実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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美しさだけがとりえの女だった。

カネもない、権力もない。
ただのしがない踊り子。

根無し草のように様々な国を渡り歩き、流浪の旅を続ける女。

そんな女を一つの場所に縛り付けたなら。
それが我が手中であったなら。

面白いだろうなと思った。
ただ、それだけ。

愛や好意なんて何もない。

いざ子を成し、我のモノになってしまえば興味なんてすぐに失せた。

顔と身体は良いモノを持っていたからその後も気まぐれに抱いてやったが、愛着なんてまるでない。

あっさり死んだ時も何も感じなかった。

それなのに。

目の前に瓜二つの女が現れ、再びあの頃の欲求を思い出した。

そうだ、これほど美しい女だった。

「オリビアではないか。見違えたぞ。母親にそっくりだ」

隣で王妃が「陛下!」とヒステリックな声を上げたが、気にならない。

初めて我に呼び出されたときはあんなにもびくびくしていたくせに、今はサファイア国王の隣で凛とした立ち振る舞いを見せていた。

むしろこちらを見るその瞳には冷ややかなものさえ感じる。

母親と同じだ。

我が物にしようとした時に見せた嫌悪を含んだ瞳。

あぁ、欲しい。
もう一度。

そしてもう一度思い知らせてやりたい。
己の立場と身の程を。

「オリ……」

「あげないよ」

再び呼びかけようとするが、それをサファイア国王に遮られる。

「オリビアが生きていることは証明しました。もう用はないでしょう。さっさとお帰りください」

敬意も礼儀も感じられない淡々とした口調。

「な、ぜだ……何故オリビアを欲しがる……代わりにアリスを嫁がせると言っているじゃないか……何もかもオリビアより優れた私の可愛い娘だ。オリビアでなくてもいいだろう」

アリスはこの国へ嫁いで幸せに。
オリビアは再び私の元へ……。

「私が欲しいのは、最初からオリビアだけです。あなたの可愛い娘など欲しくはない」

アリスが声を上げて泣き出した。
どうにかしてやりたいが、オリビアが生きていると分かった今、こちらにはもう切り札がない。

「何故、オリビアの存在を知っていた。何故……一体、何故……」

オリビアの存在はエメラルド国民さえ知らない。
それなのに何故隣国の王がオリビアのことを知っている。

それも、オリビアがこの国に来るより前から。

サファイア国王は目を細め、意味深に笑った。

「どうだっていいことでしょう?今まで気にも留めなかった娘のことですから」

エメラルド国でのオリビアに対する扱いも知っている。
内通者がいるとしか思えない。

何もかもが思い通りにならない怒りに噛み締めた奥歯が軋む。

ここは引き下がるしかない。
サファイア国に非がない上に、こちらは所詮敗戦国。
交渉の場では不利でしかない。

帰ってエメラルド国の情報を売ったスパイを見つけ出さねば。
私に恥をかかせたのだ。
死よりも恐ろしい罰を与えてやる。

王妃やアリスの声を無視し、サファイア国王へ背を向けた。

別れの挨拶もせず、この場から立ち去る。

それしか、できなかった。

王宮の外に出て、馬車に乗り込み時も奴らは見送りの者さえ寄こさなかった。

それが余計に惨めな気持ちにさせる。

「許さぬ!絶対に許さぬぞ!魔族どもめっ!」

怯える王妃たちに構わず、怒号をあげる。
アリスにいたってはいまだに声を上げて泣き続けている。

可愛い娘の涙に少しだけ正気を取り戻す。

「おぉ、すまない。アリス、お前は何も悪くない。全てはあの汚らわしい魔物たちのせいだ」

「そ、そうよ!」

王妃もアリスに寄り添い必死に賛同する。

「あなたを傷つけた者には必ず罰が下るわ。大丈夫。アリスは何も悪くないもの。お父様がきっとカタキを討ってくださるわ!」

アリスが涙で腫れた痛々しい瞳でこちらを見る。
哀れな姿に胸が痛む。

「もちろんだとも。私が必ずお前の無念を晴らしてやろう。奴らはいずれ必ず地獄を見る。オリビアも含めてな」

そう言ってやれば可愛い娘は安堵したように微笑んだ。

あぁ、なんとしても奴らに復讐しなければ。
何の罪もないいたいけな娘を傷つけられたのだから。

なにか……なにか、方法はないか。
もういっそオリビアを殺してしまうか。
今回はオリビアと話す機会がなかったとはいえ、今後全く会わないわけではないだろう。
家族なのだから。
次にオリビアに会いに行った時にでも殺してしまえば……。
そんなにオリビアが大事だというのなら、サファイア国王からそれを奪ってしまえば……。

ガタンッ!!

突然の衝撃音と激しい揺れに思考が遮られた。

「何事だっ!!」

馬車の窓から外を見れば、既に辺りは暗く見通しが悪い。
深く考え込んでいるうちに、サファイア国の城から遠く離れた森の中まで来ていたようだ。

馬車が乱暴に停車する。

馬車の中にいた者全てがバランスを崩し、椅子から転げ落ちた。

状況が把握できない不安と緊張で、静けさが辺りを支配する。

「ひぃっ!!化け物っ!!」

静寂を突き破ったのは御者の悲鳴だった。

それを皮切りに次々と従者たちの叫び声が耳をつんざく。

「なにっ!?なになに!?」

アリスが恐怖に染められた表情で外の様子をうかがおうとする。

「下がってなさい」

扉に近づこうとするアリスを制し、代わりに取っ手に触れようとした。
が、それよりも早く激しい金属音と共に扉が外から開かれた。

いや、正確には破壊された。

「こんばんは。またお会いしましたね」

妖しい笑みを見せながら現れた一人の男。

闇夜に浮かぶその姿は、間違いなくサファイア国王の側近だった。
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