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しおりを挟むそれからもジュリは瞬く間に攻略対象を手玉に取り翻弄していった。
婚約者のいた面々は漏れなく婚約者と不仲になっているらしい。
当たり前だ、大半が親同士が決めたものではあるが幼い頃より共に過ごし関係を築いてきた婚約者が、ぽっと出のどこの馬の骨とも知らぬ女にうつつを抜かしていて不快に思わない人はいない。
いるとすれば余程婚約が嫌だったか、元々婚約者に興味が欠片もなかった方々くらいだろう。
ジュリがそんな彼らの婚約者達、そしてその婚約者達を案じた友人達から苦言を呈されるのに時間はかからなかった。
最初は懇願する形で穏便に話し合っていたのだろう。
しかし……
「えー?でも、私が近付いてるんじゃないんですけど」
「だとしても弁えるべきよ」
「そうよ、それに無闇に殿方に触れるものではないわ」
「えー?でもでも嫌がられてないんだから良いと思うんですよねえ」
「っ、嫌がる嫌がらないの問題ではないわ」
「はしたない行動は慎むべきだと言っているのよ!」
進言している御令嬢達がカッとしたのが傍目にもわかる。
このままではジュリに向かって怒鳴り手をあげてしまうかもしれないと足早に彼女らの方へと向かう。
「何の騒ぎかしら?」
「!シャーロット様!」
何のも何もわかっているけどあえて聞きながら近付くと。
「っ、ごめんなさいシャーロットさん、私が悪いんですぅ」
「……」
私の姿を見た途端にジュリは目に涙を浮かべ口元に手をやり弱々しい態度を取ってきた。
先程までのふてぶてしい態度とは真逆のそれを訝しみ眉を寄せると。
「シャーロット!また貴様か!」
「……何の事でしょう」
どこからともなく現れたぽんこつもといエリオットが事情を聞きもせずにそう言いのけた。
本当にこんなのが王太子で大丈夫なのかしら。
見ただけの状況判断で人を責めるだなんて上に立つ人間のする事ではない。
「何の、だと!?このようにジュリを取り囲んでしらばっくれるつもりか!?」
「そのようなつもりは毛頭ございませんが、エリオット様は何をしていたとお思いなのですか?」
「ジュリに嫌がらせをしていたのではないか?ここにいるのは俺達の婚約者ばかりだからな。大方、婚約者に見向きもされない事に怒りジュリに嫉妬しての狼藉だろう?」
「嫉妬される程の魅力をお持ちでしたの?」
「ぶっ、ごほん」
「な……!?」
おっといけないいけないつい本音が。
ライ、噴き出さないで。
咳払いで誤魔化してるけどしっかり聞こえてましたよ。
「皆様はジュリさんに殿方との距離が近過ぎると進言していただけですわ。誰彼構わず触れるのは他の方々の誤解を招きますから」
いやまあそもそも婚約者がいる相手にべたべたするなという話なんですけれどもね。
「誰彼構わず触れてなどいないだろう」
「……貴方の目にはそう映るのですか?」
「ああ」
「……はあ」
今まさに貴方の腕に絡みついていますが、そうですか。
確かに誰彼構わずではなく明らかに高位貴族、というよりも私からすると攻略対象だけに上手い具合に触れてますね。
何を言っているんだと溜め息しか出てこない。
頭を抱えて叫び出さなかった自分を褒めてあげたい。
「ジュリ、大丈夫か?」
「う、うん、怖かったけど大丈夫。来てくれてありがとう、エリオットくん」
いやだから腕に抱きつくなと言っているのにこの人の頭は綿あめででも出来ているのかしら?
暑さですぐ溶けてしまうの?
そしてぽんこつ、胸押し付けられてニヤニヤしてるんじゃないわよ全く、周りもそんなぽんこつ見て嫉妬混じりの羨ましそうな視線向けてる場合?
自分の婚約者達のドン引きしている視線に気付かないのかしら。
「……こいつらはニワトリよりも頭が悪いな」
「ですね」
3歩どころか1歩も動いていないのに注意された事を繰り返しているものね。
というかまさかこのドン引き呆れ侮蔑の視線を嫉妬からのものだと勘違いしているんじゃないでしょうね。
本当にどいつもこいつもぽんこつぼんくらアホ間抜けばかりの集まりなんだから。
最初は日本人であるし見たところ男関係で苦労しているようには見えないからきっと薔薇色の人生を送っていただろう彼女の距離感が多少近くても仕方がないかと思っていたけれどこれはアウトでしょう。
むしろ自由恋愛が主流の現代で相手の男にこんなに堂々と手を出したらキャットファイトものだ。
きっと向こうでもたくさんトラブルを起こしてきたんだろうなと想像に容易い。
いたなあ、こういう子。
彼女がいるいないに関わらずべたべたして思わせるぶりな態度取っていざ相手が本気になると『そんなつもりじゃなかったの』って拒否するんだよね。
それでいて『これからも良いお友達でいようね』って言うんだよね、わかるわかる、それで相手もころっと騙されて『この子はなんて純粋なんだ!気まずいだろうにまだ友達でいてくれるなんて……!』とか思っちゃうのよね、馬鹿ばっかりなのかしら?
