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エイミー
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「皆さんにも私にも埋め込まれているマイクロチップは人生の録画機器です。これには見たもの聞いたものが情報として全て記録されます。流石に考えている事までは不可能ですがね」
ゼミの教授がいつもの様に講義内容とは関係ない脱線話しを始めた。
生まれた時に必ず埋め込まれるマイクロチップ。これは国が法律として義務付けているもので、赤ちゃんから老人まで誰もが身体に埋め込まれている。
そのチップは、生きているうちは本人確認や電子マネーとしての役割、緊急の場合に血液型や薬のアレルギー、持病の有無まで記録されている。
「しかし、このチップは死後に遺族に渡される事は有りません。全てAIシステム、【エイミー】の学習のために保管されます」
エイミー。それは人類の救世主として作られた人工知能。人類が抱える食料問題、水問題、資源問題を解決させるために70年前に国の1大プロジェクトとして完成を果たした救いの手だった。
人工知能の成長とは、様々な情報を学習としての糧にする。それを効率よく行うために国民1人1人の一生分の人生を与える事で、学習のスピードと量を補う事に成功した。
本人の死後、チップは取り除かれエイミーはその人の一生を蓄積する。最初は反対の声も多かったが、今となっては疑問の声すら上がらないのが現状だった。
「現在、エイミーには約1億人のチップが学習として与えられているそうですが、具体的な完成度は出ていません。他にも面白い研究の1つに、エイミーに人間の五感を理解させ、共有できるか。なんて話も……」
チャイムが鳴りゼミが終わると、鷹華はまっすぐアルバイト先に向かった。
「おはようございます」
アルバイト先である喫茶店の扉を開ける。
そこには店長がいつも通りの笑顔を携えていた。
「おはよう鷹華ちゃん。今日も頼むわね」
彼女はカップを拭く手は止めずに朗らかに挨拶を返す。
「今、着替えてきますね」
鷹華はそう言ってロッカールームに向かった。ウェイトレスの制服をロッカーから取り出す。
「何度見ても丈が微妙に短い」
店長の趣味全開の服で、スカートの丈にこだわりがあるらしい。膝上8.5センチが最も女の子が輝く。との持論を面接時に聞かされ、採用を辞退しようかと本気で悩んだが、結果的には良い職場と言えた。
着替えてから店の掃除を始める。テーブルを拭いたり床を磨いたりと忙しく働いた。客が来ると接客をし、帰るときには会計をする。そうやって甲斐甲斐しく働く事6時間。店のドアノブにCLAUSEの看板を掛けた鷹華は小さくため息を吐いた。
「疲れた?」
店長にそう聞かれ、誤魔化すように笑った。
「いえ、大丈夫です。お掃除しちゃいましょう」
食器やコーヒーメイカーを洗う鷹華と店長は何気ない会話をしていた。
「確かに疑問にも思わなかったわねぇ」
ゼミで教授が話していたAIの話が話題に上がった。
「チップのコピーくらい家族に渡しても良いと思うんですけど」
「あくまで個人の秘密だもの。数十年の秘密も親族にバレるのよ?」
たしかにそう言われると複雑に感じてきた。自分の見てきた記憶、初恋から死の瞬間までを家族に見られるのも嫌な気がする。
「まぁ、スカートは膝上8.5センチが至上というのが理解できるAIなら、私の記憶をあげても良いわね」
と店長は笑っていた。
アルバイトも終わり、暗くなった道を歩いて家路につく。
「ただいま」
そう言って鷹華は玄関の引き戸を開けた。
彼女の家系は古くを辿れば華族と呼ばれ、代々辺りの地主として名を残している。
そのため、広大な土地に建つ日本家屋は大きく、明らかに近所の家々からは浮いていた。
「おかえり。アルバイトご苦労様」
居間に居た祖母が鷹華を労う。
「御夕飯を用意するからお風呂入ってきなさい」
母に促され鷹華もそれに従った。
ゆっくりと疲れを取り、居間に戻ると夕飯が並べられていた。
「いただきます」
手を合わせてから箸を取る。湯気が立つ肉じゃがをつまみ、口へと運ぶ。
1口2口と食べていると鷹華の父がやって来た。
「おかえり鷹華。今日もアルバイトか?」
「うん」
「鷹華。学生は学業に打ち込むのが本来の姿だ。それなのに週に数回のアルバイト、それに随分とはしたない恰好だそうじゃないか。そんな恰好で給仕の真似事をするなんて、うちの家系には相応しくないと――」
「やめなさい。自分の娘の仕事を悪く言うもんじゃない」
父を諫めたのは祖母だった。
「今どき家系だの何だのと細かい事を言いおって」
「母さんは気にしなさすぎる。脈々と続く華族としての品格は必要です」
「全く。誰に似たんだか」
呆れてため息を漏らす祖母。
これは今に始まった事では無い。鷹華が大学生になり、アルバイトを始めた時からなのだ。
母や祖母は賛成をし、父は難色を示した。理由は娘には気品高く、世間から離れたお嬢様の様な生き方をしてほしかったのだろう。実際、子供の時から様々なものを買い与えられ、育てられてきた。
それを悪影響だと考えていた母と祖母は、鷹華のアルバイトを喜び、父との隔たりを受け入れた。しかし反対派の父も、1人娘に嫌われることを危惧し、強くは言えない状況だった。その結果が、事あるごとに小言を言ってくる事に繋がったのだった。
