実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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あぁ、これでやっと……。

アリスに突き飛ばされた瞬間、そう思ってしまった。

これでやっとあの忌まわしい国から解放される、と。

浅はかなアリス。
これでなかったことになるはずないのに。

落ちた先で私の刺殺死体が見つかれば真っ先に疑われるのは一緒に出掛けたアリス。

私の死は無駄じゃない。

ロゼ様のために。サファイア国のために。

でも、ロゼ様……。
わがままを言うことが許されるなら、最後にこの目に映すのはアリスではなく、あなたが良かった。

あなたに、もう一度だけ。

「オリビアッ!!」

突如、自分の名前を叫ぶ声が響いた。
耳からではなく、頭に直接響く感覚。

聞き間違えるはずのない愛しい人の声。

次の瞬間、目の前にあったのは巨大な目と口を持つ何かだった。

あれは……竜?

母が昔、話してくれた竜の姿だった。

『オリビア。サファイア国にはね、優しい竜が住んでいるのよ』

お母さん、私も会えたよ。

竜はその大きな口を開き、地面に激突する前に私を口の中へおさめた。

視界は暗闇に包まれ、そのまま意識が途切れた。



*



「オリビア!オリビア!!」

必死に名前を呼び続ける声で、私は目を開けた。

最初に目に映ったのは、宝石のように美しい紺碧の瞳だった。

「ロゼ様……?」

その主の名を呼べば、その表情は心底安堵したものに変わった。

「良かった……」

「私は……私は、死に損なってしまったのですね」

口から出た言葉は震えていた。
溢れ出る想いに涙が出そうになる。

「残念?」

ロゼ様の問いに、答えを悩むことはなかった。

「いいえ。またロゼ様にお会いできて、とても幸せです」

ロゼ様の顔がくしゃりと歪んだ気がした。
けれどもすぐに抱きしめられ、それを確認することはできなかった。

苦しいほどに強く抱きしめられる。

そこでふと気付いた。

アリスに刺された傷は?
塔から落とされて、地面に激突したであろうその傷は?

