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1章
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「魔王城にはたくさんの宝があります。欲しい人は取りに来てください」
そう言ったのは魔王城の主。
この魔王様は非常に好戦的であり、その話を聞いて挑んでくる者達を拳で殴り飛ばしていた。
魔王様に敵うものはいないと言われ、その凶暴さは人間界にも広く轟いていた。
魔王城は人間界と魔界へ続く大穴との境界に建っており、魔族も人間も挑んでくるという。
「陛下、そろそろですね」
「リタ、その話はしないでください」
大広間で悠然と座っていた魔王様は、話しかけられて憂鬱そうに頭を抱えた。
魔王様に話しかけるのは、リタと呼ばれた魔王様の忠実なる僕の魔族。
肩に付かない程のグレーの髪に、声は少し高く、表情はない。肌の色が極端に白いことを除けば人間とほとんど変わらなかった。
「ですが、待っているのではありませんか?」
「どこの誰が待っていると言いたいんですか?」
低く怒気を含んだ声で魔王様はリタを凝視した。綺麗で中性的な顔を歪め、白い肌を赤くし、長髪ストレートな髪を逆立てている。赤い衣は今の魔王様の心情を表しているようだった。
魔王様も極度に白い肌を除けば人間のようであり、花を持ち赤い衣が舞えば、麗しい踊り子のようだった。
ただし魔王様の衣が舞う時は、拳を握って挑戦者に殴りかかる時だった。
「陛下です」
「待っていません」
リタの言葉を遮るように直ぐに魔王様は言い返す。
リタは目を伏せて「はぁ」とため息を吐き、魔王様は目をますます細くしてリタを睨み付ける。
「これで終わりです……」
ぼそっと魔王様が呟いた時に、律儀にドンドンとノックの音が聞こえてきた。
入って来たのは人間界で勇者を名乗る1人の青年だった。
「魔王様入るよ。今日は勝ちに来たよ」
「………」
入ってきた勇者は白い衣に軽い甲冑を付け、髪は黒髪で腰あたりまで緩く三つ編みで結わえており、精悍な顔立ちをしている。
魔王様は髪を耳にかけてから憂鬱そうに椅子から立ち上がると、グッと拳を握る。
「今日こそは勝ちます!」
人間界には100年に1度、天雷が落ちると言われている。その天雷を防ぐために、様々な宝物のある魔王城へ勇者が挑んでくる。もちろん私欲で挑んでくる連中もいた。
この勇者もそのような名目で魔王様に挑み続けて3年が経っている。
勇者も剣を抜き、少し前に構える。
ふっと風が流れた瞬間、魔王様は踏み込んでおり、勇者は前に構えた剣で拳を流そうとする。
魔王様の握った拳には魔力が流れているため、拳を流すだけで身体が僅かにバランスを崩すが、立て直し切り上げようとする。
魔王様の左手で剣を防がれ、また右拳が迫り弾かれた剣をまた前に構えて防ぐ。
ふわりふわりと赤い衣が舞い、髪が舞い、微かな匂いから薔薇が咲いたようだった。
この攻防を幾度となく行い、2人の口角は少し上に歪んでいる。
「また始まりましたね」
リタはいつ終わるのか、ぼーっと眺めていた。
30分は経ったであろう時に、とうとう勇者が根を上げた。
「疲れた、今日はここまでにしない?」
勇者はカチンと剣を鞘へ戻して言った。勇者の肩は上下に揺れているが、深く息を吐くと既に呼吸は整っていた。
魔王様も殺したいわけではなく、戦いたいだけなので拳を下ろした。
「はい、では帰ってください」
と、既に関心を失ったかのように椅子に座って俯き、吐息をついて手をひらひらと振った。
「今日はいやに冷たくない?」
「ランシュエ、早く帰ってください」
「リンドハイム魔王陛下?」
「気安く呼ばないでください」
「なぜ?いつも呼ばせてくれるのに」
言葉を発するごとに、1歩1歩と勇者は魔王様に近づいていく。
コツコツと地面を鳴らし、ついには魔王様の目の前に立った。魔王様は俯いていた顔を上げると紅玉の虹彩が勇者を見上げ、勇者の蒼玉の虹彩と重なった。
「本当にリンドハイム魔王様は美しい」
「………」
勇者は真面目な顔でそう言った。
魔王様は忌々しそうにした後、片頬だけ上げて嘲笑った。
「これは驚きです。ランシュエの守備範囲はとても広いのですね」
「そんなことはない。私は誰かを美しいと思ったことはない」
勇者は手を伸ばし、魔王様の髪を一束掬い、耳を露出させて、口を寄せて言った。
「私といい事をしない?」
「………」
グッと魔王様の眉が寄った刹那、右手は拳を握って、勇者の顔面を狙ったが空を切ってしまった。
「危ない、危ない」
勇者は微笑みながら、拳が飛んでくることを予測して僅かのところで避けていた。
「私に勝てたことないのに、よくそんな事を言えますね」
魔王様の怒気がこもった目は、勇者を捉えて離さない。
「わかった、それならベッドの上で勝負しよう」
この勝負という言葉に弱い魔王様の頭の中には「勝てば良い」という文字列が浮かんだ。
「良いでしょう、勝ちます」
「陛下、それは勇者様の思う壺では?」
自分の言うことを聞く魔王様ではない事を、リタは理解していたが、言わずにはいられなかった。
口を挟むなと言いたげな勇者は鋭い蒼玉でリタを見つめるが、リタは視線を感じても無視した。
「リタの言いたいことはわかりますが、これはチャンスです」
魔王様は凶悪な笑みを浮かべて「着いてきてください」と勇者に言うと、勇者も楽しそうな笑顔を浮かべて魔王様に着いて行った。
