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オリビアの訃報の知らせをアリスの手紙で知ったエメラルド国王の動きは早かった。
すぐさま王妃と大勢の従者を引き連れてエメラルド国を発ち、アリスが待つサファイア国へと向かった。
可愛い娘の嫁入り。
大国を手中に。
それらの想いがエメラルド国王を興奮させた。
あぁ、早く。
早く、あの国を我が物に。
貧しい国なんてもう要らない。
私にふさわしくない。
自慢の娘のおかげで私はサファイア国を手に入れ、それを足掛かりに世界すらも手に入れられるかもしれない。
サファイア国王が住む城の門をくぐり、王宮の前に馬車が停まる。
「お父様!」
馬車を降りてすぐに可愛い娘の声が聞こえた。
「アリス!出迎えてくれたのか」
愛する娘をこの手で抱き締める。
「元気にしていたか?様子は……」
「どうだ?」と言いかけて言葉を止めた。
アリスの様子がおかしい。
オリビアが死んで、サファイア国王は既にアリスに夢中になっているはずだ。
アリスは今、幸せの絶頂にいるはずだ。
それなのに、今のアリスは思っていたものと全く別の顔をしていた。
表情は暗く、泣き腫らしたかのように目の周りが赤い。
そこで違和感に気付く。
アリスの後ろに控えているのは全てエメラルド国の者たちだ。
侍女どもの顔など誰一人覚えていないが服装などで分かる。
アリスの傍に誰一人サファイア国の者がいない。
冷遇されている?
そんな馬鹿な。
私の可愛い自慢の娘が?
オリビアは優遇されていたという話だったのに何故……。
「お父様!」
アリスに呼ばれ、はっと我に返る。
慰める王妃の腕の中で、アリスは不安げな表情でこちらを見ていた。
安心させるようにその顔を優しく両手で包む。
「私の可愛いオリビア。一体何があったというのだ。こんなにやつれてしまって」
「お、とう……さま。わたっ……わたくしっ……」
王妃が優しくその小さな背をさすってやる。
「アリス。ゆっくりでいいわ。何があったのか話して」
アリスはぼろぼろと涙を流し、嗚咽しながら今の状況を説明した。
サファイア国王の寵愛が一向に受けられないこと。
それどころか他のサファイア国の者さえアリスに無関心であること。
「わたくしっ……悔しくて!悔しくて!」
一体どうして。
オリビアは恵まれ、アリスにはそれがない。
だが、その理由はすぐに思い当たった。
「安心しなさい、アリス。サファイア国王はお前に関心がないのではない。お前に合わせる顔がないのだ」
何故ならオリビアが死んだのはサファイア国の落ち度だから。
そのことを説明するとアリスの表情が少しだけ明るさを取り戻した。
「そう……かも、しれませんわ」
「そうだとも。この国はオリビアを死なせた。だからもう大きい顔はできないはずだ」
サファイア国は隣国の姫を死なせてしまった責任を取らなければならない。
しかし懐が深い我が国はそれを許し、さらにオリビアよりも美しいアリスを嫁として差し出す。
サファイア国王は私に大きな借りを作ることになるのだ。
その借りを返すためにサファイア国は未来永劫エメラルド国から搾取され続けることになる。
「さぁ、サファイア国王の元へ参ろう」
「はい、お父様」
するりと腕に手を回してきたアリスと共に王宮の中へ続く大きな扉へ向かった。
その扉の前に一人の男が立つ。
「ようこそお越しくださいました。エメラルド国王様方」
愛想笑いだとすぐに分かる薄い笑み。
一国の王が訪ねてきているというのに馬車から降りた時に出迎え一つなく、やっと現れたかと思えばこの男一人のみ。
どういうつもりだ、サファイア国王。
*
「大層な行列を引き連れて一体何用ですか」
用意された広い部屋でようやく現れたサファイア国王。
確かに聞いた話に違わぬ美しい容姿。
年も大国の王としては若すぎるように見えた。
とても魔の国の長とは思えない。
