お願いです、私を悪役令嬢にしないでください。じゃないと……国が滅びますよ。

曼珠沙華

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「ここにアイシラはおりません」

国王陛下一行は多くの従者を引き連れ、仰々しくアイシラの祖父母の屋敷を訪ねた。
だが、出迎えた両親に最初に言われた言葉がそれだった。

てっきり精霊王とともにこの屋敷にいると思ったのだが。

「アイシラ嬢は今どこに?」

陛下が尋ねる。

父親は目を逸らし、ため息をついた。
その顔は少しやつれていて、その表情にはあからさまな嫌悪と失望があった。

「……湖ですよ。大きい湖なので森に入ればすぐに分かります」

アイシラの父親は公爵という高い身分に位置するが、穏やかな性格で物腰は柔らかく、こんなぶっきらぼうな態度をとる人物ではなかった。

「アイシラ嬢は精霊王と共に?」

「えぇ……」

ならばこれ以上ここに用はない。

すぐに陛下は従者たちとともに湖へ向かおうとした。

「どうか放っておいてもらえないでしょうか?」

アイシラの母親だった。

母親も父親と同じようにやつれ、その瞳に光はなかった。

「なに?」

「精霊王に奪われ、もう二度とアイシラは戻ってこないでしょう。取り戻せないのなら、私たちにできるのはせめてこれから先の娘の幸せを願うばかりです。どうか精霊王を刺激しないでください」

意外な言葉だった。

まだアイシラ嬢に気持ちが残っていたとは。
てっきりアンナ嬢に心を奪われ、腫れ物のように扱わなければならないアイシラ嬢には愛想を尽かしたものだと思っていたが。

「不憫には思うが、それはできない相談だ。わしにはこの国を救わねばならぬ使命があるのでな」

母親の瞳が恨めしいものに変わる。

「どこまで……どこまで、アイシラを不幸にすれば気がすむの?あなたたちがアイシラを大事にさえしてくれれば!」

「なんだと?」

陛下の顔に青筋が浮かぶ。

すかさず父親が母親を後ろに下がらせた。
侍女たちに母親を部屋へ連れて行くように命じる。

国王陛下に無礼を働いたのだ。
父親の判断は賢明だろう。

ひとつ愚かなのは母親に謝罪させなかったことだが……。

まぁ、ここは王の寛大なところを見せておこうか。

そう思っていたのに。

「我々はあなた方を憎んでいます」

父親の口から出たのは母親と同じ非難の言葉だった。

「精霊王の強大な力の前に、我々は無力で何もできなかった。アイシラを救うことができなかた。あなた方を憎むなどお門違いなのかもしれない。けれどあなた方が故意にアイシラを傷つけ、それによって精霊王にアイシラを奪われた。あなた方を憎まずにはいられません」

解せない。
まるでこちらを悪者のように言いおって。

「おぬしらも同罪だろう。アイシラ嬢に愛想を尽かし、義妹ばかりに愛情を注いできたのだから」

父親が訝しげな顔をする。

「義妹?何を言っておられるのですか?私の娘はアイシラだけですよ」

どういうことだ?
アンナ嬢はまぎれもなくアイシラ嬢の義妹のはず。

リカの話では卒業パーティ後、アンナ嬢は姿を消してしまったらしいが、家族の元にも戻っていないのか。

いや、そうだとしても「娘はアイシラだけ」という発言はおかしい。

アイシラ嬢を精霊王にとられ、おかしくなったのか?

それとも自分の罪から逃れるためにこちらをたばかっているのか。

それにしても母親と同様、無礼な発言の数々。
これ以上見過ごすことはできなかった。

「おぬしらのわしに対する無礼な発言。それを今ここで糾弾しないのはわしの温情だ。口を慎め」

父親はハッと鼻で笑った。

「終わる国の王など、何も恐れることはありませんよ」

やはりおかしくなってしまっているのか。

処分は精霊王との謁見が終わってから考えよう。

いや、場合によっては免罪も考えなければ。


何故なら彼らは精霊王が気に入った娘の両親だから。


国王陛下たちは馬車へ乗り込み、湖へと急いだ。
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