実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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「お前、何かしただろ」

「なんのことでしょうか、我が君」

執務室で仕事をする俺の前でにこりと愛想よく笑うイライジャ。
だが、俺は知っていた。
それが真実を覆い隠すための仮面であることを。

「いやいや、絶対お前が何かしただろ」

「ですから、なんのことでしょうか」

「俺たちが疎ましく思っていたエメラルド国王ご一行様が、帰国への道中に馬車の故障に見舞われ、さらに運悪くそこに魔獣が居合わせ、彼らは全滅。これが偶然だと?」

「あり得ない偶然ではないかと」

「……お前、昨日あの後どこかに行ってたよな?どこに行ってた?」

「害虫駆除へ」

悪びれる様子もなく、自白ともとれる回答だった。

はぁーっと大げさにため息をついて見せる。

今朝早くエメラルド国王たちの訃報が知らされた。
帰国途中に魔獣に襲われ、従者や侍女たちはもちろんのこと、国王含む全ての王族が全滅。

サファイア国で起こったことのため、本来なら周辺諸国から批判の一つもありそうだが、今のところそんな知らせは受けていない。

本来国王ともあろう者が国外に出るのだからこちらの威嚇にならない程度の護衛は連れて来るだろう。
現にこの城の外で護衛の兵士を待機させていたことは確認している。

防衛できなかったエメラルド国側にも問題がある。
そう周辺諸国は結論付けているのか。
それとも元々好意を持っていないエメラルド国のためにわざわざ大国であるサファイア国に向けて藪の中の蛇を突きたくないだけなのか。

どちらにせよそんな危うい均衡状態になることを予見していなかったはずがない目の前の側近は、こちらの気持ちなどお構いなしに涼しい顔をしている。

「害虫駆除は早めの対策が肝心ですよ。でなければ取り返しがつかない被害に見舞われることもあります。むしろ遅すぎたくらいです。散々好き放題荒らされましたからね」

いつでも冷静を装い、聡明な我が側近。
だが、その本性は力技で物事を解決しようとするただの脳筋だ。

「そんなことよりも、ロゼリアージュ様」

ぱんっと手を叩き、エメラルド国の訃報を「そんなこと」で終わらせたイライジャ。

「いつまで仕事をしているのですか」

「いつまで」と言われても……。
机の上には山のように積まれた書類。
政務、財政管理、都市開発や公共事業の承認……。

サファイア国の王としての責務を果たしているだけなのに、この言い草だ。

「お前、本当に俺のこと偉いと思っ……」

「結婚式の日取りが近づいております」

ぴたっと羽ペンを動かす手が止まる。

「あぁ……うん、そうね。分かってる……分かってるよ。でも、本当に毎日忙しすぎて……」

「へぇぇー。オリビア様に会いに行く時間はあるのに、結婚式の準備に費やす時間はないと」

「ぐっ……オリビアとの時間を設けるために俺がどれだけ仕事を頑張っていると……お前が一番よく分かってるだろ!俺にオリビアと会う時間を減らせっていうのか!?」

結婚式の準備といってもオリビアと共に時間を過ごすわけじゃない。
右も左も分からないオリビアのために、彼女の意見は聞きつつも、俺がほとんどの指揮を執っていた。
政務だって国民のために手を抜くわけにはいかない。

念願のオリビアとの結婚式。
なのにその準備に気が乗らないのはオリビアに会えない時間が増えるから。

「いえ、私はいいんですよ、私は。あなたとは長い付き合いですし、それなりにあなたのこと分かっているつもりです。後回しされたところでさして影響はありません。ですが……」

ドンドンドンッ!!

けたたましく誰かが執務室の扉を叩く。

返事をするよりも早く、扉が派手に開かれた。

いや、ここは俺の、国王陛下の執務室なんだけど……。

なだれ込んできたのは、イライジャとは別の側近たちだった。

「陛下!警備配置決めがまだ終わっておりません!」
結婚式の警備を任された近衛隊長が叫ぶ。

「料理の献立を承認して頂かないと厨房が動けません!」
両腕いっぱいに献立表を抱えながら厨房長が飛び込んでくる。

「曲目を決めて頂かねば楽団のリハーサルを始められません!」
楽師長が楽譜を振り回している。

「陛下と花嫁殿下のお衣装合わせが……!」
侍女頭までもが半泣きで駆け寄ってきた。

他にも予算の管理をしている財務卿、式を仕切る典礼官などなど……。
わずか数瞬で執務室は大混乱。

そんな中、イライジャだけは余裕たっぷりに腕を組み、涼しい顔をしている。

「御覧の通りでございます、ロゼリアージュ様。私はいいのですが、周りが……ね」

己が招いたこととはいえ、押し寄せてきた彼らに頭を抱えた。
もう観念するしかない。
避け続けたところで、結婚式を延期できるわけじゃない。

なにより、オリビアのために。

彼女は長く孤独に耐え、冷たい仕打ちに晒されてきた。
だからこれからは俺がずっとその涙を拭ってやると誓った。
そして誰よりも幸せにする、と。
結婚式はその誓いの儀式でもある。

