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75.いたのか
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――壺の出口。
私たちは屋根を伝い、目的の壺の出口にまで到達する。
途中、二度、姿の見えぬ擬態した妖魔に襲い掛かられるが全て十郎が斬って伏せた。
それなりの手練れであれば、姿を完全に消されると気配を辿ることができない。しかし、攻撃に転じるその瞬間、僅かな殺意が生まれるのだ。
私にでも気が付くことができる殺意を十郎が感じ取れぬはずもなく、敵が忍刀を振るった後に十郎が小狐丸を振るう。
それでも圧倒的な速度差で彼の刀が先に敵に届く。幸いだったのは、敵の階位が妖魔に留まっていたことだな。もし、魔将となればいかな十郎でも後の先を取ることは難しいだろう。
「あの櫓の中に入るか?」
「外の方がいいじゃろう」
十郎の問いかけにリリアナが返答する。
壺の出口には横開きにできる高さ三メートルほどの丸太でできた柵があり、外部からの侵入を阻んでいる。
柵の右側に丸太を組み合わせた簡易的な物見櫓があり、反対側は瓦屋根の詰所が見えた。
詰所はそれなりの大きさがあり、二十人ほどなら優に待機できるほどだ。
「櫓の上からならば、監視には適しているだろう……しかし、我々の敵は壺の外ではなく中にいる」
柵は閉じられており、空から飛んでこない限り中に入ることはできない。
櫓へここにいる全員が入り込むことは可能だが、悪手だと思う。
「お主の剣も我らの魔術も狭いところでは十全な力を振るえぬ」
私が意見を述べる前に、リリアナが問題点を指摘した。
「それに加え、敵は姿を消す。元忍びであれば狭いところこそ得手にしているだろうからな」
捕捉すると、十郎は額から手を髪の毛に差し込みそのまま頭のてっぺんまであげる。
「そういうことか、なら建物もあんましよくはないわな」
「詰所への侵入経路を把握していれば、しばしの休息には使えるだろうが……」
「まずは駆け付けて来る妖魔どもを殲滅してからってわけだな」
では、場所をどこにすべきかなのだが……あの場がいいだろう。
私は皆に見えるよう、前方を指さす。
「柵を背に待ち構えるのがいいと思うが、どうだろう?」
「そうじゃな。前衛に十郎。妾とハルトが少年を囲み、シャルロットがその間かの」
姿暴きの術が行使できるシャルロットを我々の前に。
こうすることで、最前列の十郎より前まで術が届く。
後方では皇太子を守護すべく二人かかりで固める。
「リリアナ。シャルロットの護衛にビックフットを出してもらえるか?」
「うむ。そのつもりじゃ」
「よっし、じゃあ、柵のところまで行こうぜ」
ここから柵までに敵の気配は無い。
いたとしても十郎が斬り伏せるだけなのだが……。
ゆっくりと柵まで向かおうとした時、詰所の扉が開いた。
中から姿を現したのは、真っ赤な烏帽子を被った酒樽のような巨漢の男。
装束の縁には金糸が施され、脂ぎった顔の鼻先には汗が浮いている。締めた帯の上にでっぱった腹が乗り、窮屈そうだ。
この男……見覚えがある。
男は悠然とのっしのっしと数歩進み、こちらに体の向きを変えた。
「九条左大臣のおなーりー」
私たちのことが目に入っているはずなのに、彼は微塵も動揺することなく扉へ向け恭しく礼を行う。
来ているのか……九条左大臣が。
あの巨漢の男は、左大臣の太鼓持ちで私が追放された時に彼と一緒に石を投げつけてきた。
かといって私個人としては、彼に対する恨みは持ち合わせていない。禁忌を犯した忌むべき存在である私へ石を投げつける行為は特段非難される行いではないと思うからだ。