そんなの計算に決まってるのに、というよりも気まずいのは告白した方でしょうよ、どうしてそれに気付かないのか本当に不思議。
断言出来る、絶対女の友達いないわこの子。
そんなこんなでこのように何故だか濡れ衣を着せられる事が増えていき……
「きゃあ!」
「?」
ある時、悲鳴に振り返れば間近でジュリが転んでおり、すぐさま攻略対象者達が駆け寄りこちらを睨んできたり。
またある時は、被害者ぶってさめざめと泣き出したり、ぼろぼろになった私物をこれみよがしに抱えていたり、はたまたびしょ濡れになって目の前に現れたり。
「私が何をしたって言うの?」
最終的にそう言われてしまったが、そっくりそのまま問い返したい。
私は一体貴女に何をしたのかしら。
ジュリが傍にいると漏れなく攻略対象者達の誰かがやってくる。
一人の時もあれば勢揃いしている時もあり、この人達はジュリのストーカーでもしているのだろうかというくらい常に傍にいる。
そして彼らが私を責めだすと、決まってこのセリフを吐くのだ。
「やめて、ごめんなさい、私が悪いの」
涙を浮かべてそう言えばいとも簡単にこちらへと敵意が向けられる。
いやだからそんな目で見られても私本当に何もしていませんから。
ただ立っていただけなのに、通り過ぎただけなのに責められる私の方がどう考えても可哀想じゃない?
まあぼんくら達はジュリに骨抜きになっているから何が何でも私を悪者にしたいんでしょうけど。
そしてか弱い女を演じていたかと思いきや、二人きりになると面白いくらい彼女の態度は変わる。
殿方達に見せる弱々しい庇護欲をそそる態度からは一転、勝ち気で自慢気で明らかに彼らから選ばれた事を鼻にかけているような話し方になるのだ。
「ごめんね、エリオットくんの婚約者であるシャーロット様を差し置いて私がパートナーに選ばれちゃって」
なんて心にもないセリフで謝るくらいなら何も言わない方がマシよ。
「でもね、どうしてもって言われちゃって……ほら、頼まれたら断れないじゃない?」
断りなさいよ、というよりも私は敬語を外して良いだなんて許可した覚えはないのだけれど。
学園は王侯貴族の身分の隔たりを考慮しないとはいえ、そんなに近しい間柄ではないのだから最低限の礼儀は守るべきでは?
「エリオットくんがね、私の黒髪が好きだって言うの。金髪は自分と同じで見飽きちゃったんですって」
同じ金髪といいますけど私はプラチナブロンド、エリオットは茶髪に近いくすんだ金髪だ。一緒にしないでいただきたい。
「まあ、シャーロット様の傍には、ふふ、彼くらいしかいないから可哀想だとは思うんだけどぉ」
ちらりとライを見てくすくす笑うジュリ。
今ライを馬鹿にしたわね?
確かに今の彼は真っ黒なぼさぼさ頭に何の変哲もない茶色の瞳でぱっと見は野暮ったいかもしれないけれどもここにいる誰よりも素晴らしい方なのに。
思わずムッとするがそれを表情に出すようなヘマはしない。
当のライは自分が何かを言われるのはこれっぽっちも気にならないのかどこ吹く風だ。
「そういう事だからごめんね、でもしょうがないよねえエリオットくんが私の方が良いって言うんだもん」
勝ち誇ったかのように、貴女は選ばれない、私が選ばれた、私が私が私が、と自己主張の強いジュリにほとほと嫌気が差す。
裏でのこんな性格など男どもは知る由もなく、私が悪者、ジュリが護るべきお姫様という図式が出来上がってしまっているのだ。
「シャーロット!」
二人きりで会っていたところでやはりというか、エリオットがやってきた。
どんな会話をしていたのかすら知らないこの男はすぐに私からジュリを庇うように立ちこちらを睨んでくる。
庇われたジュリがどんな表情をしているのか見せてやりたい。
「ジュリに近付くなと言っただろう!」
「そちらからいらしているのです」
「なんだと!?ジュリがわざわざお前に会いにくる理由がないだろう!」
あるんですよ。
婚約者に顧みられない女を、その婚約者に選ばれた自分が憐れむという自己満足で自分のプライドを満たす為だけの目的が。
そもそも私はゲームとは違いエリオットを愛してなどいないから嫌がらせなどする気もおきなかった。
する価値もない。
そこまでして手に入れたい相手ではないし、何より時間がもったいないし面倒くさい。
こんなぼんくら熨斗を付けて差し上げたいくらいだわ。
というよりも一度として愛を囁いた事もそれを匂わせるような事を言った事もした事も熱の籠った視線を送った事すらないのに、どうして私があのぼんくらを愛している前提で話が進んでいるのかしら。
ジュリでこの調子ならこのぼんくらも漏れなくそう思っているわよね?
