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第七話

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「バルタザール!」
 廊下で床に押し倒され、アレクシスに抱きつかれる。この宿は貸切だから人に見られる心配はないものの暑苦しいのには変わらない。「離せ!」と抵抗するが、抱きつかれる力が強くてアレクシスの下で暴れるだけになってしまう。
 驚いて暴れるのをやめる。見上げるとアレクシスが涙目になっていた。
「俺、心配したんだよ! いつまで待ってても帰って来ないからもしかしたら誘拐されたんじゃないかと不安で。丁度今探しに行こうと思ってたんだよ!?」
「……帰って来ないって言ったってまだ夜の八時だぞ?」
「駄目だよ、そんな夜に出歩いてたら! こんなかわいい人がいたらすぐに攫われるに決まっているじゃないか!」
「俺は攫われるような弱い奴じゃねぇよ。後かわいいって言うな!」
「攫われなくても、君の体を人間がいやらしい目つきで見てくるだろう? 君は自覚が足りない。君は服を着ていても傍から見れば裸同然なんだ。いつ襲われてもおかしくないんだよ?」
「勝手に俺を歩く卑猥物にするな」
 とにかく妄想が激しい。アレクシスから見た俺はどんなか弱い男にされているのか。
「とにかく無事でよかった」
 アレクシスが存在を確かめるように俺の胸に顔を埋めて安堵に浸る。涙が瞳を張る程心配していたとは思っていなかった。
「大げさだな」
 そう呟きつつ、なんだか申し訳ないことをしたなと思うのは事実で「不安にさせてすまなかったな」と背中を撫でて素直に謝った。
 床に転がったお土産を見る。そう中身が崩れてなければいいのだが。
「アレクシス、もうそろそろいいか? 渡したいものがあるんだ。……アレクシス?」
 アレクシスは急に大人しくなって体を固まらせていた。瞳に溜めた涙はいつの間にかなくなっていた。
「アレクシス?」
 一体どうしたのだろうか。名前を呼ぶとアレクシスは何事もなかったかのように体を離した。
「バルタザール、渡したいものって?」
「あ、ああ。お土産を買ってきたんだ。お前の好きな鹿の肉料理だ。さっき床に落としたから中身が少し崩れてしまっているかもしれないが」
 手渡すとアレクシスの手がプルプルと震える。
「これ、俺のために?」
「留守番のご褒美だ」
「っ……」
 感動したように包みを目線まで掲げて、徐に包みの匂いをすぅーと嗅ぐ。
「いい匂いだ」
「だろ?」
「香水なんてつけてないのに色っぽいいい香りがする」
 俺は言葉を失った。アレクシスは料理ではなく包みについた俺の匂いを嗅いでいた。それから重大なことにアレクシスの股間が膨らんでいる。
「……お前、流石に気持ち悪すぎるぞ」
「ごめん。我慢出来なくて。やっぱごめん。バルタザール、もう一度だけ吸わせて」
 アレクシスが肺いっぱいに俺を取り込み、恍惚に目を細める。股間が更に膨らんだような気がする。まるで性行為に及んでいるような様に胸がムズムズとくすぐったい。しばらく堪能するとぎゅっと包みを両腕で抱える。
「バルタザール、ありがとう。一生大事にするよ」
「いや食えよ」
 腐るという概念がアレクシスにはないのだろうか。料理は得意だったはずなんだがなと内心首を傾げながら指示を出す。
「一緒に食べよう。主人に食器を借りてきてくれ。それだけじゃあ相手に悪いからお酒も頼んでくれ」
 アレクシスは「わかった」と大事そうにテーブルに包みを置いて従順に主人のいる階下に向かった。
 静かになった部屋でベッドに腰掛けて一息吐く。先ほどのアレクシスの挙動を思い出す。
 流石に変態すぎる。アレクシスはもっとスマートでかっこいいはずなのに。
 解釈違いに頭を悩ませ、押し寄せるアレクシスの圧倒的な劣情に疲れてくる。アレクシスの気持ちが冷めていくのを待ってるつもりだったが、あの様子を見ると本当に冷めるんだろうかと不安になってくる。
 ふと目に入ったのは逃走の際身につけていたレザーのウエストバッグだ。その中に預言書である『明星のアラウザル 深淵の誕生』を入れていたことを思い出す。
 アレクシスを闇堕ちから救って未来は変わったはずだ。なら預言者の内容も変化し、どんな未来になるか読めるはずだ。未来の不安を解消したくてバッグから本を取り出す。
「なっ、なっ……!」
 あまりのことにまともな言葉が出ない。なぜなら予言書が色鮮やかな色欲漂うピンクの表紙になっていたからだ。
 表紙には裸体の俺が描かれていて、鉄の首輪がつけられていた。手首も手枷で拘束されていてそこから鎖が伸びていた。その鎖をアレクシスが一つにまとめて握っている。
 アレクシスは欲に支配された瞳で俺を見つめて、うっとりと笑みを浮かべる。対して俺は恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも彼を睨みつけているが、これじゃあ子猫の毛が逆立っているようで更に欲情させているようにしか思えない。
 ギリギリ腰から下は描かれていなかったが、肉体がこうもいやらしく、淡いピンク色の乳首も晒されていると羞恥で顔が熱くなってくる。
 タイトルも『明星のアラウザル 色欲の監禁』と変わっている。帯も『俺様キャラが雌堕ち!?』と読書意欲を煽っていた。
「なんでこうなるんだよ!?」
 頭が目の前の現象を受け付けたくなかった。ページを捲るのが怖い。だが読まないという選択肢は出来なかった。
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