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95.外伝1 宮様

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――過去 某所 宮様
 宮様は日露戦争を目前に控え、自身も軍人として戦争に出向くことを誇りに感じながら愛用の日記帳を開く。
 日記の日付は1904年2月5日。彼は万年筆を手に取り、本日の日記を綴り始める。
 
<ロシアと戦争がはじまる>

 さて、何を書こうかと手を止め一息置くと……日記帳に文字が浮かび上がって来るではないか!

<イタズラするな!>

 悪戯するなだと! 勝手に文字が浮かび上がるというなんとも不思議な事が起こったと言うのに、あまりにも拍子抜けする内容だった。そのため彼は本来驚愕する事実であるはずなのに、つい勝手に浮かび上がってきた文字に返答を記載する。

<君こそ、私のノートに何てことを>

 ここまでは彼も冷静でいることができたが、次のやり取りから、ここに書かれる不思議な文字は日本の将来を左右する力を持っているのではないかと、彼はワナワナと体が震え始める。
 日露戦争の経緯なるものを、ノートの人物は記載してくる。あまりに詳細な日付と戦争内容に彼の震えは止まらない。
 
 一体。一体何なのだ。これは! この勝手に書かれた不思議な文字は私に何をしろと言っているのか。神か仏の所業にしてはいささか具体的過ぎる。彼はそう独白する。
 
 その日の晩、このノートに書かれた内容が本当だとすれば……と考えれば考える程、彼は眠ることなどできなかった。
 
 不思議な文字が日記に書かれてから三日後……本当にロシアと戦争が始まったのだ! 始まってしまったのだ!
 
 彼はノートに書かれた戦争経過を何度も読み直し、全て暗記する。戦争に出向く中で、戦果が彼の耳に入り……彼は驚くよりも恐怖で頭がいっぱいになってくる。
 日記に書かれた内容は……予言だった……それも恐ろしいくらい正確に予言が当たるではないか!
 
 どうすればいい。一体私は何を成せばいい……
 
 彼はその思いの丈を彼は日記へ綴る。
 
<君は、君は一体何者なんだ……君の言った通り、全くズレることなく戦争が推移している……>

 すると長らく返答が無かった例の文字が浮かび上がって来る。例の文字を書く人物は予言者だという。縋るようにこれからの日本はどのように歩めば良いのかを予言者に尋ねると、賢者に指針を聞くというのだ。
 予言者に賢者……私に賢者の言葉を実行せよと言うのか。
 
 何という。何という事だ。矮小なる人間に賢者の言を実行することなど出来るのだろうか。
 賢者の案は日本の方針を百八十度転換するものだった。これが賢者の案なのか? 我々が何のために強大なロシアと多大なる犠牲を払い戦争を行ったのか賢者は理解しているのか? 彼は心の中で絶叫する。
 彼は少し憤慨しながらも彼らとやり取りを続ける。
 
<ロシア帝国は1917年……十二年後に革命が起こる。それによってロシア帝国との関係性は霧散するぞ>

 ……ロシア帝国が崩壊するだと! そうなれば……ロシアと今どのような条約を結ぼうが無に帰す。信じられない話だが、日露戦争の事がある。きっとこれは実際に起こるのだろう。
 信じてみるしかない。しかしどうやって、日本の首脳部に信じさせるというのだ。陛下の言だとしても日本の方針転換は不可能だぞ!
 
 彼は無理だと思いつつも、軍首脳を皇族の権限を使って招集し集まった全ての者へ予言者の言葉が筆記された彼の日記帳を見せる。
 
 しかし、誰一人予言者の書かれた文字を見ることが出来なかったのだ。これでは、信じさせることなど不可能だ! 彼は心の中で呟き、頭を抱えたその時……
 
――彼の隣に体の透けた中年男性が突如出現する!

 この男の姿はここに集まった全ての者が見る事ができるらしく、会議室は驚愕の声に包まれた。

「宮様! お下がりください!」

 突然現れた男へ警戒した中将が彼と男の間に割って入る。
 少将が拳銃を構え、男ににじり寄る。
 
 しかし男は呑気なもので、頭をかきながら口を開いた。
 
「ここは一体? どこなんでしょうか?」

 あまりに間の抜けた質問だったため、緊張で張り詰めた会議室の空気が途端に弛緩する。
 ため息をつきながら、大将がここがどういう場で何を行っているのかを説明し、男はようやく理解した様子だった……
 
「えええ。うあああ! 皆さん……本物なんですか?」

 男は状況を理解したのか狼狽ろうばいした様子でへなへなとその場に崩れ落ちたが、全員があることを見逃さなかった。

――男が崩れ落ちたのはいい。それはいいのだが、崩れ落ちた先には椅子がある。その椅子に男の体がすり抜けたのだ!
 
「まさか……賢者殿?」

「み、宮様! ま、まさか……これは夢……」

 男は突然意を決したように立ち上がり、雄弁に語り始める。あのノートの内容と同じことを……
 
 当初、うさんくさい者を見る目だった軍首脳も、未だ情報公開されていない日露戦争の秘密を男が次々と語り出すと見る目が変わって来る。
 
「やはり、賢者殿か。貴殿は日本を導くためにここへ参ったのだな」

 彼は納得したように頷くと、男――賢者へ日露戦争の講和方針と日本の今後の指針を説明するように促す。
 賢者はそれに応え、日本の方針を根本から変えてしまう今後の指針を丁寧に詳しく語るのだった。
 
 全てを語り終えた賢者が口を閉じても、誰一人声をあげる者はいなかった。全員があまりの出来事に度肝を抜かれているからだろう。

 誰かが賢者に言葉を投げかけようとした時、賢者の体は霞のように薄くなり消えてしまう。
 突如現れ、消え去った賢者という存在……ここにいた誰もが賢者の言葉に耳をかさないという選択をもはや取ろうという気が起こらなかった。

 賢者が消えた後、宮様と軍首脳は政府首脳や皇族を巻き込んで、日本の方針転換を達成する。
 
 こうして賢者の来訪をきっかけにして、宮様の日記は日本の最上級機密事項となり、以後日本で大いに活用されることになる。
 欧州大戦、災害情報など全て予言が的中し、関東大震災が起こった際に被害を最小限に食い止めることになるのはまだ先のお話……
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