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その後の記憶はひどく曖昧だった。散々に揺さぶられ、最奥を暴かれ、精を注ぎ込まれても彼が満足することはなく、突かれる度におぼろげになった意識が沈んでは浮かびを繰り返す。時折柔らかな声で優しく囁きかけられ、甘やかすように口を塞がれた。その瞬間だけは深く穏やかな幸福感に包まれ、ゆらゆらと微睡みの中で揺蕩うような心地になった。
「……周、見てごらん」
ひやりとしたものが肌を撫でる感触にふっと意識が浮上した。もうどれくらい時間が経ったのか分からないが、彼の指が顎を掬い上げたようだった。言われるままに視線を向けると、その先には鏡があった。鏡に映った自分はひどく蕩けきった顔を晒していて、はだけた布が纏わりつく肌は火照ってほんのりと赤く染まっている。首筋や肩口の至る所に鬱血したような赤い跡が付いていた。これが本当に自分の姿なのだろうか。まるで別の生き物のように見えるその姿から目が離せない。
「ふふ、私の周。愛らしくて、優しくて、真っ直ぐで、綺麗な周」
薄い唇が耳元へと近づき、耳殻に柔く歯を立てられた。鏡に映る彼の口元は緩く弧を描いている。彼に組み敷かれ、名前を呼ばれている鏡の向こうの人間は確かに自分と同じ姿形をしている。しかし一抹の違和感を拭い去ることができない。
「……ぁ、え?♡んゃ♡……ッ♡ぁ♡こん、にゃ……♡ち、が……♡……ッ?♡」
「……違う?本当に?」
「ぇ♡あぅ♡……ッ?♡ぅ゛♡……ッ、ひ♡ぁ♡……ふ♡……?♡」
「よく思い出してごらん」
甘く優しく吹き込まれる声が乱れた思考をさらに搔き乱していく。何かが、否、何もかもがおかしい。鏡に映る光景は異常だ。こんなものは自分ではない。それなのに。
「ぅ゛♡ゃ♡……?♡ちが、……ッ♡あぅ♡……お、れ♡は……♡……ッ?♡」
「ふふ」
否定する言葉とは裏腹に自然と腰が揺れ始めてしまう。違うと口にしながらも鏡から目が離せない。身体は意思に反して勝手に昂り、はしたなく快楽を追い求める浅ましい姿が映っている。こんなことをしている場合ではないのに。自分が居るべき場所は、この薄暗い部屋ではなかった。やるべきことがある。それなのに、いったいどこに帰れば良いのか、何をすべきなのか全く思い出せない。記憶に深く黒々とした穴が空いたようだった。
「分からなくなった?……それならば、どこにも行けないね」
混乱した頭では何一つ思い出すことができない。そもそも自分は何を考えていたのだろうか。この身体を弄るひやりとした手はひどく心地が良い。思考はとろりと溶けて形を成さなくなり、重要な何かが波に攫われて崩れていくような気がした。
「ああ、泣かないで。私がずっと傍に居るからね」
すり、と彼の手が頬を撫で、指先が濡れた眦をなぞる。壊れ物を扱うかのように優しく触れる手だけが、あやふやになった自分を繋ぎ止めてくれる確かなものだった。自分と彼を隔てる輪郭が曖昧に溶け、境目が曖昧になり、体温が一つに混ざり合うような感覚を覚える。もはや彼の指し示す方向だけが正常な世界で、それだけが全てだった。
「ん♡ぁ♡……ッ♡たつみ、さん……♡ん♡……ッ♡ぅ♡」
「うん」
「……ゃ♡どこに、も……♡いか、な……い、れ♡……おねが、っ♡しま……♡」
「……ふふ、勿論」
唇に柔らかい感触が落とされる。彼に頭を撫でられるのがひどく心地よくて、もっと欲しいと強請るように彼の背中に腕を回した。心にじわりと温かいものが広がって満たされていくような気がする。そっと髪をかき混ぜる手からはどこか懐かしい匂いがした。
「……おやすみ、私だけの周」
