実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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ロゼ様はとても忙しいお方。
大国の王ですもの。
そんなこと分かりきっている。

せっかくこの王宮がわたくしとロゼ様の愛の巣になったのに、結局ロゼ様はわたくしに会いに来てはくださらなかった。

理由は明白。
忙しいから。

でもだからといって、愛する人を放って置くのはどうかしら。
それとこれとは話が違うというものよ。

わたくしが理解ある婚約者だから許されているのであって、もっとわたくしの機嫌を窺ってもいいのではなくて?

やはり、素直になれないロゼ様には決定的な言葉を言ってあげた方がいいのかしら。
とっくにわたくしはあなたの気持ちに気付いていますよ、みたいな。

そうなるとやっぱりあの言葉よねぇ。

“エメラルド国の眠り姫”

庶民たちの間で話題になっているくらい国中に知れ渡っているロゼ様の気持ち。

それでもまだわたくしへの想いを隠し通せていると思っているなんて。
なんてウブで可愛らしいの。
そして、なんて扱いやすそうなのかしら。

ロゼ様と正式に結ばれさえすれば、わたくしに惚れ込んだ男を操るなんて簡単なこと。

だから、この国もわたくしのものになったと言ってもいい。

待たされるのは相手のペースに合わせているようで、わたくしらしくない。
やはりこちらから迫ってあげた方が男は喜ぶもの。

「さっさとそこをどきなさい」

それなのに。
わたくしがわざわざ会いに来てあげているというのに。

「ですから、まずは、アポイントを、お願い、できますか?」

まるで子供に言い聞かせるみたいにゆっくり区切りながら言うロゼ様の補佐官。

昨日といい、今日といい、この男は本当に忌々しい。

「だから!わたくしには必要ないと言っているでしょう!」

「いえいえ、私どもには必要ですので」

先ほどからずっと同じやりとり。
いい加減うんざりだわ。

そこに彼の声が響く。

「ねぇ、昨日も同じやりとりしてなかった?」

目的の扉が開き、眉間に皺を寄せたロゼ様が呆れた様子で出てきた。

深々とため息をつくその姿に心底同情する。

使えない召使いを持つと大変ね。

ロゼ様はこちらを見て、困ったように眉根を下げた。

「もう少ししたらひと段落つきますので、その後でもよろしければお話を伺います。よろしいですか?」

「もちろんですわ」

ほら、やっぱりアポイントなんていらないじゃない。
わたくしが尋ねてきたら仕事なんて後回しにするに決まっているもの。

「執務室には入れられないから、応接室にお通しして」

あら。
わたくしは執務室でも構わないのに。
遅かれ早かれわたくしが王妃になるのだから、見られて困るものなどあるはずがないのに。

まぁ、応接室できちんとわたくしの相手をしたいという気持ちも分かりますけど。

「それで?お話というのは?」

応接室にて机を挟んで向かい合うように座り、ロゼ様が切り出す。
扉の横にあの補佐官がいて、目障りでしょうがない。

「お話?」

そんなものはない。

ロゼ様の表情が怪訝なものになった。
あぁ、何か話があってロゼ様を訪ねたと思っているのね。

まだ自分の気持ちがばれていないと思っているから。
なら、それに乗ってあげましょ。

「わたくし、気になる話を耳にしましたの」

用意された紅茶を一口飲み、例の話を切り出す。

「わたくしの使用人が街で聞いた話なのですが、えっと……なんていったかしら。確か、エメラルド国の眠り姫って言っていたような……」

ぴくりとロゼ様の眉が動いた。
ビンゴ。

「わたくし、どうしてもそのお話が気になってしまいまして……」

気持ちの揺れをそれ以上表に出すことはなく、ロゼ様はにこりと微笑んだ。

「エメラルド国という自国の名前が出てきては、姫も気になって当然ですよね。ですが、国民のただの噂です。たわいない娯楽だと思って、聞き流してくださればと思います」

ふぅん。
これでもまだシラを切るつもりなのね。

「けれど、ロゼ様の立場で庶民にそれをお許しになるということは何か特別な意味があるのではありませんの?」

もし、根も葉もない噂なら王の命令でやめさせればいい。
だって国王というものは平民にとって絶対的な存在だから。

それをしないということは、やっぱり……。

「王だからといって、国民の楽しみをむやみに奪うことはできませんよ。彼らは私にとってとても大切な存在なので」

国民が大切?
なにそれ。
国民は皆、王族の奴隷でしょ?

