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87.ノブナガという漢

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 ――南の大陸。
 ミツヒデの残した栞を使い、南の大陸へ転移した。私と一緒に転移してきたのは、リリアナ、十郎、シャルロットの三人。
 他にも倶利伽羅らがついて来たいと申し出たものの、無駄に命を賭すより皇太子を護ることに力を向けるよう諭し日ノ本に残してきた。
 
 転移してきたのはよいが……。
 見渡す限り赤茶けた不毛の大地が広がるのみで、真本能寺らしき建物は確認できない。
 
「煙々羅《えんえんら》を使う。まずは周辺を探索しよう」
「うむ」
「おう!」

 私の提案に三人も同意する。
 札を出し、陰陽術を唱え煙々羅《えんえんら》を出現させた。
 
 全員が煙々羅《えんえんら》に乗り込み、煙々羅《えんえんら》を浮上させていく。
 百メートルほど高く上空まで来たところで、ぐるりと周囲を見渡した。
 
「変わった地形だな」
「ふむ。どうやら崖の上にいるようじゃな」

 後方にはまばらに生えた低木と背丈の低い草が一面に広がっている。
 そこから赤茶けた崖になっており、私たちは高さ三百メートルほどの崖の上にいるようだった。
 崖の上は先ほど見た通り、草木一本生えない不毛の大地が広がっている。
 
「面白れえ地形だな。俺たちがいるのは巨大な岩の上じゃねえか?」

 十郎がボソリと呟く。
 それに対しリリアナがハッとしたように目を見開く。
 
「そうじゃ。確かに言われてみれば、岩の上にいるとなればしっくりくるの」

 十郎とリリアナの目は私とシャルロットに比して遥か遠くまで見渡せる。
 にわかには信じられないが、前方は赤茶けた大地しか確認できないのだぞ。これほど巨大な岩が存在するものなのか?
 なるほど。だからこそ、リリアナもまさかとは思いつつ口には出さなかったのか。

「岩の上だから、下と植生がまるで異なると言うことか?」
「そうじゃの。固い岩盤の上にいることは確かじゃ」

 私の問いかけにリリアナは顎に手を当てたまま応じる。
 
「大地のヘソみたいだな」
「十郎。なかなか的を射た例えをするものだ」
「へへっ」

 十郎は鼻先を指先でさすり、少し照れた。
 
「このまま前へ進もう」

 前方を指さし、皆に告げる。
 
 ◇◇◇
 
 大地のヘソを進むこと一時間ほど……。何もない大地にポツンと日ノ本風の屋敷が建っていることが確認できた。
 寺社や城ではなく、武士が住むような普通の屋敷だ。
 
「思ったより簡素なところを居城としているんだな」
「ノブは住むところにはこだわってねえのか。それともミツヒデの趣味なのかは分からねえな」
「広さはあるがのお」
「……あのお屋敷から濃密な瘴気を感じます」
 
 思い思いそれぞれ呟き、煙々羅《えんえんら》を下降させようとした時、屋敷から凄まじい突風がこちらへ吹き抜けた。
 それに伴い、私の長い黒髪が揺れる。シャルロットやリリアナも同じように髪が後ろへ撫でつけられていた。
 目を開けていられないほどではないが、これほどの風を瞬時にして起こせるとは……さすがは魔王だな。
 
「分かりやすい挨拶じゃねえか。ん、晴斗。お前さんの髪の毛」
「今頃か……十郎」

 私の髪の毛は左腕を失いしばらくしてから、元の黒髪に戻ったのだ。時を同じくして目の色も赤色から黒に変化している。
 禁忌により変色した髪と目は、禁忌の原因たる左腕を形成した魔が取り除かれたことにより元に戻ったのだと思う。
 これほど分かりやすい変化だから、とっくに十郎は気が付いていると思っていたのだが……。
 
「銀色も素敵じゃが、黒髪もよいのお」
「触らずともよい」

 リリアナよ。色が変わった時に何度も触ったではないか。
 「何が起こったのか調べるのじゃ」と言っていたが、指先に全く魔力を感じなかったのだ……。きっと単に触っていただけに違いない。
 