だがそれ以上に驚き、不快だったのは、その表情も態度も思い描いていたものとはかけ離れていたことだ。
本来なら今この瞬間、サファイア国王は我々にひれ伏す立場にあるはず。
私の娘を死なせたことに許しを請わねばならないはずだ。
魔の国とはこれほどまでに傲慢なものなのか。
いや、ここで対立してしまっては意味がない。
サファイア国を手にするためなら、多少は私から折れてやるべきか。
「サファイア国王。こうやって相まみえることは初めてであるが、まずは魔の国と言いがかりをつけ、戦争に至ってしまったことを心から謝罪しよう。いろいろと誤解があったようだ。これからは仲良くしてもらえればと思う」
「仲良く、ですか」
眉をひそめ、不審げな表情。
依然としてサファイア国王の毅然とした態度は揺るがない。
ならもうこちらから切り出すしかない。
「オリビアが死んだそうですな」
サファイア国王の顔が険しいものになる。
やはり気まずいのだろう。
思わず頬がゆるむ。
これは、大きな貸しを作れそうだ。
「いやぁ、なに。アリスから話は聞いているが事故だったそうじゃないか。そんなに気にされなくていい。オリビアは不出来な娘だった。あの子にはもったいない縁談だと思っていたのだ」
なんと懐が大きいのか。
なんと慈悲深いのか。
見るからに経験が浅そうな若造。
こうやって許してやれば絆されるに決まっている。
さぁ、謝罪しろ。
「代わりといってはなんだが、こちらのアリスを妻として迎えてもらえないだろうか」
そして、感謝しろ。
エメラルド国に、私たちに恩恵をもたらすために。
サファイア国王は顔を俯かせ、目元を手で覆い、肩を震わせた。
泣いている?
オリビアを死なせた罪悪感で?
エメラルド国に対する申し訳なさで?
それとも、我々の温情に感動して?
だが、再び顔を上げたサファイア国王の顔に、それらは一つもなかった。
読み取れる表情。
それは明らかな侮蔑だった。
見下したような嘲笑。
嫌悪を隠そうともしない冷たい瞳。
「お断りします」
そして、はっきりとこちらを突き放す声音。
ぶちりっとこめかみに青筋が浮かぶのが分かった。
大国の王?
そんなのもうどうでもいい!
「こちらが下手に出ていればいい気になりよって!このガキ!お前は私の可愛い娘を死なせたんだぞ!それに対して謝罪の一つもないのか!無礼者!」
「可愛い娘?何のことです?あなたの可愛い娘なら今もあなたの隣にいるではありませんか」
「アリスの話ではない!オリビアを死なせただろう!」
サファイア国王が意味深ににやりと笑う。
「先ほどからオリビアが死んだと何度もおっしゃられているが、一体なんのことです?」
なるほど。
こいつ、シラを切るつもりか。
「隠そうとしても無駄だ。アリスから話は聞いている。違うというのなら今すぐオリビアをここに連れてくるといい」
不可能だ。
できるわけがない。
それなのにサファイア国王の顔色は変わらない。
「あまり気は進まないのですが、仕方ありませんね」
サファイア国王は側近の男に目で合図を送り、男は広間を出て行った。
しばらくして広間の扉が再び開かれる。
側近の男と共に現れた人物。
その顔と姿に驚愕した。
「オリビア・・・・・・」
どういうことだ。
生きていたのか。
「きゃぁあああっ!!」
突然隣にいたアリスが叫び出した。
「化け物っ!化け物よ!」
アリスが私の服にしがみつく。
「お父様、騙されないで!わたくし、見ましたの!オリビアが死ぬところ!ここは魔の国だから、死者が蘇ったんだわ!気持ち悪い!」
「また、“魔の国”ですか」
呆れたようにサファイア国王が呟く。
しかしそんなことはどうでもよかった。
私はオリビアから目が離せなかった。
エメラルド国ではありえないほど上質な布のドレスを身に纏い、背中や腕、胸元などは惜しみなく肌を露わにしている。
傷ひとつなく陶器のような肌。
化粧を施され、実際の年齢よりも大人びて見える。
美しい。
私はその美貌に覚えがあった。
「シェリア、か?」