だが、ロゼ様の次の言葉でさらに混乱してしまう。

「未来の王妃と同じくらいにね」

王妃と国民が、同じ?

どういうこと。
意味がよく分からない。

だってそれは、ありえないことだもの。

「そ、それはなんというか……その……」

なんて返せばいいっていうのよ。

「顔、引き攣ってますよ」

返す言葉を見つけるよりも先に、ロゼ様が笑いながら言った。

恥ずかしさでかぁっと顔が熱くなる。

試されたのかしら。

そうよ。そうよね。
だって大国の妃よ。
国民と同じのはずがない。
きっとからかわれたのね。

だって男性は好きな子ほどいじめたくなるって言うもの。

戸惑ってしまう姿も可愛いと思われたかしら。

きっとわたくしのいろんな表情が見たくて仕方ないんだわ。

これじゃ、ロゼ様のペースに呑まれてしまっているじゃない。

大きく息を吸って、心を落ち着かせる。

仕方ないわね。
本当は眠り姫の正体をロゼ様の口から聞きたかったけれど……。

わたくしが主導権を握るためには、わたくしから言うしかない。

こほんと咳払いをする。

「ロゼ様、わたくしなのでございます」

「なにがです?」

「エメラルド国の眠り姫はわたくしでございます」

だが、予想に反してロゼ様の表情に変化はなかった。

直球すぎて理解されてないのかしら。

それはそうよね。
だってオリビアという存在があるから、混乱してもおかしくないわ。

「ロゼ様にオリビアはふさわしくありませんもの。あんな醜い娘を送ってしまって心苦しいばかりですわ。父であるエメラルド国王に代わってわたくしが謝罪します」

「醜い娘?」

「なにか手違いがあったのでしょう。ですがこれでもう安心。このアリスが一生お傍におります」

「あなたは私にふさわしいと?」

「もちろんですわ」

「どうして?」

「どうしてって……だってわたくしはこんなにも美しくて……」

ロゼ様は首を傾けた。

「おかしいですね。私はあなたのことを一度も美しいと思ったことはないけれど」

「……は?」

美しいと思ったことない?
わたくしを?

こんなに美しいわたくしを?

確かにこの王宮には美しい顔立ちをした者が多い。
でも、わたくしの美しさに適う者は誰一人いなかった。

エメラルド国でもそう。
貴族も、国民も、皆がわたくしの美しさに心酔し、崇めるの。
それはサファイア国でも同じことのはずよ。

「あと、さっさ俺の花嫁を醜いって言った?」

ロゼ様の口調が変わった。
先ほどまでの丁寧な物言いではない。

なにこれ。
なんなのよ。

「だって……本当ですもの。あっ、そうですわ!ロゼ様はオリビアの体を見たことがありませんのね。あの傷を見たら誰だって……」

「傷?へぇ、オリビアって体に傷があるんだ?」

「あ……」

「事故かな?それとも、誰かに傷つけられたのかな?」

「わたくしは……わたくしは何もっ……しておりませんわ!」

なによこれ!
なんでわたくしが尋問されなきゃいけないのよ!

オリビアの体の傷なんて、どうでもいいことじゃない!

「あともうひとつ。一生傍にいるって言った?君が?俺の傍に?」

ロゼ様が浮かべた笑み。
それは先ほどまでの優しい微笑みではなかった。

「趣味の悪い冗談はやめてよ」

ぞっとするほど冷たい声。


その笑みは、明らかな嘲笑だった。
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