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1章
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意識が戻ると酷い騒音が耳に響いた。
「リタ……?」
「申し訳ありません。ですが、陛下には早く起きてもらわないとならない事情が出来ました」
重たい瞼を上げると、リタのいつもの無表情が目に入り、魔王様は安堵した。
どうやらいつもの自身の寝室にいるようだった。
少し目線をずらすと窓の外の落雷に気づいた。落雷が降り続けており、この騒音の中よく自分は寝ていられたものだと思った。
「一体何があったんですか?」
若々しい声を聞いてはっと魔王様は自分の身体を見た。その姿は小さく、7歳ぐらいの少年だった。
「魔王様の魂が戻り、3日経ちました」
「たった3日ですか?3000年ぐらい使って身体を作って、魔力も回復して欲しいと伝えたはずですよね?」
「この状況では3000年も世界は持ちません。明日ですら迎えられるか」
リタは魔王様が魂を分けた存在であり、魔王様の魂は身体から離れると、最も大きな魂の塊へ自然に還ってきた。そして魔王様は、身体を作り、魂を分ける術をあらかじめリタに伝えておいた。
その代わりに魔力と身体は回復しきっておらず、少年のような姿になってしまっていた。
「この雷は、まさか天帝ですか?」
「分かりませんが、多分そうかと」
この落雷は3日前から人間界と魔界に落ち続けているとリタは言った。
「まさかこんなはずでは……」
魔王様は呆れたらいいのか、怯えたらいいのか分からず、頭を悩ませた。そしてあの天帝が本当に狂っていることを思い出した。
「行くのですか?」
「それ以外にないでしょう」
リタが不安そうに魔王様を見つめ、魔王様は安心させるようにリタの頭を優しく撫でた。
天界に着くと、神官たちも慌ただしく走り回っていたが、天帝の宮殿前には誰もいなかった。
そっと重苦しい扉に隙間を開けて身体を滑り込ませたが、そこに天帝は座っていなかった。
自分が天界に来たことぐらい天帝ならすぐに分かるはずなのに、と魔王様の胸中がざわついた。
この広間の他に魔王様が知っているのは、あの忌々しい寝室だけだった。
慌てて寝室の前まで来たが、この扉の向こうの光景を見る勇気がなかなか湧かなかった。どうしてか、天帝がこの部屋にいることを確信していた。
数時間そのまま立っていたように感じるが、実際は数分だったかもしれない。魔王様は意を決して背伸びをしてドアノブに手をかけ、地獄への扉を開けた。
やはり、というか何というかベッドのカーテンには1つの大きな影が映り込んでいた。
この宮殿の主は、部屋の扉が開かれたことにも気づいていないようだった。
何かブツブツと呟いているのが聞こえる。
「レイリン、起きて?まだ寝ているの?そろそろ目を開けて。一緒にご飯を食べよう」
か細く悲痛な声が、ポツポツとこぼれ落ちている。
魔王様はその声を聞いていられずに、震える足でベッドに駆け寄ってカーテンを引っ張った。
現れたのはベッドに横たわっている魔王様の死体と、それに覆いかぶさるようにして抱きついている天帝の姿だった。
魔王様の予想していた通り、自分の死体は綺麗で、眠っているかのようであり、首元には情事の痕が残っていた。
この時やっと天帝は魔王様の存在に気づいた。
ゆっくりと頭を怠く上げ、その赤く腫れて燻んだ黄玉が紅玉を捉えた瞬間、金色に輝いた。
「レイリン……?」
天帝はバッと起き上がると、7歳の魔王様の身体を強く包み込んだ。まるで大蛇に締め付けられているかのような圧迫に、魔王様は一瞬意識を失いかけた。
「……リタか。魂が見つからなかったのに、何故気づかなかったんだ」
と天帝は呟き、魔王様と唇を合わせて、魔王様の外着と下着の腰帯を解いた。
