魔王様と禁断の恋

妄想計のひと

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3章

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3000年よりも前に会ったことがあるのならば、神官として会ったことがあるのだろうと、元天帝にも予想はついていた。

「私は昔、罪を犯し天界を追放されて魔界に堕ちたのです」

天界から追放された者は記憶を失うが、その者に関する記憶も記録も、天界の全てから消される。

それが追放に関する規則だった。

元天帝が魔王様に関する記憶がないのは当然として、なぜ魔王様にその記憶があるのか元天帝には分からなかった。

そして何故それを隠していたのかも。

「レイリンはどうやってその記憶を取り戻したの?」

「分かりません。思い当たるのは、私が小さくなって、ランシュエが私に力を分けた時でしょうか」

魔王様は説明を続けた。
その時に頭痛がしてフラッシュバックのような物を見るようになった。そして最近やっと全てのことを思い出したばかりだと言った。

元天帝は神妙な面持ちで静かに話を聞いていた。

「何故すぐに言わなかったの?」

魔王様の表情が翳り、左手をぐっと握った。

「あまり言いたくありません」

魔王様が言いたくないと言って、それで引き下がる元天帝であるはずがなかった。

「言って」

それを知らない魔王様でもないが、やはり口を開くのに時間を要した。

「私はランシュエが思っているような神官ではありません」

元天帝は、魔王様が追放された原因である罪に関連していると察知した。

一体何をしたというのか、元天帝は考えを巡らせるが、罪が深ければ死罪にもなる、それがただの記憶の消去で魔界に追放されたとなれば重い罪ではないはずだった。

「何をしたの?」

魔王様の表情は益々酷くなり、今にも呼吸が止まりそうだった。
だが、言わなければこの元天帝は諦めないだろう。

魔王様は大きく息を吐いた。

「私は、神官を殺したのです」

元天帝もこれには少し表情が変わった。まさか、神官を殺してただ魔界に追放されるだけだとは思わなかった。

「そう……」

「そう……って、反応はそれだけですか?」

魔王様は拍子抜けしたようで、この言葉を出すのにどれだけ躊躇い悩んだか、時間を返してほしいと叫びたかった。

「レイリンは左利きなのに、戦う時に左手で殴らないとは思っていたんだ。そういうことか」

クスクスと元天帝は笑いながら「左手で殴り殺したの?」と言った。楽観的な元天帝に少しの苛立ちを魔王様は感じた。

「あなた、事の重大さ分かっていますか?」

「何が重大なの?」

元天帝にとって、神官が1人死のうがどうでも良かった。何せ自分は覚えていないのだから。

「だけど、確かに事は重大だ。一体誰を殺したの?レイリンがいくら記憶を無くしたとしても、そんなに気性が荒いとは思えない。理由は何?」

元天帝のこの言葉に、魔王様はまた表情を暗くした。なるほど、理由にも何かあるのか、と元天帝は魔王様が逃げられないように両腕を握った。

「大丈夫だよ、話して」

安心してもらえるよう真っ直ぐ魔王様を見つめるが、魔王様の紅玉は閉じられ俯いた。少し魔王様の肩が震えている。

「これを聞いてしまったら、私はランシュエに嫌われるかもしれません」

「それはないから話して」

魔王様が弱々しく吐いた言葉を、元天帝は一蹴して首を左右に振った。

「何故そんなことを言い切れるのですか?」

魔王様は勢いよく頭を上げた。紅玉には薄らと水の膜が張っている。
そんな魔王様を、変わらず優しく見つめて天帝は答えた。

「それは過去だよ。私にとって重要なのは、今レイリンが私のモノで、隣にいて、愛を囁き合う仲だということだけだ。何故過去のことで、今の幸せを手放す必要があるの?」

