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96.外伝2 現代編 後日談

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 ノートの御仁からの連絡が途絶えてもう一年近くの時が過ぎた。当初、健二はノートの世界がどうなったのか気になって仕方無かったが、彼も受験生ということもあり学校が夏休みに入る頃には勉強に追われ、ノートの事を思い出している暇もなくなってしまった。

 受験が無事終わり、都内の大学の合格通知を受け取った健二はようやく肩の荷が下り、久しぶりにノートの御仁が書いた最後の文章を眺めていた。

 

 ノートの御仁から感謝の言葉が綴られている少し前に、気になることが書かれている……

 

<機密情報だが、原子力の開発に成功した>


 原子力かあ。原子力と一口に言っても様々な利用シーンがあるんだよなあ。最初に思いつくのは原爆などの兵器と原子力発電だけど、宇宙探査で使われる原子力電池や放射線年代測定など健二には必須と思える技術も存在する。

 考え事をしながら自室からリビングへと移動する健二。

 

 リビングでは父と妹が二人そろって携帯ゲーム機でモンスターを退治していた。相変わらず仲がいいよな、うちの家族って……と健二は心の中で独白しソファーに座り二人の様子を眺める。

 

「健二。どうしたんだ? ボーっとして」


 父がノートを開いたまま気が抜けた様子の健二を心配し声をかけてくる。

 

「いや。受験が終わったから久しぶりにノートの御仁の書いた言葉を読んでいたんだよ」


「あの後どうなったのか、俺も気になっているよ。ノートの世界っていったいなんだったんだろうな?」


 父はゲーム機を床に置き、手を顎に当て思案にふけりはじめた。

 健二はひょっとしたら、自身の知っている過去が書き換わっているのじゃないかと歴史の本やwikipediaを調べたことが何度もあったが、健二の記憶している歴史のままだったのだ。

 つまり、ノートの先の世界が例えあったとしても健二の住む世界とは一切リンクしていないと推測できる。

 

「あれじゃないの? 並行世界ってやつ?」


 妹が悩む二人に割り込んでくる。

 

「パラレルワールドって奴かな? ノートの御仁とのやり取りから向こうの世界とこちらの世界の時間の流れが随分違ったよなあ」


 父も妹の考えに同意するように頷きを返す。確かノートに初めて書き込みが行われたのは今から一年半ほど前だったはず……ノートでやり取りをしていた期間は一年に少し足りないくらいの期間に過ぎない。

 その間に日露戦争開始前夜から、ノートの御仁が薨去する1945年か1946年まで時代が進んだ。こちらの一年に満たない時間が向こうでは四十年ほどになっていたのだ。

 時の流れが違う別世界……本当に不思議な世界だなあ。出来る事なら一度くらいノートの世界の日本を見てみたいものだ。健二はノートの世界に思いを馳せる。


 こちらとあちらの世界は決して交わることのない並行世界。交わらないから並行か……。何故、ノートの御仁と健二のノートが繋がったのか予想もつかないが、あの世界の日本が幸福で平和な世の中を謳歌してくれればいいな。

 幸い第二次世界大戦を回避することができた。こちらの世界のアフリカやイスラム圏で起こっている地域紛争もあの世界では起こっていないと思う。

 

 戦争や革命で亡くなった人の数はこちらに比べて遥かに少ないはずだと健二は思う。それが幸せなことかどうかあの世界で住む当の本人しか分かることではないが、健二は少なくとも戦死するよりは平和で寿命を全うする方が幸せだと確信している。

 

 その時――

 

――ノートが突然光を放つ!


「と、父さん! 茜! ノートが光った!」


 健二は驚きの余り手に持っていたノートを取り落としてしまう。

 父と茜も光を放つノートに目を見開き腰を抜かしている……

 

 ノートの光は静止映像だった。

 

 最初に宇宙から見た地球の様子が映され、次に恐らく月に降り立つ人類の姿。

 

「これは、名古屋だな。名古屋でオリンピックが開催されたのか」


 ノートに映った名古屋オリンピック? の映像に父が驚きの声をあげる。続いてどこかの水族館、多数の外国人が勤める病院の様子、各国が集まる首脳会談。

 映像はすぐ次へ切り替わるがどれも印象深いものだった。

 

「健二くん。これって月面基地? 嘘……」


 茜の言葉通り、月面に人工的な建物が出来ている。月面基地の外観から中の様子へと映像が切り替わると、健二は出て来た映像に笑いを堪えきれなくなる!

 これは冗談のつもりなんだろうか、月面基地の建物内部に牛丼チェーンの看板があるじゃないか! 月の重力下で食べるのだろうか。本当に店舗を開店していたら驚きだけど。

 

「健二。ハンバーガーチェーン店の看板も見えるぞ……」


 父が指摘する通り、牛丼チェーンの看板の隣にハンバーガーチェーンの看板まである……なんだこれ。これは確実に冗談の類だろう。

 

「父さん。これはいつ頃の映像なんだろうね」


「んー。ノートの世界との時間差を顧みるに……ノートの御仁が最後に書き込んでから約一年か……だとすると1995年から2000年くらいか? もう少し先かもしれないな」


「時間の流れは結構あいまいだったものね。しかし、こっちより宇宙開発が進んでいるんだね」


「だろうなあ。名古屋オリンピックに1968年って書かれていたんだが見たか?」


「見逃していたよ……余りに突然過ぎて」


「映像を先に見よう。もう見ることができないと思うから……」


 父の言葉にハッとした健二はつぶさにノートを見つめと、ちょうど月面基地の内部からまた映像が切り替わる。

 電車の開通記念の映像のようだが、これは……

 

「これって。リニアモーターカーよね!」


 茜が電車――磁気浮上式リニアモーターカーを指さし声をあげる。

 また直ぐに映像が切り替わり、洋上で何かを建築し始めるセレモニーのようだけど……「軌道エレベーター研究」って書いてる!

 ここでノートに映っていた映像が途切れ、元のノートに戻ってしまった。

 

 三人はノートの映像が終わってもしばらくの間、放心状態だったが映像を見れたことに心から感謝する。

 

「健二。あの世界の日本は宇宙開発に積極的だったんだな。名古屋オリンピックの1968年の映像の前に月が出ただろう?」


「ああ。そうだね。あれは時系列順に映っていたと思うから……1968年以前に月に行ってるってことなんだね」


「こちらの世界で人類が月に到達したのは1969年。その後、地球軌道上へ人類は出て行ってはいるが、あの世界だと月へ継続的に行っていたんだなあ」


「こちらより技術の進歩が少し早そうだね」


「そう見えたな」


 健二の言葉に父も同意する。


 この事件以来、確かにノートの先の世界は存在したんだと彼は強く確信する。

 観察することも出来ない別の世界だが、確かにノートの世界は存在したのだと……


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