魔力が魔王様の足の先から頭の頂点まで全身をかけ巡り、元の20歳前半の身体へと戻った。着ていた赤い衣も小さくなり前がはだけてしまった。
魔王様は一瞬のことに頭痛と眩暈がし、ひどい吐き気を催した。
それでもこの拘束から逃れようと全力で身をよじった。その時全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになったところを天帝に抱えられた。
天帝は身を反転し、魔王様をベッドに横たえた。魔王様は自分の死体と横並びになり、奇妙な感覚だった。
ただその感覚も、硬い表情で腰に乗ってきた天帝の存在に邪魔されてしまった。
「私との約束を反故にされたのかと思ったよ」
天帝の右手は魔王様の頬に触れ、左手は胸を摩り、また腹部へと移動した。天帝の息は大きく乱れていた。
魔王様は触れられた箇所が火傷しそうなほど熱かった。
身体は殆ど動かせないが、口は動かすことができた。
「約束は約束です」
「そうだね、それなら首輪もきちんとつけないと」
口を弧に曲げ、頬に添えていた右手を魔王様の首元へと移した。
これは魔王様も忘れていた。鈴のついた首輪?私は猫ではないと、声を大きくして怒鳴りたかったが、この天帝を今刺激するべきではないことぐらい理解していた。
天帝の自嘲を含んだ笑みと、苦痛に満ちた眉から、その感情が難解で不安定であることが窺える。
「それにしても、まさか私にわざと殺させるなんて、酷いことをする」
刺激するべきではないが、天帝の言葉に魔王様は怒りを抑えるのが難しいと思った。
それでも魔王様は出来るだけ冷静に、落ち着いた声色で天帝へ訴えた。
「貴方にも、愛する人が死ぬ痛みをわかって欲しかったんです」
魔王様の紅玉には涙が滲み沈痛な顔をしている。
天帝は頬が緩みながらも目は笑っていなかった。
「私がレイリンを愛していると言いたいの?」
「こんな事をしておいて違うと?でも、それだけではありません」
天帝の表情はついに無くなり、魔王様の言葉を待っていた。
魔王様は息を大きく吸って、瞳を揺らしながら照れ臭そうに続けた。
「私も貴方を愛しています。ランシュエ」
そう告げると2人の間の空気が一変し、しばし無言の時間が続き、見つめ合った。
天帝は虚をつかれ目を見開いており、魔王様は逃げ出したくなる気持ちを抑えて、天帝の言葉を待っていた。
「いつから……?」
「覚えていません」
天帝とランシュエが同一人物であると何時気づいたのか、魔王様は覚えていたが言いたくなかった。
お互いに話すべきことはたくさんあるのに、何から話せばいいのか悩んでしまった。
いつのまにか魔王様の身体には力が入るようになっている。
魔王様は間が持たず、眉を寄せて腕を天帝の首へ回して引き寄せた。
「キス、しても良いですか?」
魔王様は天帝の返事を待たずに唇を重ね、これは3000年の間で初めての、魔王様からの積極的なキスだった。
唇が赤く熟れるほどのあいだ重ね、口元からは光る筋が流れたが、頬にも湿る感覚があった。
魔王様は目を開けると天帝の涙であることがわかり、首に回していた手を頬へ滑らせ、唇を離した。
親指でそっと目元を擦れば、金色の瞳が開けられた。
「何故、私が酷いことをされたというのにランシュエを慰めなければならないのですか?私は貴方が死ぬのを30回も経験したんですよ?」
「私はこの手でレイリンを殺したんだ。同じだとは言わせない」
天帝は悲痛な面持ちで、隣で横たわる魔王様の抜け殻から顔を背けた。
「1回やり返しただけですよ」
「悪趣味だ」
これには魔王様も呆気に取られてしまった。この天帝に悪趣味だなんて言われる日が来ようとは。
天帝の掌が抜け殻へ向くと、ふわっとその身体は光の粉になって消えてしまった。
どこへやったのかは分からないが、魔王様は気にしなかった。代わりにその位置に天帝が横たわった。
「いくつか質問しても良いですか?」