理解できない、とでも言うかのような元天帝に、魔王様は圧倒されてしまうが、喉にずっと引っ掛かっていた言葉を、遂に吐き出した。

「私が殺したのは、あなたと愛し合っていた神官だと聞いても同じことが言えますか?」

悲痛な表情を浮かべる魔王様の紅玉から滴が落ちた。

元天帝はそれでも、僅かに眉を上げただけだった。
そして、掴んでいる魔王様の両手をぎゅっと握り締めた。

「何故殺したの?」

「私も、ランシュエが好きだったんです。醜い嫉妬心で、あなたとその恋人の仲を引き裂いたんです!」

痛くなる胸を必死に堪えながら、魔王様は言った。

元天帝は瞼を閉じて、少し考えた。

元天帝が先ほど言った言葉は嘘ではない。彼にとって大事なのは今だ。ただ、魔王様の言った言葉は信じられないと思った。

「本当に、私はその神官と愛し合っていたの?私がそう言ったの?」

それを聞いて魔王様は呆然とした。

「何故そう思うのですか?」

元天帝は魔王様の頬を優しく撫でて言った。

「私はレイリンを見た時、こんなに綺麗な人がいるものかと思った。もし天界でレイリンに会っていたら、他の誰かを好きになるとは到底思えない。そうであったのなら、当時の私の感性はどうかしている」

元天帝の甘い言葉に、魔王様は頬を熱くした。そこで魔王様は順を追って話すことにした。

「あの日、彼は私に言ってきたのです。四神官同士の色恋沙汰は御法度だから、一緒になるためにランシュエと人間界へ堕ちると。そう約束したと。それで、私は詳しく聞こうとしました。そしたら邪魔をするなと剣を抜かれて、応戦していたら、気づいた時には左手が赤く染まっていたのです。その後、駆けつけてきたランシュエは、私を見て、顔を歪めて泣きそうな表情をしていました」

言葉を紡ぐのも辛いのか、魔王様の顔は徐々に陰鬱になっていった。

「じゃあ、私がそう言ったわけではないよね?私とその神官の間柄はレイリンは元から知っていたの?」

「いいえ、全然知りませんでした」

「レイリンと私は仲が良かったの?」

「私は、良かったと認識していました」

元天帝は「なるほど」と呟いた。
優しく魔王様を抱き込んで、語りかけるように元天帝は耳元で囁いた。

「レイリン、その時の私がどうであれ、私はすごく嬉しいよ」

「嬉しい……?」

魔王様は、今の会話から生まれる台詞とは到底思えず、困惑した。

「だって、レイリンは私と恋仲だと思った人を殺すぐらいに嫉妬して、記憶を無くしてもまた私を好きになったんだよ。これほど嬉しい事はない」

元天帝は、きっと魔王様の勘違いで殺したのだから、その神官には同情はするが、そのお陰でこうして一緒にいられると思うと感謝しなければならないと思った。

「その神官の転生先がサイだと聞いても同じことが言えますか?」

魔王様のその言葉に、元天帝はやっと話が繋がったと思った。抱いていた魔王様から少し身体を離し、顔色を窺うと、まだ元天帝のことを信じていないようだった。

「まさか、だから私にサイの所へ行かないのかと言ったの?」

「……」

「最悪だ」

これには元天帝も眉を寄せた。まさかこれが背景で、あんな事を言われたとは思わなかった。通りであれから魔王様が不安そうで、元気がなかったわけだ。

「ありえないよ。よく転生先がわかったね」

「四神官の魂は記憶力が良いんですか?彼の剣筋は神官時代のものとよく類似しています」

そう聞いて、確かにサイと剣を交えた時に魔王様はその正体が分かったような事を言っていた。
そしてサイの元天帝への執着心。これも魂に刻まれたものなのだろう。

「とにかく、レイリンが心配するような事は何もないと誓って言えるよ」

魔王様を安心させるように、元天帝は自身の唇を魔王様の唇と重ねた。
魔王様も、やっと肩の荷が下りたようで、ほっと息を吐いた。

だが、まだ確認しなければならない事は多かった。
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