その姿形は弄び、子を成し、捨てた女によく似ていた。
すぐさま王妃と大勢の従者を引き連れてエメラルド国を発ち、アリスが待つサファイア国へと向かった。
可愛い娘の嫁入り。
大国を手中に。
それらの想いがエメラルド国王を興奮させた。
あぁ、早く。
早く、あの国を我が物に。
貧しい国なんてもう要らない。
私にふさわしくない。
自慢の娘のおかげで私はサファイア国を手に入れ、それを足掛かりに世界すらも手に入れられるかもしれない。
サファイア国王が住む城の門をくぐり、王宮の前に馬車が停まる。
「お父様!」
馬車を降りてすぐに可愛い娘の声が聞こえた。
「アリス!出迎えてくれたのか」
愛する娘をこの手で抱き締める。
「元気にしていたか?様子は……」
「どうだ?」と言いかけて言葉を止めた。
アリスの様子がおかしい。
オリビアが死んで、サファイア国王は既にアリスに夢中になっているはずだ。
アリスは今、幸せの絶頂にいるはずだ。
それなのに、今のアリスは思っていたものと全く別の顔をしていた。
表情は暗く、泣き腫らしたかのように目の周りが赤い。
そこで違和感に気付く。
アリスの後ろに控えているのは全てエメラルド国の者たちだ。
侍女どもの顔など誰一人覚えていないが服装などで分かる。
アリスの傍に誰一人サファイア国の者がいない。
冷遇されている?
そんな馬鹿な。
私の可愛い自慢の娘が?
オリビアは優遇されていたという話だったのに何故……。
「お父様!」
アリスに呼ばれ、はっと我に返る。
慰める王妃の腕の中で、アリスは不安げな表情でこちらを見ていた。
安心させるようにその顔を優しく両手で包む。
「私の可愛いオリビア。一体何があったというのだ。こんなにやつれてしまって」
「お、とう……さま。わたっ……わたくしっ……」
王妃が優しくその小さな背をさすってやる。
「アリス。ゆっくりでいいわ。何があったのか話して」
アリスはぼろぼろと涙を流し、嗚咽しながら今の状況を説明した。
サファイア国王の寵愛が一向に受けられないこと。
それどころか他のサファイア国の者さえアリスに無関心であること。
「わたくしっ……悔しくて!悔しくて!」
一体どうして。
オリビアは恵まれ、アリスにはそれがない。
だが、その理由はすぐに思い当たった。
「安心しなさい、アリス。サファイア国王はお前に関心がないのではない。お前に合わせる顔がないのだ」
何故ならオリビアが死んだのはサファイア国の落ち度だから。
そのことを説明するとアリスの表情が少しだけ明るさを取り戻した。
「そう……かも、しれませんわ」
「そうだとも。この国はオリビアを死なせた。だからもう大きい顔はできないはずだ」
サファイア国は隣国の姫を死なせてしまった責任を取らなければならない。
しかし懐が深い我が国はそれを許し、さらにオリビアよりも美しいアリスを嫁として差し出す。
サファイア国王は私に大きな借りを作ることになるのだ。
その借りを返すためにサファイア国は未来永劫エメラルド国から搾取され続けることになる。
「さぁ、サファイア国王の元へ参ろう」
「はい、お父様」
するりと腕に手を回してきたアリスと共に王宮の中へ続く大きな扉へ向かった。
その扉の前に一人の男が立つ。
「ようこそお越しくださいました。エメラルド国王様方」
愛想笑いだとすぐに分かる薄い笑み。
一国の王が訪ねてきているというのに馬車から降りた時に出迎え一つなく、やっと現れたかと思えばこの男一人のみ。
どういうつもりだ、サファイア国王。
*
「大層な行列を引き連れて一体何用ですか」
用意された広い部屋でようやく現れたサファイア国王。
確かに聞いた話に違わぬ美しい容姿。
年も大国の王としては若すぎるように見えた。
とても魔の国の長とは思えない。
だがそれ以上に驚き、不快だったのは、その表情も態度も思い描いていたものとはかけ離れていたことだ。
本来なら今この瞬間、サファイア国王は我々にひれ伏す立場にあるはず。