「いいよ」
「何故こんなことをしたのですか?」
こんなこととは何か、色々ありすぎてわからない。とりあえず適当な質問を魔王様は投げかけた。
「レイリンが最初に言ったんだよ。魔王は天帝のモノにはならないって。だから、レイリンを私のモノにどうしてもしたかった」
「それなら勇者として出会った時に、全て話していたら良かったのではありませんか?」
「天帝として、私はレイリンをモノにしたかったんだ」
天帝は魔王様の紅玉をじっと愛しそうにみつめてきた。
確かに最初は魔王様がそう言ったかもしれない、だが自分の一言でここまで拗れるなんて思ってもみなかった。
「監禁と強姦をしといて、何がモノにしたいですか」
「そこは、モノにしてから何とかしようと思ったんだ」
本当にあり得ない。いくら言い寄られたとしても、勇者を好きな自分が、勇者を殺した天帝と恋に落ちるとは思えない。だが、早目に勇者と天帝が同一人物だと気がつくぐらいは出来ただろうか。
「100年に3日というのは?」
「始めはほんの遊び心だった」
「それなら何故、人間の姿で私の前に現れたんですか?」
「これもただの興味本位」
100年待つはずが、10年早く魔王様に接触したくなってしまい、身分を装って近づいた。だがまさか魔王様と良い雰囲気になれるとは思ってもみなかった。
「では何故、天雷でランシュエを……自分を消したんですか?」
「嫉妬したんだ。人間であれば魔王様と恋仲になれるかもしれない、そんな自分に嫉妬した」
天帝は「だから、つい3日間の間に手を出したくなったんだ」と付け加えた。
これも魔王様には理解できなかったが、この天帝は魔王様の理解の範疇外の存在だ。驚くかもしれないが、何を言われても不思議ではない。
「じゃあ何故また人間として現れたんですか?」
「それは……100年に3日は少なすぎる」
魔王様もため息が漏れてしまった。
何故勇者として10年なのか、もっと長く居てもいいのではないか?いろいろと思うことはあるが「理解できません」と一言言うだけで留めておいた。
「レイリンは、何故気づいていたのに言わなかったの?」
今度は天帝が、魔王様の艶のある髪であそびながら問いかけた。
「本当のランシュエがどちらなのか分からなかったんです。でも私は貴方と居たかった。弄ばれていたとしても」
だから言えなかった、そう答えて自分の髪で遊んでいる天帝の手をとって口付けた。
先ほどから積極的な魔王様に酔いしれてしまったのか、天帝の心は高まり、何かを辛抱しているようだった。
「もし私がランシュエに好きだと告白したら?その時は興味を失ってしまうのではないか?そう思うと怖かったんです」
眉をへの字に曲げて魔王様はから笑いをした。
そんな魔王様を可愛く思ったのか、掴まれていた手を魔王様の頬へと伸ばした。
「よく私を許す気になったね」
「ランシュエは私と過ごした年数を忘れたんですか?2人で過ごした時間を貴方が知らないはずもない」
少し照れくさそうに言った後「それに……」と続けた。
「私が大嫌いだと伝えた時のランシュエの顔は、本当に酷いものでした」
魔王様ふふっと口元に笑みを浮かべ、演技した甲斐があったなと思った。
勇者としても天帝としても、魔王様に負けたことなど殆どなかったため、その時のことを思い出して楽しそうな魔王様に、天帝は気を悪くしたようだった。
「結局、どちらもランシュエでした。私の事が欲しくてふざけた茶番を続ける人だった」
こんなことを続けていたなんて呆れてしまうと、魔王様は肩をすくめて軽くため息をついた。
天帝の眉間はさらに寄り、魔王様へと擦り寄って嘆願した。
「レイリン、もう一度私のことを愛していると言って欲しい」
愛している、その言葉に魔王様は動揺して胸が波打つ。口が渇き言葉を詰まらせるが、天帝の神妙な面持ちに短い言葉をどうにか吐き出した。
「愛しています」
「私も愛しているよ」