当然この日も決着など付くはずもなく、平行線のまま終了した。
「ご馳走様でした」
論争の終了と同時に食事を終えた鷹華は、食器を片付け自室に戻った。
「100年後の危機より今の我が家の方が問題だよ」
そう呟いて鷹華は眠りに着いた。
ゼミの教授がいつもの様に講義内容とは関係ない脱線話しを始めた。
生まれた時に必ず埋め込まれるマイクロチップ。これは国が法律として義務付けているもので、赤ちゃんから老人まで誰もが身体に埋め込まれている。
そのチップは、生きているうちは本人確認や電子マネーとしての役割、緊急の場合に血液型や薬のアレルギー、持病の有無まで記録されている。
「しかし、このチップは死後に遺族に渡される事は有りません。全てAIシステム、【エイミー】の学習のために保管されます」
エイミー。それは人類の救世主として作られた人工知能。人類が抱える食料問題、水問題、資源問題を解決させるために70年前に国の1大プロジェクトとして完成を果たした救いの手だった。
人工知能の成長とは、様々な情報を学習としての糧にする。それを効率よく行うために国民1人1人の一生分の人生を与える事で、学習のスピードと量を補う事に成功した。
本人の死後、チップは取り除かれエイミーはその人の一生を蓄積する。最初は反対の声も多かったが、今となっては疑問の声すら上がらないのが現状だった。
「現在、エイミーには約1億人のチップが学習として与えられているそうですが、具体的な完成度は出ていません。他にも面白い研究の1つに、エイミーに人間の五感を理解させ、共有できるか。なんて話も……」
チャイムが鳴りゼミが終わると、鷹華はまっすぐアルバイト先に向かった。
「おはようございます」
アルバイト先である喫茶店の扉を開ける。
そこには店長がいつも通りの笑顔を携えていた。
「おはよう鷹華ちゃん。今日も頼むわね」
彼女はカップを拭く手は止めずに朗らかに挨拶を返す。
「今、着替えてきますね」
鷹華はそう言ってロッカールームに向かった。ウェイトレスの制服をロッカーから取り出す。
「何度見ても丈が微妙に短い」
店長の趣味全開の服で、スカートの丈にこだわりがあるらしい。膝上8.5センチが最も女の子が輝く。との持論を面接時に聞かされ、採用を辞退しようかと本気で悩んだが、結果的には良い職場と言えた。
着替えてから店の掃除を始める。テーブルを拭いたり床を磨いたりと忙しく働いた。客が来ると接客をし、帰るときには会計をする。そうやって甲斐甲斐しく働く事6時間。店のドアノブにCLAUSEの看板を掛けた鷹華は小さくため息を吐いた。
「疲れた?」
店長にそう聞かれ、誤魔化すように笑った。
「いえ、大丈夫です。お掃除しちゃいましょう」
食器やコーヒーメイカーを洗う鷹華と店長は何気ない会話をしていた。
「確かに疑問にも思わなかったわねぇ」
ゼミで教授が話していたAIの話が話題に上がった。
「チップのコピーくらい家族に渡しても良いと思うんですけど」
「あくまで個人の秘密だもの。数十年の秘密も親族にバレるのよ?」
たしかにそう言われると複雑に感じてきた。自分の見てきた記憶、初恋から死の瞬間までを家族に見られるのも嫌な気がする。
「まぁ、スカートは膝上8.5センチが至上というのが理解できるAIなら、私の記憶をあげても良いわね」
と店長は笑っていた。
アルバイトも終わり、暗くなった道を歩いて家路につく。
「ただいま」
そう言って鷹華は玄関の引き戸を開けた。
彼女の家系は古くを辿れば華族と呼ばれ、代々辺りの地主として名を残している。
そのため、広大な土地に建つ日本家屋は大きく、明らかに近所の家々からは浮いていた。
「おかえり。アルバイトご苦労様」
居間に居た祖母が鷹華を労う。
「御夕飯を用意するからお風呂入ってきなさい」
母に促され鷹華もそれに従った。
ゆっくりと疲れを取り、居間に戻ると夕飯が並べられていた。
「いただきます」
手を合わせてから箸を取る。湯気が立つ肉じゃがをつまみ、口へと運ぶ。
1口2口と食べていると鷹華の父がやって来た。
「おかえり鷹華。今日もアルバイトか?」
「うん」
「鷹華。学生は学業に打ち込むのが本来の姿だ。それなのに週に数回のアルバイト、それに随分とはしたない恰好だそうじゃないか。そんな恰好で給仕の真似事をするなんて、うちの家系には相応しくないと――」
「やめなさい。自分の娘の仕事を悪く言うもんじゃない」
父を諫めたのは祖母だった。
「今どき家系だの何だのと細かい事を言いおって」
「母さんは気にしなさすぎる。脈々と続く華族としての品格は必要です」
「全く。誰に似たんだか」
呆れてため息を漏らす祖母。
これは今に始まった事では無い。鷹華が大学生になり、アルバイトを始めた時からなのだ。
母や祖母は賛成をし、父は難色を示した。理由は娘には気品高く、世間から離れたお嬢様の様な生き方をしてほしかったのだろう。実際、子供の時から様々なものを買い与えられ、育てられてきた。
それを悪影響だと考えていた母と祖母は、鷹華のアルバイトを喜び、父との隔たりを受け入れた。しかし反対派の父も、1人娘に嫌われることを危惧し、強くは言えない状況だった。その結果が、事あるごとに小言を言ってくる事に繋がったのだった。
当然この日も決着など付くはずもなく、平行線のまま終了した。
「ご馳走様でした」
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