 しばらく待つが次の風が向かってくることはなかった。
 どうやらあの突風は一度きりの「挨拶」だったってことと判断してよさそうだ。
 
 ◇◇◇
 
 ついに私たちは真本能寺の前まで辿り着く。
 屋敷の作りは本殿となる住居となる建物があり、外を囲む壁と簡素な作りをしている。
 上空から見た限り、壁の内側にある庭には池どころか松の木一つもない。
 
 外壁にある門は開け放たれており、石畳の道が門から本殿まで続いていた。
 
「扉が開いておるのが、かえって威圧感を増しておるのお」
「そうだな……」

 ゴクリと喉を鳴らす。
 門から後ろへ倒れそうになるほどの圧倒的な魔が流れ出てきている。
 
「さすがノブってところだな! 魔将の魔とは比べものにならねえ」

 目を輝かせて門の奥にある本殿を真っ直ぐに睨みつける十郎。
 
「神のご加護を」

 シャルロットは両手を組み、そっと祈りを捧げる。
 彼女の祈りが終わるのを待ってから、私たちは門の中へ足を踏み入れたのだった。
 
 ◇◇◇
 
 本殿の扉を開けると、中は仕切りがなく一部屋だけ。
 人が十人は悠々と入ることのできる広い土間があり、土間から直接部屋へと続く。
 部屋は全て板張りになっていて、最奥に畳が敷かれ一段高くなっていた。
 
 そこに……あぐらをかき頬杖をついた者が唯一人。
 黒髪を頭頂部で結び、意匠を凝らした武士装束に身を包んだ三十代半ばほどに見えるこの人物こそ……ノブナガその人で間違いない。
 精悍と言える顔をしているが、鋭い目つきと挑戦的な口元が只者ではないと感じさせる。
 
 彼は私たちが土間から板の間に足を一歩踏み入れたところで、ゆっくりと立ち上がった。
 
「ノブ! ミツヒデ、宗玄共に打倒してここまで来たぜ」

 威勢よく十郎が男に向け言い放つが、彼は無表情のまま一言――。
 
「……であるか」

 とだけ返す。
 
「貴君はノブナガで間違いないな?」
「いかにも。儂は第六天の魔王ノブナガである」

 名乗りと共にノブナガから更なる魔が溢れ出る。立っているだけでも精一杯な程の魔の気配が。
 しかし、これで気圧される私たちではない。ここに至るまでどれほどの魔を滅ぼしてきたと思っているのだ。
 威圧は私たちにはなんら効果を及ぼさないぞ。
 
「威圧しているのではない。単に溢れ出るにすぎぬ」
「言うじゃねえか」

 私たちの考えを読んだかのように呟くノブナガへ十郎が返す。
 
「誠のことじゃ。儂はミツヒデの選んだ主らに問いたいのだからな」
「私も貴君に問いたいことがいくつもある」

 予想通りノブナガは対話を望んできた。この様子だといきなり戦いになることは無さそうだ。
 私は願う。もし可能であれば、このまま言葉を賭して語り合い今回の一連の騒動を解決したいと。
 相手は魔王だ。これまでの常識からすれば、対話など不可能。魔王とは人に害を成すことを本能とする存在なのだから。
 
 しかし、魔将であるミツヒデが人であったころと同じ理性を保っていた。
 ならば、ミツヒデの手引きを受けただろうノブナガも魔王であっても人と変わらぬ可能性は高いはず……。
 ミツヒデは最期の時、ワザと私に倒されたのだ。彼は人の世を滅することを望んでいたようには思えない。
 ミツヒデの思いとノブナガの思いは志を同じくする。
 つまり、ノブナガも日ノ本を、人の世全てを滅しようとは考えていないに違いないのだ。

「ふむ。お主、それなりに考えを持っておるようじゃな。ならば、先に儂へ問うがよい」

 ノブナガは今のところ敵意が無いことを示すようその場でドカリと腰を降ろし、肘を膝につけ手のひらの上に顎を乗せた。
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