ってな。晴斗。手加減はしねえぞ」
「まずは青龍の相手をしてもらおうか」

 内心の緊張を隠し、十郎へ向けニヤリと微笑む。

「行け、青龍!」

 リリアナの声に応じ、青龍は空高く飛び上がり勢いをつけ急降下する。

「任せたぞ。リリアナ」

 リリアナなら慣れておらずとも、粘り切れる。
 十郎に対し、一人で渡りあおうなど思っていないし、私はリリアナを信じているのだ。
 
 袖を振り、札を指先で挟む。
 周囲の音を遮断し、目を瞑った。
 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。

「八十九式物装 雷切」

 術の発動と共に、指先で挟んだ札から紫色の雷光が迸り、「古代龍」へ光が吸い込まれて行く。
 
『なんじゃこれは……力がみなぎってくる!』
「頼むぞ。今この場だけ力を貸してくれ! 古代龍!」

 これが私の作戦。
 十郎は青龍の腕を一本落としたようだが、力を増した古代龍と同時となるとどうかな?
 
「古代龍よ。主に合わせる」

 察知したリリアナが叫ぶ。
 十郎へのけん制だけを狙い、私が術を構築する時間を稼ぐのが彼女の目的だ。
 思惑を完遂した彼女の次に取る手は、古代龍との共闘である。
 
「おもしれえ! 来いよ!」

 それでも十郎は笑みを崩さず、小狐丸を正面に構えた。
 彼も集中状態に入ったようで、すうううっと目を細め体からゆらゆらとした湯気が上がり始める。

「シャルロット、次の手を準備する」
「はい!」

 これで倒せればいいのだが……相手は十郎だ。安心することはできない。
 
 翼をはためかせふわりと古代龍が空に舞う。
 巨体から繰り出された風が私の髪を揺らした。
 
 対する十郎は不動。
 彼のことだ。最大級の攻撃を待っているんだろう。
 ここまでは予想通り。

 空に上がった古代龍の口元からチリチリと黄金の光が漏れ始めた。
 
「青龍よ。けい。ヴァイス・ヴァーサ御心のままに
『喰らうがいい。滅びのバースト・フレア』

 青龍から蒼の炎、古代龍から黄金のブレスが一直線に十郎へ向かって行く。
 
「おもしれえ! 行くぜ。奥義・三千大千世界!」

 腰だめに構えた小狐丸へすさまじい霊力が集まり……十郎が刀を切り上げる!
 次の瞬間、見えない衝撃波が蒼と黄金が重なるブレスへ向かう。
 
 ――ドオオオオオオン!
 耳をつんざく音と凄まじい余波を伴い、ブレスと十郎の衝撃波が打ち消し合った。
 二体の龍が放つブレスと十郎の剣の結果は互角に終わる。
 大技を放った青龍、古代龍、そして十郎も硬直状態になっていた。
 
『なんて奴じゃ……』
「あやつ……どこまで……」

 驚愕の声をあげる古代龍とリリアナだったが、私にとっては想定の範囲内だ。
 この場面こそ真の好機!
 
「シャルロット!」

 合図を送ると、すぐにシャルロットは術を開放する。

Mon dieuおお、神よ穢れ無き絶対領域サンクチュアリ!」
「九十式 霊装 十束とつか

 九十式以上の術式は……体への負担を要求する。札から光が湧き上がると共に、私の全身へ強烈な痛みが襲い掛かった。
 だが、この程度で術を崩す私ではない。

「後は頼む。シャルロット!」

 祈りを込めてシャルロットの名を呼ぶ。
 
 シャルロットから放たれた柔らかな光が十郎の頭の上に集まり、続いて私が指先に挟む札から伸びた閃光があたたかな光に「重なった」。
 重なった瞬間、光は収束し十字を形成する。
 十郎は未だ硬直状態にあり、顔を上へあげるのが精一杯の様子。
 
「かの者を楔より解き放ちたまえ」

 シャルロットの凛とした声に応じ、十字が回転し、I字になったところで動きを止めた。
 
「どうだ……」

 かすむ視界へ目を細めつつ、十郎の様子を伺う。
 シャルロットの「楔」を断つ術へ最大級の破魔の術式を「重ねた」。
 彼が回避せぬよう、布石を打ち、見事術は決まったわけだが……効いていなければ意味がない。
 
 術を喰らった十郎は、目を見開いたまま停止している。
 どうなった? もしこの術が効果を発揮しないのなら……十郎を滅ぼすしかない。
 できるのか……彼を滅ぼすことが……この私に。
 
「ステータスオープン。そして能力解析」

 祈るような気持ちで十郎へ向け解析の術を放つ。
 
『名称:イチガヤジュウロウ(市ヶ谷十郎)
 種族:エルダーデーモン(酒呑童子)
(階位:夜魔)
 レベル:九十九
 HP:九百五十
 MP:二百五十
 スキル:刀
     武技
     サムライ
     格闘
     天凛
     六道』
 
「やったか……」

 十郎は魔将から夜魔へ転じている。これで敵性じゃなくなるか分からぬが、少なくとも何らかの変化はあったはず。

「ジュウロウさま……?」

 シャルロットの懇願するような声が耳に入る。
 
 その時、身動きしなかった十郎が小狐丸をクルリと回転させた。
 
「やるじゃねえか。晴斗」

 十郎は人好きのする笑みを浮かべ、私の顔をしかと見つめる。

「呪縛は解けたのか?」
「おうよ。ノブの声は聞こえなくなったぜ。お前さんなら俺を滅ぼしてくれると思ったが、まさか、こんな手を準備しているなんてな」

 十郎は小狐丸を肩に担ぎ、開いた方の手で頭をガシガシとかきむしった。

「貴君の協力あってこそだ」
「やっぱわかっちまったか。俺なりのノブに対する抵抗ってやつだ」
「貴君の考えが私に読めないとでも?」
「お前さんなら、分かると信じていたぜ」

 カカカと愉快そうに笑う十郎につられて私もクスリと声をあげて笑う。
 
「どういうことなのじゃ?」
『どういうことじゃ?』

 同じような口調の一人と一頭が口を揃える。
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