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第五話

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 俺は怒っていた。眠っているという無防備な状態を利用して勝手に俺を性欲の発散に使っていたとは。気色悪ささえある。
「バルタザール、本当にごめん! 二度とやらないから! だからどうか俺に顔を見せてくれないか!」
 扉の向こうからアレクシスの懇願が響いてくる。締め出してからずっとこの調子だ。もう陽は昇り、三時間は経とうとしている。
 そもそもだ。部屋は別で鍵もかけていたのだ。だがアレクシスがどうにかして合鍵を作り、夜中に俺の部屋に侵入した。
 それで終わった後は「ごめん。出しちゃった」だと?
 俺に気付かれても快楽に走ったことへの謝罪か。
 あくまでも好きな人への心配りはなく、自分を優先させたアレクシスの性根に更に苛立つ。
「このクソッタレ。お前はこんな奴じゃなかっただろうが」
「バルタザール、すまない。……でも君を見てるとコントロールが効かなくなってくるんだ。まるで俺自身じゃなくなるみたいで」
「知るかそんなこと! だからってあんな真似していいと思ってんのか!」
「もう二度としない。約束する! だから顔を見せてくれないか。君を瞳に入れていないと俺は寂しくてどうにかなっちゃいそうなんだ」
「約束だなんて口ではなんとでも言える」
「……分かった。なら誠意を見せるよ」
 すると扉の向こうからブチッブチッと不穏な音が聞こえてくる。俺は嫌な予感がして慌てて扉を開けた。
 一部だけ変身した、背中から翼を生やしたアレクシスがその翼の羽をむしっていた。床には羽の山が出来上がっている。
「バルタザール……」
 俺の顔を見れて嬉しそうにアレクシスが目を細める。俺は更に激怒した。
「馬鹿野郎! 何やってんだ!」
 俺はアレクシスの背後に回って、翼がどんな状態か診る。幸いにも羽は少なくなっていても本物の鳥肌にはなっていなかった。俺がいち早く駆けつけなかったらどうなっていたことか。
 安堵のため息を吐く。そんな俺をアレクシスは目を丸くして見つめていた。
「俺を心配してくれているの?」
「あったり前だろうが。鳥にとって翼は大事なものだろ。それを無下に扱ったりするな」
「……うん」
 そう答えるアレクシスは感動しているようだった。
「本当にバルタザールは優しいね」
「ったく。なんでこんなことしたんだ」
「俺にとって大切なものを捧げたら誠意が届くと思ったんだ」
 またため息を吐く。今度のは呆れだった。腕を引いて
「入れよ」と部屋の中に連れていく。
「バルタザールが俺に触れてる……」と変態じみた声が聞こえた気がしたが知らんぷりだ。
 ベッドに座らせ、注意深く翼を見る。
「あとはどこもむしっていないんだろうな」
「うん。大丈夫」
「今日からツインにしてもらおう。そしたら合鍵を作って無理矢理中に入ることもないだろ」
「……いいの?」
「約束は守れよ」
 アレクシスが縦にブンブンと頭を振る。
「なぁお前俺のこと好きか?」
 にこぉっと頬を染めてアレクシスが笑みを浮かべる。
「大好きだよ」
 言わずもがなか。
「じゃあ俺以外の人間は?」
 緩んでいた顔が一気に冷たいものへと変わる。
「嫌い。アイツらは生きてることさえおかしいんだ。塵に帰るべき汚物のような存在だ」
「国の奴らには俺も怒ってる。だがここの人間はまた別だと思うが」
「君を除いて人間なんてほぼ一緒だ。愚かで薄情で欲深くて穢らわしい」
「……なら駄目だな」
 「へ?」とアレクシスが間の抜けた顔をする。
「俺は街に出かけるからお前は留守番しとけ」
「えっ出かけるの!? だったら俺も──」
「人間に危害を加えるような奴を連れて行くわけにはいかない。ここでまたお尋ね者になるのは色々と面倒だからな」
 そこでアレクシスは質問された意図を悟ったようだった。ガックリと肩を落として床に膝をつく。頭を抱えて唸り出す。
「ぁあああ、俺はなんてことを……。デートに誘われるはずだったのに。デートなら人混みでも唇噛んで我慢出来るのにぃ……。っう、う」
「はぁ!? お前泣いてんのか!?」
 気付けばアレクシスは床に手をついてポロポロと小さな雨を降らせていた。
「俺の馬鹿さ加減が悔しくて。あと本当に一緒に行きだい゛……」
 なんだか痛々しくてアレクシスの瞳を見れない。
「そんなに俺とデート……いやそもそもデートじゃねぇし!」
 恥ずかしくなって「じゃあ大人しく待ってろよ。そしたら御褒美やらないこともないから」と早々と部屋を出た。
 なんだかアレクシスに呑まれている気がする。
 まったくなんでこんなことになったのか。ライバルとして認められるなら嬉しい限りなのに好きになられるなんて。正直面倒だ。
 アレクシスは一人で生きる力がある。だから後は放っても大丈夫だし、そうしたい。
 だが見捨てられないのはアレクシスの心の支えが俺しかいないと分かってるからだ。
 俺がいなくなったらアレクシスはどうなる。人間も信用出来ないのだ。きっと孤独で心は傷ついたままだ。
 俺は甘いのだと思う。俺の唯一のライバルだから。
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