私の娘を死なせたことに許しを請わねばならないはずだ。
魔の国とはこれほどまでに傲慢なものなのか。
いや、ここで対立してしまっては意味がない。
サファイア国を手にするためなら、多少は私から折れてやるべきか。
「サファイア国王。こうやって相まみえることは初めてであるが、まずは魔の国と言いがかりをつけ、戦争に至ってしまったことを心から謝罪しよう。いろいろと誤解があったようだ。これからは仲良くしてもらえればと思う」
「仲良く、ですか」
眉をひそめ、不審げな表情。
依然としてサファイア国王の毅然とした態度は揺るがない。
ならもうこちらから切り出すしかない。
「オリビアが死んだそうですな」
サファイア国王の顔が険しいものになる。
やはり気まずいのだろう。
思わず頬がゆるむ。
これは、大きな貸しを作れそうだ。
「いやぁ、なに。アリスから話は聞いているが事故だったそうじゃないか。そんなに気にされなくていい。オリビアは不出来な娘だった。あの子にはもったいない縁談だと思っていたのだ」
なんと懐が大きいのか。
なんと慈悲深いのか。
見るからに経験が浅そうな若造。
こうやって許してやれば絆されるに決まっている。
さぁ、謝罪しろ。
「代わりといってはなんだが、こちらのアリスを妻として迎えてもらえないだろうか」
そして、感謝しろ。
エメラルド国に、私たちに恩恵をもたらすために。
サファイア国王は顔を俯かせ、目元を手で覆い、肩を震わせた。
泣いている?
オリビアを死なせた罪悪感で?
エメラルド国に対する申し訳なさで?
それとも、我々の温情に感動して?
だが、再び顔を上げたサファイア国王の顔に、それらは一つもなかった。
読み取れる表情。
それは明らかな侮蔑だった。
見下したような嘲笑。
嫌悪を隠そうともしない冷たい瞳。
「お断りします」
そして、はっきりとこちらを突き放す声音。
ぶちりっとこめかみに青筋が浮かぶのが分かった。
大国の王?
そんなのもうどうでもいい!
「こちらが下手に出ていればいい気になりよって!このガキ!お前は私の可愛い娘を死なせたんだぞ!それに対して謝罪の一つもないのか!無礼者!」
「可愛い娘?何のことです?あなたの可愛い娘なら今もあなたの隣にいるではありませんか」
「アリスの話ではない!オリビアを死なせただろう!」
サファイア国王が意味深ににやりと笑う。
「先ほどからオリビアが死んだと何度もおっしゃられているが、一体なんのことです?」
なるほど。
こいつ、シラを切るつもりか。
「隠そうとしても無駄だ。アリスから話は聞いている。違うというのなら今すぐオリビアをここに連れてくるといい」
不可能だ。
できるわけがない。
それなのにサファイア国王の顔色は変わらない。
「あまり気は進まないのですが、仕方ありませんね」
サファイア国王は側近の男に目で合図を送り、男は広間を出て行った。
しばらくして広間の扉が再び開かれる。
側近の男と共に現れた人物。
その顔と姿に驚愕した。
「オリビア・・・・・・」
どういうことだ。
生きていたのか。
「きゃぁあああっ!!」
突然隣にいたアリスが叫び出した。
「化け物っ!化け物よ!」
アリスが私の服にしがみつく。
「お父様、騙されないで!わたくし、見ましたの!オリビアが死ぬところ!ここは魔の国だから、死者が蘇ったんだわ!気持ち悪い!」
「また、“魔の国”ですか」
呆れたようにサファイア国王が呟く。
しかしそんなことはどうでもよかった。
私はオリビアから目が離せなかった。
エメラルド国ではありえないほど上質な布のドレスを身に纏い、背中や腕、胸元などは惜しみなく肌を露わにしている。
傷ひとつなく陶器のような肌。
化粧を施され、実際の年齢よりも大人びて見える。
美しい。
私はその美貌に覚えがあった。
「シェリア、か?」
その姿形は弄び、子を成し、捨てた女によく似ていた。
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