「俺の愛を得られないからと嫉妬に駆られ影でこそこそ陰湿な嫌がらせをするなど、なんて醜い女だ」
はい、思っていましたね。
なんたる屈辱。
勘違いも甚だしい。
生まれてこのかた、一度として奴に好感を抱いた事などないのに。
完全に政略的な婚約なのだからそこを履き違えないでいただきたい。
貴様の愛など誰が望むかと声を大にして言いたい。
国中に宣言して回りたい。
いやむしろこの場で叫びたい。
このアホ面に拳をめり込ませて叫びたい。
ああでも淑女たるもの我慢よ、我慢。
今はまだその時ではないわ。
「……シャーロット」
「駄目です、我慢、我慢ですよ」
ライに言い聞かせつつ自分で自分にも言い聞かせる。
我慢し続けるのって辛いわ。
「いい加減に身の程を知るんだな。さあジュリ、行こう」
「うん、ありがとうエリオットくん」
そう言い捨てジュリの肩を抱き立ち去るぼんくら。
婚約者以外の肩を堂々と抱きますかそうですか。
そもそも嫌がらせとは一体何の事かしら。
むしろこちらが精神的に疲弊させられているのですが。
自分で調べもせず裏付けもせずジュリに言われるがままそれを真実として思い込み怒りをぶつけるなんて、本当にどうしようもないくらい頭が沸いている。
(ぼんくらという呼び方すら勿体ない気がしてきたわ)
ぼんくらよりも下の呼び方は何だろうか。
クズ?
クソ野郎?
いえいえそんな汚いお言葉を使う訳にはいかないわね。
ぼんくらもそこそこ酷い呼び方だけど。
幸いな事にジュリに骨抜きにされた方々以外からは同情されているらしく、私を気遣う声が多い。
「シャーロット様、大丈夫ですか?」
「またあの女に言いがかりをつけられたと聞きましたわ!本当に何様のつもりなのかしら!」
「皆様、私の為にそんなに怒らないで。可愛いお顔が台無しだわ」
「ですが、あまりにも目に余ります!」
「王太子様達も何を考えていらっしゃるのかしら!」
「見る目がないにも程があります!」
「そうね、皆様節穴で困ってしまうわ」
私を取り囲みジュリとその周りに向かって憤慨するご令嬢達に頬に手を当て溜め息を吐き同調する。
恋は盲目というが、一国を背負うべき後継者の候補達が揃って籠絡されるだなんて。
揃いも揃ってあんぽんたんばかりで本当に困ったものである。
「でも私は大丈夫、だから皆様もそんなに気に病まないで」
「シャーロット様は優しすぎます!」
「皆様がこうしてきちんと真実を知っていて下さるだけで心強いんだもの、あんなのをいちいち取り合っていられないわ」
「シャーロット様……!」
「そうですわよね、心を無駄に消費する価値もございませんものね!」
「そうだわ、もうこの際その辺の羽虫とでも思えばよろしいんじゃない?」
「まあ、そんな、羽虫が可哀想ですわ。確かに邪魔ですけれど、あれでも懸命に生きているんですもの」
「そう?なら何が良いかしら?空気?でも空気はないと困るものだからダメよね?」
「そうよね、あ、石ころはどうかしら?」
「あら、石だって大きくなれば建物にもなるのよ、もっと他に……そうだわ、塵か埃と思えばよろしいんじゃない?」
「そうね、それが良いわ!それなら排除しても困らないものね」
「目に見えると汚らしいし、とても似合ってるわ!」
ぼんくら達の呼び方、存在の在り方を真剣に悩む令嬢達。
内容はかなり酷いが、遠目には可愛らしい話題に花を咲かせていると勘違いしてしまいそうなほどきゃっきゃきゃっきゃと楽しそうに微笑んでいる彼女達には脱帽である。
なんとも頼もしい限りだ。
さて、そんなぼんくら改め塵芥となった彼らはそれからも色々とやらかしてくれて学園内はもちろん王宮内でも良くない噂が飛び交うようになるのに時間はかからなかった。
応援ありがとうございます!
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