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“お姉様”
そう呼んだのは今日が初めてだった。
アリスの顔にあからさまな嫌悪が浮かぶ。
その表情が「お父様」と呼んだ時の父親の顔とそっくりだった。
血のつながった家族に城へ呼ばれ、期待し浮かれて塔を出た私は本当に滑稽だ。
この人たちは私を家族だなんてこれっぽっちも思っていないのに。
街へ誘った時からアリスはずっと不機嫌だ。
だが、「今日死ぬ」その一言でアリスは全く違う顔を見せた。
「あら、そうなの。それは良いことね。そういうことならわたくしを連れ出したこと許してあげるわ。話はそれだけ?じゃあもう戻りましょ」
「まだ城を出たばかりですから、今戻ると怪しまれますよ。せっかくの機会ですから行ってみたい場所があるんです。御者さんには伝えてありますので、どうかそこだけはお付き合いください」
アリスに意見をするなんて、身の程知らず。
逆鱗に触れる前に深々と頭を下げた。
早く帰れないことが不満なのか、私が意見していることが気に食わないのか、アリスの顔は再び険しくなる。
だが殴られることはなく、腕を組み、ふんっと鼻を鳴らすだけで終わった。
しばらく馬車を走らせると、目的の場所へ辿り着いた。
そこは街で一番の高さを誇る大きな時計台だった。
「なに、この薄気味悪い建物……」
時計台を見上げ、アリスは呟く。
「王宮の方々の話では、この時計台の屋上からは街を一望することができて、とても美しいのだそうです。ぜひお姉様と見てみたいと思いまして……」
「屋上?って、どうやって……」
「もちろん階段です」
アリスは顔を引きつらせ、こめかみに青筋を浮かべた。
*
「ほんっとうに!!ふざけんじゃないわよ!!」
ひたすら二人きりで階段をのぼり続け、周りに誰もいないことを確認したアリスは私の後ろで声を荒げた。
本当は断りたかったはずのアリス。
だが、王宮付きの御者がこちらの様子を窺っており、必死に笑顔を作って了承してしまったのだ。
「このわたくしをこんな所に来させて!お父様に言いつけてやるから!」
「今日死ぬ」と言っているのに父親に言いつけてどうなるのか。
呆れを通り越して笑いそうになってしまう。
「もうすぐです。この時計台を管理されている方がどこかにいらっしゃるそうなので、そんな大きな声を出したら聞こえてしまいますよ」
後ろを振り返らなくても、アリスの苛立ちが増したのが分かる。
階段をのぼり続け、体力を削られていることは同じはずなのに、これからやることに緊張してしているのか、不思議と辛さは感じなかった。
ようやく、屋上へと続く扉の前まで辿り着いた。
軋む扉を開ければ、冷たい風が全身に当たった。
扉をくぐり、外へ出る。
そこは屋上にもかかわらず、腰ほどの高さの塀が辺りをぐるりと囲っているだけの場所だった。
「寒い……ほら、もう気が済んだでしょ。さっさと帰るわよ」
「お姉様」
ここから見える街を見つめたままアリスへ話しかける。
「なによ」
「この街は、いえ、この国はとても美しいですね」
「は?」
振り返りアリスを見れば、その顔には困惑と苛立ちがあった。
「そう思いませんか、お姉様」
「うるさいわねぇ!お姉様お姉様と耳障りなのよ!国が美しい?そんなの興味ないわよ!」
「興味ない?お姉様が欲しくてたまらない国なのに?」
「こんなただの風景に何の価値があるっていうの!わたくしが欲しいのはこの国での絶対的な地位!そしてわたくしの美しさを褒め称え、崇める人間たちよ!」
思った通りの答え。
内に秘めた決意をさらに強固なものにするには十分な答えだった。
「お姉様はこの国の妃にはなれませんよ」
「なんですって……」
「だって、そうでしょう。この国にお姉様は相応しくありません」
みるみるアリスの顔が赤くなる。
「オリビア!あんた、誰に向かってそんな口をきいているのか分かっているのっ!」
「この国の人たちは皆温かく、こんな私にもとても優しい。あなたたちとは全く違う」
「はっ、あんたそれを愛と勘違いしているの。馬鹿ね。それはただの同情っていうのよ。ロゼ様が本当は誰に求婚したのか忘れたの?」
アリスは自分がロゼ様に愛されていると信じて疑わない。
フッと皮肉を込めて笑って見せた。
「お姉様は『エメラルド国の眠り姫』を自分のことと思っているのですか?だとしたら、とても滑稽ですね」
「あんた、自分が何を言っているのか分かっているの!妾の娘のくせに!私生児のくせに!」
「それがなんだというのですか?エメラルド国の高貴な血を持つお姫様だからといって、それがロゼ様に愛される理由にはなりませんよ」
ロゼ様は私を愛していると言ってくれた。
私はロゼ様を信じている。
だからきっと、その言葉に噓偽りなんてない。
肩から下げた小さなバッグからある物を取り出す。
「アリス、この国にあなたの居場所はない」
手に持ったそれを見て、アリスは青ざめる。
太陽の輝きを反射するそれは、自害するために持たされた短剣だった。