頭の奥が痺れる。意識の奥底に真っ黒な泥のようなものが流れ込んでくるようだった。ゆっくりと渦を巻くように目の前が暗くなり、目に映る全てが形を無くして遠ざかっていく。夢現に居るような世界の中で、甘やかな声だけが響いていた。
「……周、見てごらん」
ひやりとしたものが肌を撫でる感触にふっと意識が浮上した。もうどれくらい時間が経ったのか分からないが、彼の指が顎を掬い上げたようだった。言われるままに視線を向けると、その先には鏡があった。鏡に映った自分はひどく蕩けきった顔を晒していて、はだけた布が纏わりつく肌は火照ってほんのりと赤く染まっている。首筋や肩口の至る所に鬱血したような赤い跡が付いていた。これが本当に自分の姿なのだろうか。まるで別の生き物のように見えるその姿から目が離せない。
「ふふ、私の周。愛らしくて、優しくて、真っ直ぐで、綺麗な周」
薄い唇が耳元へと近づき、耳殻に柔く歯を立てられた。鏡に映る彼の口元は緩く弧を描いている。彼に組み敷かれ、名前を呼ばれている鏡の向こうの人間は確かに自分と同じ姿形をしている。しかし一抹の違和感を拭い去ることができない。
「……ぁ、え?♡んゃ♡……ッ♡ぁ♡こん、にゃ……♡ち、が……♡……ッ?♡」
「……違う?本当に?」
「ぇ♡あぅ♡……ッ?♡ぅ゛♡……ッ、ひ♡ぁ♡……ふ♡……?♡」
「よく思い出してごらん」
甘く優しく吹き込まれる声が乱れた思考をさらに搔き乱していく。何かが、否、何もかもがおかしい。鏡に映る光景は異常だ。こんなものは自分ではない。それなのに。
「ぅ゛♡ゃ♡……?♡ちが、……ッ♡あぅ♡……お、れ♡は……♡……ッ?♡」
「ふふ」
否定する言葉とは裏腹に自然と腰が揺れ始めてしまう。違うと口にしながらも鏡から目が離せない。身体は意思に反して勝手に昂り、はしたなく快楽を追い求める浅ましい姿が映っている。こんなことをしている場合ではないのに。自分が居るべき場所は、この薄暗い部屋ではなかった。やるべきことがある。それなのに、いったいどこに帰れば良いのか、何をすべきなのか全く思い出せない。記憶に深く黒々とした穴が空いたようだった。
「分からなくなった?……それならば、どこにも行けないね」
混乱した頭では何一つ思い出すことができない。そもそも自分は何を考えていたのだろうか。この身体を弄るひやりとした手はひどく心地が良い。思考はとろりと溶けて形を成さなくなり、重要な何かが波に攫われて崩れていくような気がした。
「ああ、泣かないで。私がずっと傍に居るからね」
すり、と彼の手が頬を撫で、指先が濡れた眦をなぞる。壊れ物を扱うかのように優しく触れる手だけが、あやふやになった自分を繋ぎ止めてくれる確かなものだった。自分と彼を隔てる輪郭が曖昧に溶け、境目が曖昧になり、体温が一つに混ざり合うような感覚を覚える。もはや彼の指し示す方向だけが正常な世界で、それだけが全てだった。
「ん♡ぁ♡……ッ♡たつみ、さん……♡ん♡……ッ♡ぅ♡」
「うん」
「……ゃ♡どこに、も……♡いか、な……い、れ♡……おねが、っ♡しま……♡」
「……ふふ、勿論」
唇に柔らかい感触が落とされる。彼に頭を撫でられるのがひどく心地よくて、もっと欲しいと強請るように彼の背中に腕を回した。心にじわりと温かいものが広がって満たされていくような気がする。そっと髪をかき混ぜる手からはどこか懐かしい匂いがした。
「……おやすみ、私だけの周」
頭の奥が痺れる。意識の奥底に真っ黒な泥のようなものが流れ込んでくるようだった。ゆっくりと渦を巻くように目の前が暗くなり、目に映る全てが形を無くして遠ざかっていく。夢現に居るような世界の中で、甘やかな声だけが響いていた。
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