【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

文字の大きさ
65 / 143
第四章:西国の風雲

第六十五話:信玄の視点 - 海の道

しおりを挟む
 美濃の山奥深く、人里離れた庵で、武田信玄は静かに目を閉じていた。

 遠く西国、安芸の宮島で、自らが置いた「楔」が黒脛巾組の残党によって奪われたという報せが届いたのだ。
しかし、その顔に焦りの色はない。むしろ、すべてを予測していたかのように、かすかな笑みを浮かべていた。

 信玄の脳裏には、若かりし頃、甲斐の山国に生まれながらも、常に海への憧れと、その戦略的重要性を語っていた軍師・山本勘助の言葉が蘇っていた。

「信玄様。この日ノ本は、四方を海に囲まれております。陸の戦に長けても、海の道を制さねば、真の天下はありませぬ」

 勘助は、そう言って、信玄に海図を広げて見せたものだ。
甲斐の山国で生まれ育った信玄にとって、海は遠い存在だったが、勘助の言葉は、常に信玄の視界を広げ、新たな可能性を示唆していた。

 信玄は、勘助の遺志を継ぎ、生涯にわたって海の道を意識し続けてきた。
駿河の今川氏との同盟、そして破綻。それらは、信玄が海へと目を向けた、最初の試みだった。しかし、当時は、まだ海の道を完全に理解し、活用するには至らなかった。

「信長は、南蛮の文化を取り入れ、新たな技術を駆使している。特に、鉄甲船は脅威だ。しかし、海の道は、単なる船の戦だけではない……」

 信玄は、そう心の中で呟いた。
彼の目指す「天下」は、信長のそれとは異なる。信長が武力と革新性で天下を統一しようとしているのに対し、信玄は、この国の古き良き「理」を回復し、人々の心を繋ぎ、真の安寧を築こうとしていた。
そのために、海が持つ役割は、単なる軍事的な意味合いに留まらなかった。

「海は、この国を繋ぐ道。文化や人と人を結びつける、生命の源。その海の道に『楔』を置くことは、この国の根源的な力を回復させることにも繋がるのだ」

 信玄が宮島に置いた「楔」は、厳島神社の「宝」であり、それは、海の神々への畏敬と、海と共に生きる人々の絆の象徴だった。そして、その「楔」が奪われたことは、信玄にとって、むしろ好都合な展開だった。

「黒脛巾組か……。奴らは、古き秩序を破壊し、己の欲望を満たそうとする『闇』の勢力。彼らが『楔』を奪い、その力を利用しようとすることは、織り込み済み」

 信玄は、そう言って、かすかに笑みを浮かべた。彼の秘策は、敵対する勢力の動きすらも、自らの計画に組み込むほどに周到だった。
黒脛巾組が「楔」を奪い、その力を利用しようとすればするほど、彼らは信玄の描いた網(あみ)の中に絡め取られていくのだ。

 信玄は、さらに深まる「闇」の気配を感じ取っていた。
それは、単なる黒脛巾組のような、小さな勢力に留まらない。この国の根源を揺るがすような、大きな「闇」の存在を、信玄は感知していたのだ。

「勘助よ……。そなたが案じていた『闇』が、いよいよ姿を現し始めた。だが、これもまた、この国の宿命。この『楔』が、その『闇』を暴き、この国の魂を救済するための光となるだろう」

 信玄は、そう呟くと、再び目を閉じた。彼の計画は、決して容易なものではない。
しかし、小太郎という若き忍びと、千代女、昌幸、そして直正といった忠臣たちの協力があれば、必ずや成就させることができると信じていた。

 その頃、宮島では、小太郎が村上水軍の娘・景と共に、奪われた「楔」の行方を追っていた。黒脛巾組の残党、影虎が「楔」を奪い、闇の中に消え去ったことで、小太郎たちは、新たな戦いに巻き込まれていた。

「黒脛巾組が、なぜ信玄公の秘策を妨害しようとするのか……。その背後には、一体何があるのだろう」

 小太郎は、景と共に、影虎の残した足跡を追っていた。厳島神社の境内は、広く、闇に紛れて追跡するのは困難を極めた。

 景は、小太郎の問いに、静かに答えた。
「黒脛巾組は、伊達家の忍びだが、その中には、主家を持たぬ者もいると聞く。彼らは、金のためならば、いかなる謀も辞さぬ。しかし、信玄公の『楔』を狙うとなれば、それだけではないだろう。何か、大きな力が動いているに違いない」

 景の言葉は、小太郎の胸に、新たな疑問を投げかけた。信玄の秘策は、単なる武将たちの戦いだけでなく、この国の「闇」と「光」の戦いでもあるのかもしれない。

 おふうは、小太郎と景の会話を聞きながら、その顔に不安の色を浮かべていた。
彼女の祖父、土岐十蔵の死の真相もまた、この「闇」と関係しているのかもしれないという予感が、おふうの胸中をよぎった。

 千代女は、冷静に状況を分析していた。
「黒脛巾組の動きは、光秀の間者の動きとは異なる。信玄公の秘策は、信長だけでなく、別の勢力からも狙われているということだ」

 千代女の言葉は、小太郎を奮い立たせた。信玄の秘策は、この国の未来を左右するほどに重要なものなのだ。だからこそ、多くの勢力がそれを狙い、妨害しようとしている。

 小太郎たちは、景の案内で、宮島の裏側へと向かった。そこには、村上水軍の隠し港があり、数艘の船が停泊していた。景は、その中の一艘に乗り込み、小太郎たちに促した。

「追跡を続けるぞ!この宮島から、影虎を逃がすわけにはいかぬ!」
 景の言葉に、小太郎は力強く頷いた。

 瀬戸内海の夜空の下、村上水軍の船は、闇の中に消え去った影虎を追って、静かに波を切って進み始めた。
信玄の秘策を巡る戦いは、海の道へと広がり、その行く手には、さらなる試練が待ち受けている。

 信玄の「海の道」の真意が、小太郎の旅を通じて、少しずつ明らかになっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

処理中です...