そう呼んだのは今日が初めてだった。
アリスの顔にあからさまな嫌悪が浮かぶ。
その表情が「お父様」と呼んだ時の父親の顔とそっくりだった。
血のつながった家族に城へ呼ばれ、期待し浮かれて塔を出た私は本当に滑稽だ。
この人たちは私を家族だなんてこれっぽっちも思っていないのに。
街へ誘った時からアリスはずっと不機嫌だ。
だが、「今日死ぬ」その一言でアリスは全く違う顔を見せた。
「あら、そうなの。それは良いことね。そういうことならわたくしを連れ出したこと許してあげるわ。話はそれだけ?じゃあもう戻りましょ」
「まだ城を出たばかりですから、今戻ると怪しまれますよ。せっかくの機会ですから行ってみたい場所があるんです。御者さんには伝えてありますので、どうかそこだけはお付き合いください」
アリスに意見をするなんて、身の程知らず。
逆鱗に触れる前に深々と頭を下げた。
早く帰れないことが不満なのか、私が意見していることが気に食わないのか、アリスの顔は再び険しくなる。
だが殴られることはなく、腕を組み、ふんっと鼻を鳴らすだけで終わった。
しばらく馬車を走らせると、目的の場所へ辿り着いた。
そこは街で一番の高さを誇る大きな時計台だった。
「なに、この薄気味悪い建物……」
時計台を見上げ、アリスは呟く。
「王宮の方々の話では、この時計台の屋上からは街を一望することができて、とても美しいのだそうです。ぜひお姉様と見てみたいと思いまして……」
「屋上?って、どうやって……」
「もちろん階段です」
アリスは顔を引きつらせ、こめかみに青筋を浮かべた。
*
「ほんっとうに!!ふざけんじゃないわよ!!」
ひたすら二人きりで階段をのぼり続け、周りに誰もいないことを確認したアリスは私の後ろで声を荒げた。
本当は断りたかったはずのアリス。
だが、王宮付きの御者がこちらの様子を窺っており、必死に笑顔を作って了承してしまったのだ。
「このわたくしをこんな所に来させて!お父様に言いつけてやるから!」
「今日死ぬ」と言っているのに父親に言いつけてどうなるのか。
呆れを通り越して笑いそうになってしまう。
「もうすぐです。この時計台を管理されている方がどこかにいらっしゃるそうなので、そんな大きな声を出したら聞こえてしまいますよ」
後ろを振り返らなくても、アリスの苛立ちが増したのが分かる。
階段をのぼり続け、体力を削られていることは同じはずなのに、これからやることに緊張してしているのか、不思議と辛さは感じなかった。
ようやく、屋上へと続く扉の前まで辿り着いた。
軋む扉を開ければ、冷たい風が全身に当たった。
扉をくぐり、外へ出る。
そこは屋上にもかかわらず、腰ほどの高さの塀が辺りをぐるりと囲っているだけの場所だった。
「寒い……ほら、もう気が済んだでしょ。さっさと帰るわよ」
「お姉様」
ここから見える街を見つめたままアリスへ話しかける。
「なによ」
「この街は、いえ、この国はとても美しいですね」
「は?」
振り返りアリスを見れば、その顔には困惑と苛立ちがあった。
「そう思いませんか、お姉様」
「うるさいわねぇ!お姉様お姉様と耳障りなのよ!国が美しい?そんなの興味ないわよ!」
「興味ない?お姉様が欲しくてたまらない国なのに?」
「こんなただの風景に何の価値があるっていうの!わたくしが欲しいのはこの国での絶対的な地位!そしてわたくしの美しさを褒め称え、崇める人間たちよ!」
思った通りの答え。
内に秘めた決意をさらに強固なものにするには十分な答えだった。
「お姉様はこの国の妃にはなれませんよ」
「なんですって……」
「だって、そうでしょう。この国にお姉様は相応しくありません」
みるみるアリスの顔が赤くなる。
「オリビア!あんた、誰に向かってそんな口をきいているのか分かっているのっ!」
「この国の人たちは皆温かく、こんな私にもとても優しい。あなたたちとは全く違う」
「はっ、あんたそれを愛と勘違いしているの。馬鹿ね。それはただの同情っていうのよ。ロゼ様が本当は誰に求婚したのか忘れたの?」
アリスは自分がロゼ様に愛されていると信じて疑わない。
フッと皮肉を込めて笑って見せた。
「お姉様は『エメラルド国の眠り姫』を自分のことと思っているのですか?だとしたら、とても滑稽ですね」
「あんた、自分が何を言っているのか分かっているの!妾の娘のくせに!私生児のくせに!」
「それがなんだというのですか?エメラルド国の高貴な血を持つお姫様だからといって、それがロゼ様に愛される理由にはなりませんよ」
ロゼ様は私を愛していると言ってくれた。
私はロゼ様を信じている。
だからきっと、その言葉に噓偽りなんてない。
肩から下げた小さなバッグからある物を取り出す。
「アリス、この国にあなたの居場所はない」
手に持ったそれを見て、アリスは青ざめる。
太陽の輝きを反射するそれは、自害するために持たされた短剣だった。
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