実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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名前……オリビアって、今……。

「どうして、私の名前を……」

サファイア国の王はにこりと笑った。
思っていたよりもずっと若い。
もしかして同じ歳くらいじゃないだろうか……。

「どうしてって、求婚した相手の名前くらいはもちろん把握しているよ」

「王様はアリスとの婚姻を望んだのでは……」

「アリスって誰?」

「私の姉です」

「あぁ、姉がいることは知っていたけど……アリスっていうんだね」

「初めて知ったよ」と王は言う。

どういうこと?

頭が混乱した。

どうしてアリスではなく、私を?
そもそも何故他国に私の存在が知られているのか。

エメラルド国の王や妃が私の存在を公にしているとは思えない。

「いろいろ混乱しているようだから、今日はもう休んだらいいよ」

「え、これだけですか?」

今日は初対面の日。

挨拶をするだけとは言っても、実際はもっと格式ばった儀式のようなものを想像していたのに。

まだ自分で名前を告げ、挨拶すらしていない。

自分が世間知らずなだけ?
それとも私なんかが相手だからこんなもの?

卑屈な考えが浮かぶ。

顔を伏せると、そっと頬を撫でられた。
見ればサファイア国の王が見惚れてしまうほど優しい顔を向けていた。

「オリビアの顔を見られたから今日はもう十分だよ」

思いがけない言葉だった。
目の奥が熱くなる。

「あ、あのっ……改めて挨拶させてください。オリビア・エメラルドと申します。どうぞよろしくお願い致します」

ドレスの裾を掴み、頭を下げる。

母に習ったやり方だった。

「俺の名はロゼリアージュ。ロゼと呼んでほしい。エメラルド国の姫オリビア、君が来てくれてとても嬉しいよ。心より歓迎する」

歓迎……。
アリスではなく、私を。

胸が温かくなった。

「部屋を案内させよう」

王は近くにいた侍女を呼んだ。

「今日はもうお休み」

「はい。ありがとうございます、ロゼ様」

頭を下げ、王の間から出ようとした。

「あぁ、君はこっちこっち」

「え?」と振り返れば私と一緒に来ていたエメラルド国の従者が引き止められていた。

エメラルド国の従者も驚いた顔をする。

「オリビアは気にしないで。今日から彼とは別行動してもらうだけだから。ラビンス、後は頼んだよ」

部屋の案内を命じられた侍女ラビンスは「こちらでございます」と先を促した。

いいのかな……。

気になったものの、ラビンスがもう一度強く先を促したため、王の間を後にした。







「こちらがオリビア様のお部屋でございます」

案内された部屋を見て、絶句した。

天蓋付きのベッド、高価そうな調度品、一人で使用するとは思えない広さ。
出立する前のエメラルド国で与えられた部屋とは比べ物にならないほど豪華な部屋だった。

「ほ、本当に……?」

「はい」

王の間では無表情で厳しい顔をしていたラビンスは今はとても柔らかい表情をしていた。

「そして、本日よりオリビア様付きの侍女を務めさせていただきますラビンスと申します。よろしくお願い致します」

「えっ、じ、侍女?私に?」

「もちろんでございます」

もちろんなのか……。

エメラルド国では侍女なんて付けられたことはなかった。
当然、アリス付きの侍女はいたけれど。

初めての侍女にどうしていいか分からず、わたわたしているとラビンスがくすりと笑った。

「オリビア様、お休みの前に湯浴みをしましょう。準備致します」

そう言ってラビンスは浴室と思われる部屋へと消えていった。

ど、どう接したらいいんだろう……。

こんな待遇を受けるとは思っていなかったため、戸惑いと嬉しさが混ざり合う。

私のために、ロゼ様が……。

彼の優しい微笑みを思い出す。
とても素敵な人だった。

思い出すだけで幸せな気持ちになり、それと同時に胸が締め付けられるようだった。

この感情は……何?

そっと胸に手を当てる。

「オリビア様、準備が整いました」

浴室から聞こえたラビンスの声で我に返った。

「は、はい!」

急いで浴室に行く。

「お召し物を……」

ラビンスがドレスに触れようとした。

その瞬間、思い出した。
自分のおぞましい身体を……。

「やめてぇっ!!」

どんっとラビンスを突き飛ばした。
ラビンスは小さく悲鳴を上げ、後ろに倒れてしまった。

「あ……あ、ごめんなさい!」

慌ててラビンスの傍に寄る。

どうしようどうしよう。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

自分の身体の傷、呪文のように繰り返してしまう謝罪の言葉。

鞭を振るう義母の姿が蘇った。

怖い、ごめんなさい、痛い。

「大丈夫です、オリビア様」

突き飛ばしてしまったのは私なのに、何故かラビンスの方が申し訳なさそうな顔をしていた。

「急にお召し物を脱がせようとしてしまった私が悪かったのです。どうかお気になさらないでください」

そっと私の手を両手で握ってくれた。
温かい。

「あ、ごめんなさい……」

「大丈夫ですよ。落ち着いてください」

涙が零れた。
エメラルド国では触れたことのない優しさ。

恐怖が溶けていくようだった。

「ありがとうございます、ラビンス……さん」

「ラビンスとお呼びください」

「ラビンス……」

「はい」

ラビンスは微笑んだ。

気を遣ってなのか、それとも何かを察したのか、私が一人で湯浴みしたいと申し出てもラビンスは「かしこまりました」とだけ言ってそれ以上追及はしなかった。

ゆっくりとお湯に浸かる。
ちょうどいい温度だった。

けれど、化膿した傷にお湯が沁みる。

先ほどまでの浮かれた気持ちが嘘みたいだった。
こんな身体の女性を好きになる方なんているはずないのに。

『自害しろ』

幸せな気持ちをかき消すように父の言葉が脳内で繰り返された。
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