実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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アリスの部屋にけたたましい音が何度も鳴り響いた。

部屋の主は顔を赤くさせ、威嚇する猫のようにフーッフーッと息を荒げていた。

彼女の視線の先には、食器やグラスの数々。
壁に投げつけられたそれらは粉々になり、盛られていた料理はぐちゃぐちゃになって散乱していた。

「あぁぁーーっ!!」

それでもどうすることもできないイライラに、アリスは叫んだ。


咎めることも制止することもできない彼女の侍女たちは部屋の隅で体を震わせることしかできなかった。
機嫌を損ねた彼女を刺激すれば処刑を命じられ、最悪命を奪われる。

せっかく侍女たちが整えた髪もアリスは搔きむしり、振り乱した。

「なんなのよ!なんなのよ!!くそったれ!!」

王族に相応しくない汚い言葉を吐き捨てた。

彼の嘲笑が脳裏にこびりついて離れない。

わたくしのことが好きなくせに!
結婚したくてたまらないくせに!!


他国の異性とはここまで違うものなの?
わたくしの容姿は全世界で通用するはずよ。
現にロゼ様はわたくしに求婚しているもの。

なのにどうして!どうして!!

なんで笑われたの。
分からない。分からない。

ふとオリビアの顔が頭によぎった。

もしかして……あいつのせい?

あいつがいるせいで、結婚できないから?

確かに思い返せば、ロゼ様のあの嘲笑はどこか切なさを帯びているような気もする。

ロゼ様は近々オリビアが死ぬことを知らない。

あの嘲笑はわたくしに対してではなく、己の無力さに対して?


コンコンッ。


突然部屋の扉がノックされた。

「あの、アリス様……」

侍女の一人が窺うような視線を寄こしてくる。

「……さっさと出なさい。そんなことも指示されないと分からないの」

言った後で、はっとした。

部屋を見渡す。

もし訪問者がロゼ様だったら……。

まずい。

この荒れ果てた部屋を見られでもしたら、ロゼ様に愛想を尽かされてしまう。

そうよ、きっとロゼ様が会いに来た。
自身の愚かな行いを悔いて、わたくしに謝りに来たんだわ。

「待ちなさい」

扉を開けようとした侍女を止める。

「わたくしが出るわ」

本当に仕方のない人。
心にもないことを言って。

今回だけはわたくしの優しさで許してあげますわ。

だが、扉を開いた先に立っていたのは思い描いていた人物ではなかった。

「な、んで、あんたがここに……」

どうしようもないほど目障りな存在。

オリビアだった。

どうしてなのかその服装はエメラルド国から持参していた貧相なドレスと肩から下げた小さなバッグだけ。

オリビアは今まで見せたことないような満面の笑みで言った。

「お姉様、私と二人で街に出掛けましょう」

顔に熱が集中するのを感じた。

ふざけんじゃないわよ!

そう言ってやりたかった。

どうしてわたくしがお前なんかと一緒に街へ出掛けなければならないの。

けれど、ここは母国のエメラルド国ではない。
誰がどこで見ているのか分からない。

そんな中でオリビアを冷たく突き放せば、サファイア国での印象が悪くなってしまう。
ただでさえ、一時の感情で部屋を滅茶苦茶にしてしまっているのに。

「……準備してくるから待ってて」

扉を閉めれば、侍女たちが不安そうな顔をしている。

「あの……私どももお供いたします」

「いいえ、わたくし一人で十分よ」

オリビアの企みが分からない。

何故街へ行こうと言ったのか。
何故「二人で」と言ったのか。

でも、それがなんだというの。
あの貧弱なオリビアに何かできるとは到底思えない。

準備を終えると、城の外には立派な馬車が用意されていた。
きっとオリビアの頼みで用意されたのだろう。

面白くない。
まるで自分の物かのように扱って。
全てわたくしの物なのに。

先に馬車に乗り込むが、オリビアはまだ自身の侍女と話をしていた。

「オリビア様、おふたりだけでなんて……私も一緒に……」

「ありがとう、ラビンス。でも大丈夫だから」

オリビアに懐いているあの侍女も気に入らない。

オリビアが生きている限り、何もかもが気に入らない。

「……さっさと死ねばいいのに」

外には聞こえないよう小さく漏らす。

ようやく馬車に乗り込できたオリビアを睨みつけた。

「自分から誘っておいて随分待たせてくれるじゃない」

「……申し訳ございません」

馬車が動き出し、城から離れて行く。

「で?お前ごときがわたくしを連れ出した理由は何?まさか本当に仲良くショッピングがしたかったわけではないでしょう?」

今まで怯えた表情しか見せてこなかったくせに、今のオリビアは不気味なほど無表情だった。

気持ち悪い。

「私が街へお誘いしたのは、お姉様と二人きりで内緒のお話がしたかったからです。ロゼ様のお城では誰が聞いてしまうか分かりませんので」

“お姉様” “ロゼ様”

本当いちいち癇に障る。

だが、次の言葉でこの最低な気分は払拭された。

「今日私は死ぬつもりです。それをお姉様にお伝えしたくて」
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