「陛下………」
リタは忠実なる僕として、魔王様の無事を祈った。
そう言ったのは魔王城の主。
この魔王様は非常に好戦的であり、その話を聞いて挑んでくる者達を拳で殴り飛ばしていた。
魔王様に敵うものはいないと言われ、その凶暴さは人間界にも広く轟いていた。
魔王城は人間界と魔界へ続く大穴との境界に建っており、魔族も人間も挑んでくるという。
「陛下、そろそろですね」
「リタ、その話はしないでください」
大広間で悠然と座っていた魔王様は、話しかけられて憂鬱そうに頭を抱えた。
魔王様に話しかけるのは、リタと呼ばれた魔王様の忠実なる僕の魔族。
肩に付かない程のグレーの髪に、声は少し高く、表情はない。肌の色が極端に白いことを除けば人間とほとんど変わらなかった。
「ですが、待っているのではありませんか?」
「どこの誰が待っていると言いたいんですか?」
低く怒気を含んだ声で魔王様はリタを凝視した。綺麗で中性的な顔を歪め、白い肌を赤くし、長髪ストレートな髪を逆立てている。赤い衣は今の魔王様の心情を表しているようだった。
魔王様も極度に白い肌を除けば人間のようであり、花を持ち赤い衣が舞えば、麗しい踊り子のようだった。
ただし魔王様の衣が舞う時は、拳を握って挑戦者に殴りかかる時だった。
「陛下です」
「待っていません」
リタの言葉を遮るように直ぐに魔王様は言い返す。
リタは目を伏せて「はぁ」とため息を吐き、魔王様は目をますます細くしてリタを睨み付ける。
「これで終わりです……」
ぼそっと魔王様が呟いた時に、律儀にドンドンとノックの音が聞こえてきた。
入って来たのは人間界で勇者を名乗る1人の青年だった。
「魔王様入るよ。今日は勝ちに来たよ」
「………」
入ってきた勇者は白い衣に軽い甲冑を付け、髪は黒髪で腰あたりまで緩く三つ編みで結わえており、精悍な顔立ちをしている。
魔王様は髪を耳にかけてから憂鬱そうに椅子から立ち上がると、グッと拳を握る。
「今日こそは勝ちます!」
人間界には100年に1度、天雷が落ちると言われている。その天雷を防ぐために、様々な宝物のある魔王城へ勇者が挑んでくる。もちろん私欲で挑んでくる連中もいた。
この勇者もそのような名目で魔王様に挑み続けて3年が経っている。
勇者も剣を抜き、少し前に構える。
ふっと風が流れた瞬間、魔王様は踏み込んでおり、勇者は前に構えた剣で拳を流そうとする。
魔王様の握った拳には魔力が流れているため、拳を流すだけで身体が僅かにバランスを崩すが、立て直し切り上げようとする。
魔王様の左手で剣を防がれ、また右拳が迫り弾かれた剣をまた前に構えて防ぐ。
ふわりふわりと赤い衣が舞い、髪が舞い、微かな匂いから薔薇が咲いたようだった。
この攻防を幾度となく行い、2人の口角は少し上に歪んでいる。
「また始まりましたね」
リタはいつ終わるのか、ぼーっと眺めていた。
30分は経ったであろう時に、とうとう勇者が根を上げた。
「疲れた、今日はここまでにしない?」
勇者はカチンと剣を鞘へ戻して言った。勇者の肩は上下に揺れているが、深く息を吐くと既に呼吸は整っていた。
魔王様も殺したいわけではなく、戦いたいだけなので拳を下ろした。
「はい、では帰ってください」
と、既に関心を失ったかのように椅子に座って俯き、吐息をついて手をひらひらと振った。
「今日はいやに冷たくない?」
「ランシュエ、早く帰ってください」
「リンドハイム魔王陛下?」
「気安く呼ばないでください」
「なぜ?いつも呼ばせてくれるのに」
言葉を発するごとに、1歩1歩と勇者は魔王様に近づいていく。
コツコツと地面を鳴らし、ついには魔王様の目の前に立った。魔王様は俯いていた顔を上げると紅玉の虹彩が勇者を見上げ、勇者の蒼玉の虹彩と重なった。
「本当にリンドハイム魔王様は美しい」
「………」
勇者は真面目な顔でそう言った。
魔王様は忌々しそうにした後、片頬だけ上げて嘲笑った。
「これは驚きです。ランシュエの守備範囲はとても広いのですね」
「そんなことはない。私は誰かを美しいと思ったことはない」
勇者は手を伸ばし、魔王様の髪を一束掬い、耳を露出させて、口を寄せて言った。
「私といい事をしない?」
「………」
グッと魔王様の眉が寄った刹那、右手は拳を握って、勇者の顔面を狙ったが空を切ってしまった。
「危ない、危ない」
勇者は微笑みながら、拳が飛んでくることを予測して僅かのところで避けていた。
「私に勝てたことないのに、よくそんな事を言えますね」
魔王様の怒気がこもった目は、勇者を捉えて離さない。
「わかった、それならベッドの上で勝負しよう」
この勝負という言葉に弱い魔王様の頭の中には「勝てば良い」という文字列が浮かんだ。
「良いでしょう、勝ちます」
「陛下、それは勇者様の思う壺では?」
自分の言うことを聞く魔王様ではない事を、リタは理解していたが、言わずにはいられなかった。
口を挟むなと言いたげな勇者は鋭い蒼玉でリタを見つめるが、リタは視線を感じても無視した。
「リタの言いたいことはわかりますが、これはチャンスです」
魔王様は凶悪な笑みを浮かべて「着いてきてください」と勇者に言うと、勇者も楽しそうな笑顔を浮かべて魔王様に着いて行った。
「陛下………」
リタは忠実なる僕として、魔王様の無事を祈った。
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