彼の呼びかけに応じ、詰所から豪華絢爛に着飾った小男が姿を現す。
口を閉じていても少し出ている前歯と猫背からネズミを彷彿させるこの男こそ、現在日ノ本の政治を牛耳る左大臣その人だ。
彼は自分の身体が小柄なことを気にしてか、身に着けている衣服も指輪などの宝石類もとにかく華美だった。
もし、彼の身ぐるみを剥がし、全て売り払えば数年は遊んでくらせるほどに。
「これはこれは、皇太子様」
左大臣はワザとらしく手を揉み、首をかしげる。
「九条左大臣。私は京に帰らせてもらう」
毅然と皇太子が言い放つ。
対する左大臣はニヤニヤと嫌らしい笑みを顔に張り付けたまま、小動物のように首を左右に振る。
「はてさて。帝の勅令が下知されていたはずですが……?」
「父上がそのような命を出すはずがない。直接、父上の元へ参るつもりだ」
「ははーん。しかしですな、追放したはずのそこな陰陽師と魔の者まで連れておるではないですか。いけません、いけませんなあ」
ぴょこぴょこと左右に不気味なステップを踏んだ左大臣は、隣でかしずく巨漢の男と顔を見合わせる。
二人は「いけませんなあ」とお互いに言い合い、げらげらとこちらの不快感を煽るように笑う。
「晴斗。こいつらどうする?」
十郎はそう言いつつも、小狐丸の柄へ手をかけている。
二人は皇太子に対し無礼過ぎる態度を取っているが、さすがにいきなり斬りつけるわけにはいかないだろう……。
私が今にも斬りかかりそうな十郎へ「待て」と目配せしていると、左大臣らの笑い声が止む。
「いけませんなあ、ですので、ここで……のう。土御門参議」
「そうですなあ……ここは一つ」
「魔の者や追放者と共に立つ者が皇太子様のはずはないよのお」
「ですよねえ。偽物とあれば……」
「見逃すわけにはいきませぬなあ。やりますかあ。参議」
「仕方ありませんよねえ」
なんだ。この茶番は……。
二人のワザとらしいやり取りに呆れて何も言う気にはなれない。
だが、気の抜ける演技であろうとも緊張感を失う私ではないぞ。
袖を振り札を指先で挟む。
ちょうどその時、巨漢の男――土御門参議と左大臣が首だけをこちらに向けた。
「皇太子様を騙る者など、放置してはおけませぬなあ」
「やりますか」
「ですなあ……」
二人は懐へ手を入れ、中から何かを取り出す。
あれは……黒い札ではないか!
まさか、あの二人。
二人が黒い札を真っ二つにやぶき、投げ捨てる。
その直後――すさまじい魔の気配がまるで質量を持ったかのように私たちを圧迫してきた。
「皇太子様!」
十郎が咄嗟に皇太子の前に出て小狐丸を正面に構える。
リリアナは呪文を構築しはじめ、シャルロットは両手を組み目を瞑った。
私がまず取るべきは……。
三人が既に戦う準備を行っている。ならば、私は分析を行う。
「ステータスオープン、そして分析!」
体が変質しつつある二人へ目を向けた。
『名称:九条実次
種族:頼豪鼠
(階位:魔将)
レベル:九十四
HP:三百三十
MP:三百十
スキル:壁術
重力
地属性無効
風属性無効
水属性無効
火属性無効』
『名称:土御門兼光
種族:牛鬼
(階位:魔将)
レベル:九十三
HP:九百三十
MP:百十
スキル:怪力
格闘
術障壁
超回復』
想像以上に強い。私が知る彼らはさしたる戦闘能力を持たなかった。
それがこの短期間でかなりの戦闘能力を身につけていた。魔将としてはそれほどまでの実力を備えていないものの、腐っても魔将である。
二体同時となれば……なるほどな。
左大臣と参議のふざけた態度も頷ける。彼らには姿こそ見えないが、周囲に妖魔の忍びも潜ませているに違いない。
強大な力を持つ魔将二体に、気配を完全に絶つ妖魔たち……並みの相手ならば一たまりもないだろう。
