お願いです、私を悪役令嬢にしないでください。じゃないと……国が滅びますよ。

曼珠沙華

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「さっそくでございますが、結論から申し上げますとアイシラ嬢はまぎれもなく精霊憑きです」

「精霊憑き?」

「精霊に愛された人のことです」

お父様の問いにクレイ様が答える。

「それは神官様方と同じということでしょうか?」

クレイ様は首を横に振った。

「いえ、確かに私たちは精霊や神の加護を受けていますが、それは愛されているからというわけではありません。相性といいますか……ただ生まれながらに体質や魔力の性質が精霊や神と繋がりやすいからというだけなのです。ですから精霊に愛されているアイシラ嬢は私たちとは全く異なった存在です」

異なった存在。
その言葉がひどく不安にさせた。

神官様たちと同じであれば、大した問題ではないと思っていたのに。

「アイシラは……アイシラはどうなってしまうのでしょう?大丈夫なのですか?」

お母様が心配そうに尋ねる。

「過去に精霊に愛された人間は存在します。同じように精霊を愛した人もいれば、精霊を恐れて我々神官が祓った人もいます」

「ならアイシラもっ……」

「ですが……」

クレイ様の表情が曇る。
「相手が悪すぎます……」と。

「精霊には低級、中級、上級の位があります。私が力を借りている精霊は上級です」

「まぁ!ではクレイ様ならアイシラに憑いている精霊を……」

「先ほども言いましたが相手が悪すぎます。アイシラ嬢に憑いている精霊はその全てを束ねる……王です」

両親、祖父母の顔色が変わる。

アイシラの言葉は正しかった。
神官様がそう言えば、もう幼い子供の作り話ではない。

「精霊王は……誰にも祓うことができません。とても強大な存在なのです。そしてまた、その精霊王に憑かれたアイシラ嬢も強大な存在です」

「どういうことですか?」

「アイシラ嬢、精霊王に何を言われましたか?精霊王に魅入られながら、何故解放されたのですか?」

湖の底で何があったのか。
何を言われたのか。

アイシラはその全てを話した。

お嫁さんになってほしいこと。
名前を呼ばれたこと。
そして、精霊になるかもしれないこと。

全てを話し終えた時、お母様は泣いていた。

「アイシラ嬢、よくお聞きください。これから先、あなた自身、そしてこの国の命運があなたの心情に託されます。幼い身で過酷とは思いますが、人間のままでいるためには精霊王が言う傷つき、悲しむ感情を捨てなければなりません」

「そんなのっ……無理よっ……どうしてアイシラが……!」

お母様が声を上げて泣いた。

その姿に胸を締め付けられた。

私が言いつけを破って一人で湖に行ってしまったばかりに……。
一人で湖に行かなれば……。
湖に落ちなければ……。

こんなことにはならなかったのだ。

泣きたい気持ちをこらえる。
全て自業自得だ。

悲しくない。辛くない。

私は……きっと、大丈夫。

「今すぐ王宮にこのことを伝えなければ……!」

王宮なら王子の婚約者であるアイシラを助けてくれると考えたのか、お父様がすぐに部屋を出て行こうとする。

「お待ちください!」

クレイ様が慌ててお父様を止める。

そしてじっと私の方を見つめた。
いや、正確には私の隣を……。

「王宮には伝えないでください」

「何故ですか!」

「……精霊王がそれを望んでいるからです」

クレイ様の視線の先。
誰もいないはずの空間に恐怖を覚えた。

「精霊王は神官ですら誰も目にしたことがありません。それだけ特別な存在なのです。ですから……私は今、初めてその姿を目にしています」

ちらりと隣を見る。

「精霊王は、今もアイシラ嬢の隣にいます」

悲鳴を上げそうになるのをなんとかこらえた。

「おそらく私にだけ見えるようにしているのでしょう。私がこの部屋に入らないのはそういう理由です。精霊王は私がこの部屋に入ることを拒んでいる。一歩でも入れば私は精霊王に殺される、少なくとも精霊の加護は取り上げられるでしょう」

「どうして神官様を……祓うことはできないのでしょう?」

「祓われることを拒んでのことではありません。恐ろしいほどのアイシラ嬢に対しての執着を感じます……そして嫉妬……理由はおそらく、私が男だからでしょう」

あ、神官様は男だったんだ。
こんな状態なのに間の抜けたことを思ってしまった。

もう一度、誰もいない隣を見る。

神官様が男だから、嫌だったの?

特別な存在と言われているけれど、なんだか人間みたいだった。

そっと精霊王がいると言われた場所に右手を伸ばした。
突然隣に精霊王がいると言われ、驚き恐怖したが、今は不思議と怖くない。

思い出されるのは怖い思いをした記憶ではなく、水の底で見せた精霊王の無邪気な笑顔。
強大な存在、特別な存在……でも、彼はとても人間みたいだった。

ふと伸ばした右手が温かくなった。

手を握っているのかな。

私を気に入ったと言った彼。
それは恋?
でも、私には恋なんてまだ分からないし、王子様と結婚する約束をしている。

だからね、私は精霊にはなれない。

すっと右手を引く。

「アイシラ嬢、私は精霊王の意に反することができません。どうかお許しください。名前を知られてしまったあなたは魂が精霊王と繋がっている。あなたの心ひとつで全てが変わってしまいます。覚えていてください」


私が人間であるために、そしてこの国のために、私は心を殺さなきゃいけない。
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