私は身代わりだったはずでは?

おこめ

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「旦那様、お疲れの所申し訳ないのですが、本日が例の日です」
「!」

今日は私の部屋を通る日。
夜に帰ってきたエミールが部屋に入り、通り過ぎようとする時に呼び止めそう告げる。

「例の……とは」
「例の、あれです」
「そう、か、今日か」

んん、と咳払いをするエミール。

医師の指導により妊娠しやすい時期を計算し、それが大体今日辺りだったので数日前からエミールに打診していたが、いざその日その時になると覚悟していたとしても別の戸惑いが生まれるようだ。

実は私も内心緊張しているけれど、それをなんとか隠して準備しておいた『資料』を差し出す。

「旦那様、こちらを」
「?これは?」
「こちらを見たり読んだりしながら想像力を高めると良いらしいですよ。是非ご覧下さいませ」
「は!?」

差し出したのはいかがわしい絵や文章の書かれた冊子達。
ちゃんと彼の好みを反映してなるべく金髪の女性のものを選んだつもりだ。
水色の瞳は残念ながら見つからなかったので碧眼にした。
もしかしたら彼女に似ていると汚したくないと思うかもしれないので、他のパターンも用意してある。

「こ、こ、これは、貴女が?」
「ええ、とある筋からおすすめだと言われて揃えましたの。旦那様が気に入るものがあると良いのですが……」
「な、なるほど……」

遠い目をしているエミール。
本当に一人でしなければならないのか、と思っているんでしょうけれど、私達の目的の為には一人でしなければならないのです。

私は子供が欲しい。
旦那様は私を抱きたくない。

ならばこれが良い方法だろうと思う。
最善とは言えないけれど。

「旦那様、心の準備は出来ましたか?」
「……ああ、まあ」

ここからは時間との勝負だ。
お医者様が言うには男性の精は新鮮であればある程良いらしい。
なので出してもらったらすぐに中に入れられるように、私は扉のすぐ傍で待機する。

「子種はこちらの容器に入れてくださいね。終わり次第すぐに密閉して、私に下さい」

はい、と少し深いコップのような形をした容器を差し出す。

「では旦那様、頑張ってくださいませ!」
「……わかった」

両手の拳をぐっと握って激励し、引き攣った顔をしながら返事をするエミールに微笑み、隣の控えで今か今かとその時を待った。










※エミール視点








(いややはりどう考えてもおかしいだろう……!!)

渡された冊子達と容器を手に頭を抱える。

いやわかっている。
元は俺が抱くつもりなどないと言った事が発端だ。

だからといってまさか本当に子種だけを要求されるとは思ってもみなかった。
そう、数日の後にその時が来ると、今日が来ると言われた時までは彼女の強がりだろうと、愚かな俺は考えてしまっていたのだ。

だって誰が想像出来る?
貴族の令嬢がだぞ?
子種を自分で自分の中に入れるからこんな小さな容器に出せと、おまけにその為に興奮させるよう自ら冊子を用意するなど誰が想像出来た?

(俺の『妻』は思ったよりも……)

良い意味で貴族らしくなく、良い意味で色々と俺の想像を裏切り、肝が据わっていて、面白い。

思えば普段の生活でも彼女はすんなりと俺や家族や邸の皆に馴染んだ。
馴れ合うつもりなどないとどの口が言ったのか、今では朝晩の挨拶は必ずするし、食事もたまに共にする。
毎晩示し合わせて同じ部屋に入り解散するなんて面倒な事も苦ではなく、レイチェルではない女性との結婚生活など仄暗く不快なものでしかないと思っていた俺の思考はあっという間に彼方へと吹き飛んでいった。

なんというか、アリシアは居心地が良いのだ。

他の女性達のようにわざとらしく擦り寄って来る事もない。
香水の匂いを撒き散らす事もない。
置かれた状況に不満を漏らしギャンギャンと騒ぐ事もない。

ただ自分に与えられた環境で、ただ自由に、無理をせずありのままで生活している姿が非常に好感を持てる。

そう、好感を持ってしまったのだ。

(……今頃どんな顔をしているのだろう)

どきどきしているのだろうか。
わくわくしているのだろうか。
はたまた、動じずいつもお茶を飲む時のようにのんびりと構えているのか。

(ふっ)

すぐ隣で俺のコトが済むのを今か今かと待っていると思うとそんな場合ではないのにやはり面白く、同時にいたたまれなさも感じ、何だか複雑な気持ちでいっぱいだ。

だがもうここまできたらやるしかない。
気を遣って数日前から打診されていたのだ、ここで頑張らなければ。

(何を真面目に頑張るというのか)

自分で自分の考えにまたも笑ってしまった。

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