しかし――
――私たちは並みではないぞ。
私たちは屋根を伝い、目的の壺の出口にまで到達する。
途中、二度、姿の見えぬ擬態した妖魔に襲い掛かられるが全て十郎が斬って伏せた。
それなりの手練れであれば、姿を完全に消されると気配を辿ることができない。しかし、攻撃に転じるその瞬間、僅かな殺意が生まれるのだ。
私にでも気が付くことができる殺意を十郎が感じ取れぬはずもなく、敵が忍刀を振るった後に十郎が小狐丸を振るう。
それでも圧倒的な速度差で彼の刀が先に敵に届く。幸いだったのは、敵の階位が妖魔に留まっていたことだな。もし、魔将となればいかな十郎でも後の先を取ることは難しいだろう。
「あの櫓の中に入るか?」
「外の方がいいじゃろう」
十郎の問いかけにリリアナが返答する。
壺の出口には横開きにできる高さ三メートルほどの丸太でできた柵があり、外部からの侵入を阻んでいる。
柵の右側に丸太を組み合わせた簡易的な物見櫓があり、反対側は瓦屋根の詰所が見えた。
詰所はそれなりの大きさがあり、二十人ほどなら優に待機できるほどだ。
「櫓の上からならば、監視には適しているだろう……しかし、我々の敵は壺の外ではなく中にいる」
柵は閉じられており、空から飛んでこない限り中に入ることはできない。
櫓へここにいる全員が入り込むことは可能だが、悪手だと思う。
「お主の剣も我らの魔術も狭いところでは十全な力を振るえぬ」
私が意見を述べる前に、リリアナが問題点を指摘した。
「それに加え、敵は姿を消す。元忍びであれば狭いところこそ得手にしているだろうからな」
捕捉すると、十郎は額から手を髪の毛に差し込みそのまま頭のてっぺんまであげる。
「そういうことか、なら建物もあんましよくはないわな」
「詰所への侵入経路を把握していれば、しばしの休息には使えるだろうが……」
「まずは駆け付けて来る妖魔どもを殲滅してからってわけだな」
では、場所をどこにすべきかなのだが……あの場がいいだろう。
私は皆に見えるよう、前方を指さす。
「柵を背に待ち構えるのがいいと思うが、どうだろう?」
「そうじゃな。前衛に十郎。妾とハルトが少年を囲み、シャルロットがその間かの」
姿暴きの術が行使できるシャルロットを我々の前に。
こうすることで、最前列の十郎より前まで術が届く。
後方では皇太子を守護すべく二人かかりで固める。
「リリアナ。シャルロットの護衛にビックフットを出してもらえるか?」
「うむ。そのつもりじゃ」
「よっし、じゃあ、柵のところまで行こうぜ」
ここから柵までに敵の気配は無い。
いたとしても十郎が斬り伏せるだけなのだが……。
ゆっくりと柵まで向かおうとした時、詰所の扉が開いた。
中から姿を現したのは、真っ赤な烏帽子を被った酒樽のような巨漢の男。
装束の縁には金糸が施され、脂ぎった顔の鼻先には汗が浮いている。締めた帯の上にでっぱった腹が乗り、窮屈そうだ。
この男……見覚えがある。
男は悠然とのっしのっしと数歩進み、こちらに体の向きを変えた。
「九条左大臣のおなーりー」
私たちのことが目に入っているはずなのに、彼は微塵も動揺することなく扉へ向け恭しく礼を行う。
来ているのか……九条左大臣が。
あの巨漢の男は、左大臣の太鼓持ちで私が追放された時に彼と一緒に石を投げつけてきた。
かといって私個人としては、彼に対する恨みは持ち合わせていない。禁忌を犯した忌むべき存在である私へ石を投げつける行為は特段非難される行いではないと思うからだ。
彼の呼びかけに応じ、詰所から豪華絢爛に着飾った小男が姿を現す。
口を閉じていても少し出ている前歯と猫背からネズミを彷彿させるこの男こそ、現在日ノ本の政治を牛耳る左大臣その人だ。