そして2人の目がそっと閉じられた。
「リタ……?」
「申し訳ありません。ですが、陛下には早く起きてもらわないとならない事情が出来ました」
重たい瞼を上げると、リタのいつもの無表情が目に入り、魔王様は安堵した。
どうやらいつもの自身の寝室にいるようだった。
少し目線をずらすと窓の外の落雷に気づいた。落雷が降り続けており、この騒音の中よく自分は寝ていられたものだと思った。
「一体何があったんですか?」
若々しい声を聞いてはっと魔王様は自分の身体を見た。その姿は小さく、7歳ぐらいの少年だった。
「魔王様の魂が戻り、3日経ちました」
「たった3日ですか?3000年ぐらい使って身体を作って、魔力も回復して欲しいと伝えたはずですよね?」
「この状況では3000年も世界は持ちません。明日ですら迎えられるか」
リタは魔王様が魂を分けた存在であり、魔王様の魂は身体から離れると、最も大きな魂の塊へ自然に還ってきた。そして魔王様は、身体を作り、魂を分ける術をあらかじめリタに伝えておいた。
その代わりに魔力と身体は回復しきっておらず、少年のような姿になってしまっていた。
「この雷は、まさか天帝ですか?」
「分かりませんが、多分そうかと」
この落雷は3日前から人間界と魔界に落ち続けているとリタは言った。
「まさかこんなはずでは……」
魔王様は呆れたらいいのか、怯えたらいいのか分からず、頭を悩ませた。そしてあの天帝が本当に狂っていることを思い出した。
「行くのですか?」
「それ以外にないでしょう」
リタが不安そうに魔王様を見つめ、魔王様は安心させるようにリタの頭を優しく撫でた。
天界に着くと、神官たちも慌ただしく走り回っていたが、天帝の宮殿前には誰もいなかった。
そっと重苦しい扉に隙間を開けて身体を滑り込ませたが、そこに天帝は座っていなかった。
自分が天界に来たことぐらい天帝ならすぐに分かるはずなのに、と魔王様の胸中がざわついた。
この広間の他に魔王様が知っているのは、あの忌々しい寝室だけだった。
慌てて寝室の前まで来たが、この扉の向こうの光景を見る勇気がなかなか湧かなかった。どうしてか、天帝がこの部屋にいることを確信していた。
数時間そのまま立っていたように感じるが、実際は数分だったかもしれない。魔王様は意を決して背伸びをしてドアノブに手をかけ、地獄への扉を開けた。
やはり、というか何というかベッドのカーテンには1つの大きな影が映り込んでいた。
この宮殿の主は、部屋の扉が開かれたことにも気づいていないようだった。
何かブツブツと呟いているのが聞こえる。
「レイリン、起きて?まだ寝ているの?そろそろ目を開けて。一緒にご飯を食べよう」
か細く悲痛な声が、ポツポツとこぼれ落ちている。
魔王様はその声を聞いていられずに、震える足でベッドに駆け寄ってカーテンを引っ張った。
現れたのはベッドに横たわっている魔王様の死体と、それに覆いかぶさるようにして抱きついている天帝の姿だった。
魔王様の予想していた通り、自分の死体は綺麗で、眠っているかのようであり、首元には情事の痕が残っていた。
この時やっと天帝は魔王様の存在に気づいた。
ゆっくりと頭を怠く上げ、その赤く腫れて燻んだ黄玉が紅玉を捉えた瞬間、金色に輝いた。
「レイリン……?」
天帝はバッと起き上がると、7歳の魔王様の身体を強く包み込んだ。まるで大蛇に締め付けられているかのような圧迫に、魔王様は一瞬意識を失いかけた。
「……リタか。魂が見つからなかったのに、何故気づかなかったんだ」
と天帝は呟き、魔王様と唇を合わせて、魔王様の外着と下着の腰帯を解いた。
魔力が魔王様の足の先から頭の頂点まで全身をかけ巡り、元の20歳前半の身体へと戻った。着ていた赤い衣も小さくなり前がはだけてしまった。
魔王様は一瞬のことに頭痛と眩暈がし、ひどい吐き気を催した。