「そうだな。やるか!」

机に手を付き、立ち上がる。
側近たちの顔が喜びと安心で輝いた。

「オリビア様もお喜びになられます!」

そうだ。
オリビアが心から幸せだと思えるように。
とびきりの笑顔を見せてくれるように。

とびきりの……笑顔……。

いつも見せてくれる陽だまりのように暖かい笑顔ももちろん好きだ。
でももしそれが、花が一斉に咲き誇るような眩しい笑顔に変わったら……。

顔を手で覆い、天を仰ぐ。

「あぁー……無理かも」

「はい?」

側近たちの顔がまた不安の色に変わる。

けれど俺の頭の中はもうオリビアでいっぱいだった。
胸が痛い。
とびきりの笑顔を想像しただけでだめだった。
もちろんこの結婚式の準備を今頑張れば、褒美にその笑顔を見られるかもしれない。

でも、今はただオリビアに会いたかった。

「オリビアに会いに……」

「行く」と言いかけた時、執務室の扉からノックの音が聞こえた。

控えめなそのノックに思い当たる人物は一人だけ。

「オリビア?」

開かれた扉からおそるおそる顔を覗かせてきたのはやはりオリビアだった。

「お仕事中に申し訳ございません。お願いがありまして……」

眉根を下げ、申し訳なさそうに部屋へと入ってくる。
この国へ来たばかりの頃よりはマシになったとはいえ、オリビアの俺に対する遠慮がちな態度は相変わらずだ。

もっと我儘を言ってくれていいのに。
「お願い」というのも俺からしてみればきっと些細なことだろう。

「どうした、オリビア。何か必要な物でもあった?」

すぐに傍に駆け寄り、気を遣わせないようなるべく穏やかに優しく問う。
オリビアはそれでも言い出しにくそうにモジモジしていたが、意を決したように真っ直ぐな視線で言った。

「結婚式の準備なのですが、私も一緒に参加していいですか!」

「へ?」

「ロゼ様に頼ってばかりでは申し訳なくて。私なんかがお役に立てるとは思いませんけれど……あと、本当はこれが一番の理由なのですが、ロゼ様と少しでも時間を共にしたくて……」

言いながら恥ずかしくなったのか、せっかく見せてくれた可愛い顔をまた俯いて隠してしまった。


尊いっ!!


あー!可愛い可愛い!!
どうしよう!オリビアがそんなことを言ってくれるなんてっ!!

感激と興奮で顔を手で覆った。
鼻血が出てないか心配になる。

「あ……やっぱり迷惑ですよね。ごめんなさい」

顔を隠したまま何も言わなくなってしまった俺を、困らせていると勘違いしたらしいオリビアがオロオロしながら言う。

「迷惑なわけない!ちょうど今から結婚式の準備に取り掛かろうとしてたところだったんだ!ナイスタイミングだよ、オリビア!」

周りから冷ややかな視線が突き刺さる。
だが知ったことではない。
オリビアが傍にいてくれさえすれば俺の憂いは全て晴れる。

背後で「ふっ」と鼻で笑う声がした。
振り向けばイライジャが腕を組み、にやにやと笑っていた。

もしかして、こいつ……。

「お前、オリビアに何か吹き込んだな。他の奴らにも」

「なんのことでしょう。いやぁーそれにしても助かりました。グッジョブです、オリビア様」

パチパチと手を叩いて胡散臭い笑顔でオリビアに感謝を述べるが、当のオリビアは何のことかと首を傾げるばかりだ。

他の側近たちを焚き付け、オリビアにも何かを吹き込み仕向けさせる。
おおかた、一緒にやると言えば俺が喜ぶ、とでも言ったのだろう。

脳筋かと思いきや、やはりしたたかで侮れない男。

「さすがだな、うちの宰相殿は」

イライジャは明らかに勝ち誇った顔を見せた。

「ロゼ様。せっかくですから、このまま誓いの口づけの練習でもなさいますか?……皆の前で」

顔を真っ赤にするオリビア。
それを見てまた可愛いと思ってしまう俺は所詮この男の手のひらの上だった。



結婚式まで、あと少し。
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