彼は自分の身体が小柄なことを気にしてか、身に着けている衣服も指輪などの宝石類もとにかく華美だった。
もし、彼の身ぐるみを剥がし、全て売り払えば数年は遊んでくらせるほどに。
「これはこれは、皇太子様」
左大臣はワザとらしく手を揉み、首をかしげる。
「九条左大臣。私は京に帰らせてもらう」
毅然と皇太子が言い放つ。
対する左大臣はニヤニヤと嫌らしい笑みを顔に張り付けたまま、小動物のように首を左右に振る。
「はてさて。帝の勅令が下知されていたはずですが……?」
「父上がそのような命を出すはずがない。直接、父上の元へ参るつもりだ」
「ははーん。しかしですな、追放したはずのそこな陰陽師と魔の者まで連れておるではないですか。いけません、いけませんなあ」
ぴょこぴょこと左右に不気味なステップを踏んだ左大臣は、隣でかしずく巨漢の男と顔を見合わせる。
二人は「いけませんなあ」とお互いに言い合い、げらげらとこちらの不快感を煽るように笑う。
「晴斗。こいつらどうする?」
十郎はそう言いつつも、小狐丸の柄へ手をかけている。
二人は皇太子に対し無礼過ぎる態度を取っているが、さすがにいきなり斬りつけるわけにはいかないだろう……。
私が今にも斬りかかりそうな十郎へ「待て」と目配せしていると、左大臣らの笑い声が止む。
「いけませんなあ、ですので、ここで……のう。土御門参議」
「そうですなあ……ここは一つ」
「魔の者や追放者と共に立つ者が皇太子様のはずはないよのお」
「ですよねえ。偽物とあれば……」
「見逃すわけにはいきませぬなあ。やりますかあ。参議」
「仕方ありませんよねえ」
なんだ。この茶番は……。
二人のワザとらしいやり取りに呆れて何も言う気にはなれない。
だが、気の抜ける演技であろうとも緊張感を失う私ではないぞ。
袖を振り札を指先で挟む。
ちょうどその時、巨漢の男――土御門参議と左大臣が首だけをこちらに向けた。
「皇太子様を騙る者など、放置してはおけませぬなあ」
「やりますか」
「ですなあ……」
二人は懐へ手を入れ、中から何かを取り出す。
あれは……黒い札ではないか!
まさか、あの二人。
二人が黒い札を真っ二つにやぶき、投げ捨てる。
その直後――すさまじい魔の気配がまるで質量を持ったかのように私たちを圧迫してきた。
「皇太子様!」
十郎が咄嗟に皇太子の前に出て小狐丸を正面に構える。
リリアナは呪文を構築しはじめ、シャルロットは両手を組み目を瞑った。
私がまず取るべきは……。
三人が既に戦う準備を行っている。ならば、私は分析を行う。
「ステータスオープン、そして分析!」
体が変質しつつある二人へ目を向けた。
『名称:九条実次
種族:頼豪鼠
(階位:魔将)
レベル:九十四
HP:三百三十
MP:三百十
スキル:壁術
重力
地属性無効
風属性無効
水属性無効
火属性無効』
『名称:土御門兼光
種族:牛鬼
(階位:魔将)
レベル:九十三
HP:九百三十
MP:百十
スキル:怪力
格闘
術障壁
超回復』
想像以上に強い。私が知る彼らはさしたる戦闘能力を持たなかった。
それがこの短期間でかなりの戦闘能力を身につけていた。魔将としてはそれほどまでの実力を備えていないものの、腐っても魔将である。
二体同時となれば……なるほどな。
左大臣と参議のふざけた態度も頷ける。彼らには姿こそ見えないが、周囲に妖魔の忍びも潜ませているに違いない。
強大な力を持つ魔将二体に、気配を完全に絶つ妖魔たち……並みの相手ならば一たまりもないだろう。
しかし――
――私たちは並みではないぞ。
応援ありがとうございます!
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