それでもこの拘束から逃れようと全力で身をよじった。その時全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになったところを天帝に抱えられた。
天帝は身を反転し、魔王様をベッドに横たえた。魔王様は自分の死体と横並びになり、奇妙な感覚だった。
ただその感覚も、硬い表情で腰に乗ってきた天帝の存在に邪魔されてしまった。
「私との約束を反故にされたのかと思ったよ」
天帝の右手は魔王様の頬に触れ、左手は胸を摩り、また腹部へと移動した。天帝の息は大きく乱れていた。
魔王様は触れられた箇所が火傷しそうなほど熱かった。
身体は殆ど動かせないが、口は動かすことができた。
「約束は約束です」
「そうだね、それなら首輪もきちんとつけないと」
口を弧に曲げ、頬に添えていた右手を魔王様の首元へと移した。
これは魔王様も忘れていた。鈴のついた首輪?私は猫ではないと、声を大きくして怒鳴りたかったが、この天帝を今刺激するべきではないことぐらい理解していた。
天帝の自嘲を含んだ笑みと、苦痛に満ちた眉から、その感情が難解で不安定であることが窺える。
「それにしても、まさか私にわざと殺させるなんて、酷いことをする」
刺激するべきではないが、天帝の言葉に魔王様は怒りを抑えるのが難しいと思った。
それでも魔王様は出来るだけ冷静に、落ち着いた声色で天帝へ訴えた。
「貴方にも、愛する人が死ぬ痛みをわかって欲しかったんです」
魔王様の紅玉には涙が滲み沈痛な顔をしている。
天帝は頬が緩みながらも目は笑っていなかった。
「私がレイリンを愛していると言いたいの?」
「こんな事をしておいて違うと?でも、それだけではありません」
天帝の表情はついに無くなり、魔王様の言葉を待っていた。
魔王様は息を大きく吸って、瞳を揺らしながら照れ臭そうに続けた。
「私も貴方を愛しています。ランシュエ」
そう告げると2人の間の空気が一変し、しばし無言の時間が続き、見つめ合った。
天帝は虚をつかれ目を見開いており、魔王様は逃げ出したくなる気持ちを抑えて、天帝の言葉を待っていた。
「いつから……?」
「覚えていません」
天帝とランシュエが同一人物であると何時気づいたのか、魔王様は覚えていたが言いたくなかった。
お互いに話すべきことはたくさんあるのに、何から話せばいいのか悩んでしまった。
いつのまにか魔王様の身体には力が入るようになっている。
魔王様は間が持たず、眉を寄せて腕を天帝の首へ回して引き寄せた。
「キス、しても良いですか?」
魔王様は天帝の返事を待たずに唇を重ね、これは3000年の間で初めての、魔王様からの積極的なキスだった。
唇が赤く熟れるほどのあいだ重ね、口元からは光る筋が流れたが、頬にも湿る感覚があった。
魔王様は目を開けると天帝の涙であることがわかり、首に回していた手を頬へ滑らせ、唇を離した。
親指でそっと目元を擦れば、金色の瞳が開けられた。
「何故、私が酷いことをされたというのにランシュエを慰めなければならないのですか?私は貴方が死ぬのを30回も経験したんですよ?」
「私はこの手でレイリンを殺したんだ。同じだとは言わせない」
天帝は悲痛な面持ちで、隣で横たわる魔王様の抜け殻から顔を背けた。
「1回やり返しただけですよ」
「悪趣味だ」
これには魔王様も呆気に取られてしまった。この天帝に悪趣味だなんて言われる日が来ようとは。
天帝の掌が抜け殻へ向くと、ふわっとその身体は光の粉になって消えてしまった。
どこへやったのかは分からないが、魔王様は気にしなかった。代わりにその位置に天帝が横たわった。
「いくつか質問しても良いですか?」
「いいよ」
「何故こんなことをしたのですか?」
こんなこととは何か、色々ありすぎてわからない。とりあえず適当な質問を魔王様は投げかけた。
「レイリンが最初に言ったんだよ。魔王は天帝のモノにはならないって。だから、レイリンを私のモノにどうしてもしたかった」