激突した?
いや、違う。
その直前に私は救われたのだ。

あの……。

「あの竜は、どこに?」

辺りを見回してみても、その姿はどこにもない。

ロゼ様が体をそっと離す。
その表情は強張っているように見えた。

「ごめんね」

ロゼ様が謝る。

「とても怖い思いをさせたね。でも君を助けるためには、あれしかもう間に合う方法がなくて。おぞましいものを見せてしまったね」

怖い?おぞましい?
最初はなんのことを言っているのか分からなかったが、少し考えてそれがあの竜のことを言っているのだと気付いた。

「違います!」

思わず声を上げていた。

ロゼ様が驚いた表情をしている。
それでも構わず、私は続けた。

「あの竜は怖い存在ではありません!私を助けてくれたんです!とても優しい竜なんです!」

ロゼ様の顔がぽかんとしたものになる。

「……優しい?助けて?」

「そうです!だからそんなふうに……」

「言わないで」と告げる前にまた抱きしめられた。

「やっぱり好きだなぁ。あの頃となにも変わらない。俺のオリビア。俺だけの花嫁」

状況が分からず、今度はこちらがぽかんとしてしまう。

「あの、ロゼ様?」

「あぁ、ごめんね」

再び離れゆく体温が名残惜しい。

「オリビア、今から俺の秘密を見せるよ。どうか怖がらないで」

「秘密、ですか?」

「うん」

するとロゼ様の後ろから黒い何かが現れた。
それは少しずつ広がり、全貌を見せる。

ロゼ様の体を包んでしまえるほどに巨大な、黒い鱗に覆われた竜の翼だった。

あぁ、そういうことか。

真実を知り、胸が熱くなる。

『オリビア。隣のサファイア国にはね、とても優しい竜が住んでいるのよ』

お母さん、その方は私の大好きな人だったよ。

「ロゼ様が優しい竜だったのですね」

気付けば涙が溢れていた。

「人間にとっておぞましい姿だろうに。怖がらないでくれてありがとう」

「その内がロゼ様であることに変わりありませんから、恐れる理由はありません」

ロゼ様はほんのり頬を染め、嬉しそうに笑った。

「オリビア、俺の首に手を回して」

「え?」と思った時には手を引っ張られ、ロゼ様の首の後ろに手を回された。

「しっかり掴まってて。大丈夫、オリビアに見せたい景色があるんだ」

そう言うとロゼ様は私を横抱きに持ち上げた。

「え?え?」

訳が分からず戸惑う。

「行くよ」

ロゼ様のその言葉を合図に強い風が体を襲った。
ぎゅうっと目を閉じ、たまらずロゼ様の首元にしがみつく。

強風に襲われたのは一瞬のことで、すぐに穏やかな風に変わった。

「ゆっくり目を開けて」

おそるおそる目を開ける。

地平線に見える夕日。
オレンジ色に照らされた無数の木々。

どうやら私たちは深い森の中にいたらしい。

私は今、人生で初めてこの大いなる空の一部になっていた。

「怖い?」

優しく問われる。

「……少しだけ」
 
正直に答えればロゼ様はすりすりと私の顔に頬を寄せた。

「大丈夫。俺がオリビアを離すことは絶対にないから」

そう言ってロゼ様は、森を……。
いや、そのはるか先まで続く地平線へと目を向けた。

「ほら、見てごらん。世界はこんなにも広いんだ。この広い世界にたくさんの命があって、その中で俺とオリビアは出会ったんだ。そしてこの先、愛し合っていけたら……それってすごいことだと思わない?まさに奇跡だよ」

再びロゼ様は私の方へ顔を向けた。
その表情は見惚れてしまうほど美しかった。

「いい?オリビア。絶対に俺を離さないで。今も、これから先もずっと。俺を諦めないで」

目の奥が熱い。
胸の奥が痛い。

「一緒にいろんなものを見て、喜びも楽しい気持ちも一緒に分かち合おう。もちろん、苦しみも悲しみも」

もし本当にそんな未来が訪れるなら。
死ぬことを望まなくていいのなら。

「わ、たしは……」

こみ上げる想いが言葉を紡ぐ邪魔をする。

それでも伝えたい。
この、想いを。

「私は、ロゼ様を愛してもいいのですか?」

ロゼ様の顔が驚いたものに変わる。
けれどすぐに照れたように笑った。

「もちろんだよ、オリビア」

あぁ、これ以上はもう隠せない。
この溢れる気持ちを。

「ロゼ様!愛しています!私は、ロゼ様を愛しています!」

気付けば叫ぶように伝えていた。

ロゼ様はすごく嬉しそうな顔をして、私を強く抱きしめてくれた。

あまりの力強さに痛みすら感じる。
でも、その痛みすらも愛しかった。

お母さんが亡くなってから誰からも愛されなかった。

愛され、そして愛することがこんなにも幸せなものだったなんて。

「嬉しい。俺だけのオリビアだ。長かった。ずっとこの日を待っていた」

震えるロゼ様の声に大きな愛を感じる。

「これからは俺がずっと傍にいる。約束だ。寂しい思いなんて絶対にさせない」

エメラルド国で永遠のように感じたあの孤独な時間。
それがサファイア国へ来て終わりを告げる。

「そして、この国には君を守る無数の竜がいる」

バサリッ。

たくさんの何かが風を切る音。

音がする方を見れば、数えきれないほどの竜が森から飛び立ち、私たちを囲んでいた。

ロゼ様のように翼だけではなく、完全な竜の姿。

でも、恐怖はない。
だって、分かるから。

彼、そして彼女たちが誰なのか。

ずっと王宮で守ってくれていた人たち。
街の人たち。
ロゼ様の側近のイライジャさん。
そして、大好きなラビンス。

私が命を懸けて守りたかった人たちが、私たちを祝福してくれているような気がした。







ロゼ様と両想いになることができて舞い上がってしまい、忘れていた。

確か私はアリスに刺されたはずなんだけど。

それを思い出したのはロゼ様と共に地上に降り、地面に立った時だった。

痛みが全くない。

刺されたはずの腹部を強く押さえても痛みはない。

それに、もうひとつの違和感。

エメラルド国で負わされた傷が全く痛まない。

サファイア国へ来てから献身的なラビンスの治療により大半の傷は癒えていたが、古傷が突っ張るような感覚は日常的に感じていた。

それが今は何も感じない。

どういうこと?

はしたないとは思いつつも、気になる気持ちを抑えきれずドレスの袖を捲し上げた。

「え?」

手首からすぐ上を覆うように刻まれていた傷が全てなくなっていた。

癒えた後も残り続けた醜い傷跡すらも綺麗に消えていた。

「なんで?」

呆然とする。

「魔の国ってのも、悪くないでしょ?」

「人外の力を持ってるからね」とはにかんだように笑うロゼ様。

あれだけ悩んでいたことだったのに、こんなにも簡単に私を救ってくれる。
あなた様はどこまで……。

こんな素敵な方の花嫁になれる。
その幸福に、また気絶してしまいそうだった。
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