実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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馬車の中でお母様と身を潜めていたわたくしの耳にお父様の叫び声が聞こえた。

「お父様っ」

こんなことありえない。
ありえないはずよ。
だって、わたくしは王女だもの。
選ばれた人間だもの。

ありえない。ありえない。

こんなところで。
こんな陰湿な森の中で死ぬなんてありえない。
魔獣に食べられて死ぬなんてありえない。

わたくしが今ここで死ぬなんて……。

「ありえない!!」

「何がありえないのです?」

先程までお父様といたはずの男がいつの間にか不気味な笑みを浮かべて目の前にいた。

「ひっ……」

「アリス様、あなたずっと目障りだったんですよねぇ。いやぁ、これでやっと清々します」

目を細め、弧を描く男の口元が得体の知れない恐れを助長させる。

「あ、あんた!どうしてオリビアの味方をするの!主人を裏切るつもり!?」

「おや、裏切るとは?」

「どこまで無能なの!ロゼ様が誰を愛しているかも知らないなんて!」

「誰を?オリビア様に決まっているではありませんか。最初からずーっとロゼリアージュ様はオリビア様しか眼中にありませんよ。妃としてお迎えしたかったのも初めからあなたではなく、オリビア様。もしかしてロゼリアージュ様のお心があなたにあるとでも?」

「馬鹿なことを」とまるで面白い話を聞いたかのように男は笑った。

「そんなはず……だってロゼ様はわたくしの虜のはずで……わたくしのこと大好きで大好きで、愛しているはずで……」

だって、エメラルド国ではみんなそうだったもの。
みんな、わたくしのことが大好きだった。

だからロゼ様もわたくしに求婚したのよ。
そりゃ最初はオリビアを送ったりなんかして冷たい対応をとってしまったかもしれないわ。
でも仕方ないじゃない。
魔の国の王がわたくしに相応しい方だったなんて知らなかったんだもの。
だからわたくしが会いに来てあげたじゃない。
なかなか素直になれないロゼ様に歩み寄ってあげたじゃない。

それが……初めからオリビアだった?
わたくしではなく?

「そんなことあるはずないわ。誰がわたくしよりあんな娘を好きになるっていうのよ」

「あなたは本当に我が国の王のことが大好きなんですねぇ」

大好き?
違うわ。

大好きなのはロゼ様の方よ。
ロゼ様がわたくしを愛しているの。

それが、最初から違う?
じゃあロゼ様は誰が好きなの?

オリビア?
あんな妾の娘が?

違うわ。

違う違う違う!!

「ロゼ様がわたくしを好きなのよぉ!わたくしは!わたくしはっ!!」

「愛してはいないと?」

「そうよ!ロゼ様がわたくしを愛していると言うから、わたくしも愛してあげてもいいと思っただけよ!!」

「では、誤解も解けたことですし、オリビア様がロゼリアージュ様と結ばれても問題ありませんね」

それは……。

「それは嫌ぁっ!!」

「どうして?」

「だって……だって……」

「どうしてロゼリアージュ様に執着するのです?」

執着なんてしていないわ。

だってそれじゃあ、わたくしだけが……。

「うそよぉ!!わたくしだけがロゼ様を愛しているなんてっ!!」

「身の程を知らないあなたは都合の悪い現実を見ることも出来ず、ただただ妄執に囚われている。オリビア様が眠り姫ならば、さしずめあなたは狂い姫ってところですね」

「うそよ……うそ……」

「ではアリス様、どうぞ逝ってらっしゃいませ。すぐに他の者も後を追わせます。ご安心を」

男が立ち去るのを止めることも出来ず、ただただ絶望だけが支配していた。

なんて惨めな最期。
このわたくしが魔獣なんて汚らわしいものに食べられて終わりなんて。

「いや……いやぁああっ……お父様ぁっ……お母様ぁっ……」

迫りくる魔獣にただひたすら叫び続けた。
助けを求め続けた。
最後の最後まで。

すぐ隣にあったはずの温もりが、いつの間にかなくなっていることにすら気付けぬまま……。
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