「それなら勇者として出会った時に、全て話していたら良かったのではありませんか?」
「天帝として、私はレイリンをモノにしたかったんだ」
天帝は魔王様の紅玉をじっと愛しそうにみつめてきた。
確かに最初は魔王様がそう言ったかもしれない、だが自分の一言でここまで拗れるなんて思ってもみなかった。
「監禁と強姦をしといて、何がモノにしたいですか」
「そこは、モノにしてから何とかしようと思ったんだ」
本当にあり得ない。いくら言い寄られたとしても、勇者を好きな自分が、勇者を殺した天帝と恋に落ちるとは思えない。だが、早目に勇者と天帝が同一人物だと気がつくぐらいは出来ただろうか。
「100年に3日というのは?」
「始めはほんの遊び心だった」
「それなら何故、人間の姿で私の前に現れたんですか?」
「これもただの興味本位」
100年待つはずが、10年早く魔王様に接触したくなってしまい、身分を装って近づいた。だがまさか魔王様と良い雰囲気になれるとは思ってもみなかった。
「では何故、天雷でランシュエを……自分を消したんですか?」
「嫉妬したんだ。人間であれば魔王様と恋仲になれるかもしれない、そんな自分に嫉妬した」
天帝は「だから、つい3日間の間に手を出したくなったんだ」と付け加えた。
これも魔王様には理解できなかったが、この天帝は魔王様の理解の範疇外の存在だ。驚くかもしれないが、何を言われても不思議ではない。
「じゃあ何故また人間として現れたんですか?」
「それは……100年に3日は少なすぎる」
魔王様もため息が漏れてしまった。
何故勇者として10年なのか、もっと長く居てもいいのではないか?いろいろと思うことはあるが「理解できません」と一言言うだけで留めておいた。
「レイリンは、何故気づいていたのに言わなかったの?」
今度は天帝が、魔王様の艶のある髪であそびながら問いかけた。
「本当のランシュエがどちらなのか分からなかったんです。でも私は貴方と居たかった。弄ばれていたとしても」
だから言えなかった、そう答えて自分の髪で遊んでいる天帝の手をとって口付けた。
先ほどから積極的な魔王様に酔いしれてしまったのか、天帝の心は高まり、何かを辛抱しているようだった。
「もし私がランシュエに好きだと告白したら?その時は興味を失ってしまうのではないか?そう思うと怖かったんです」
眉をへの字に曲げて魔王様はから笑いをした。
そんな魔王様を可愛く思ったのか、掴まれていた手を魔王様の頬へと伸ばした。
「よく私を許す気になったね」
「ランシュエは私と過ごした年数を忘れたんですか?2人で過ごした時間を貴方が知らないはずもない」
少し照れくさそうに言った後「それに……」と続けた。
「私が大嫌いだと伝えた時のランシュエの顔は、本当に酷いものでした」
魔王様ふふっと口元に笑みを浮かべ、演技した甲斐があったなと思った。
勇者としても天帝としても、魔王様に負けたことなど殆どなかったため、その時のことを思い出して楽しそうな魔王様に、天帝は気を悪くしたようだった。
「結局、どちらもランシュエでした。私の事が欲しくてふざけた茶番を続ける人だった」
こんなことを続けていたなんて呆れてしまうと、魔王様は肩をすくめて軽くため息をついた。
天帝の眉間はさらに寄り、魔王様へと擦り寄って嘆願した。
「レイリン、もう一度私のことを愛していると言って欲しい」
愛している、その言葉に魔王様は動揺して胸が波打つ。口が渇き言葉を詰まらせるが、天帝の神妙な面持ちに短い言葉をどうにか吐き出した。
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そして2人の目がそっと閉じられた。
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