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嫌な予感
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その日は営業二課の大村課長と荒井課長、私の三人で飲みに行くという話がまとまっていた。
正直課長二人との飲み会は気が進まなかったけれど、大村課長がタイ工場のプロジェクトのことで事前に話を詰めておきたいと言うので同席せざるを得なくなった。
「葉月さん、今日はね、いい感じのお店を予約したから」
荒井課長は仕事の話をしているときは知識も豊富で信頼できる上司なのに、飲み会や仕事以外の雑談となると途端にデレデレとした様子になる。
こういう人の扱いは難しい。仕事の上では立てておかないわけにはいかないし、仕事の延長のような飲み会といった微妙なところでプライベートに触れてくるのだ。
「葉月さん、今日は遅くまで大丈夫だよね?」
「ええと……ちょっとわからないです」
曖昧な笑顔で曖昧に答える。セクハラと言っていいのであろう上司に毅然とした態度をとれない自分が嫌だった。仕事のことでは自分の意見をはっきり言えるのに、こういうときにはっきり嫌と言えない自分の性格が嫌だった。
セクハラは、日本語訳では性的嫌がらせ、などと訳されることがあるようだが、私の見る限りは、荒井課長は嫌がらせをしているつもりはさらさらないのだ。
自分で言うのもおこがましいけれど、荒井課長が私に向けているのは『好意』である(私の勘違いでなければ)。
ただしそれは上司でなければ放置されずに一刀両断されるべき好意なのだが、上司であるがゆえに曖昧な笑顔で放置されている。
そのことに気がつかず個人的な好意を仕事に絡めて、公共の場で伝え続けてくるのがハラスメントなのだ。
頭ではそう分かっていても、思うように対応し切れていない自分がいる。職場の人間関係というのは本当に煩わしい。
大村課長とは店で午後七時に待ち合わせのため二人で先に店で待つことになったが、大村課長はなかなかやってこない。
予約されていた店は照明が暗めのイタリアンバーで、そんな雰囲気の店内で荒井課長と二人で会話するのは気まずいものだった。
「葉月さんは、学生時代どんな学生さんだったの?」
「私は……地味な感じでしたよ」
「えー、ほんとかなあ。葉月さんきっとモテたんじゃない? こんなに美人さんだもんね?」
酔いが回り始めた荒井課長は早いペースでお酒を進めてくる。今日は絶対に飲み過ぎないようにしなければ、という緊張感があった。
なんだか嫌な予感がしていた。
お手洗いに立とうとしたとき、荒井課長の携帯電話が鳴った。
「あ、大村課長、はい……はい、ああ、そうですか、わかりました。いえいえ、はい……」
電話を切ると荒井課長は私のほうを見ずに言った。
「大村課長、役員に捕まって来られなくなったって」
店に入ってから四十分ほどが経過していた。
「そうですか……、じゃあ、またの機会ですね」
「どうしようか、今日」
荒井課長はテーブルの上に視線を落としたまま言った。
「そうですね。ぼちぼち帰りましょうか……私、ちょっと風邪気味で」
「え、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、帰って寝たら治ります」
風邪気味というのはもちろん嘘だった。しかしその嘘も聞き流されてしまったのか、結局そこから一時間ほど荒井課長と飲み続けることになってしまった。
正直課長二人との飲み会は気が進まなかったけれど、大村課長がタイ工場のプロジェクトのことで事前に話を詰めておきたいと言うので同席せざるを得なくなった。
「葉月さん、今日はね、いい感じのお店を予約したから」
荒井課長は仕事の話をしているときは知識も豊富で信頼できる上司なのに、飲み会や仕事以外の雑談となると途端にデレデレとした様子になる。
こういう人の扱いは難しい。仕事の上では立てておかないわけにはいかないし、仕事の延長のような飲み会といった微妙なところでプライベートに触れてくるのだ。
「葉月さん、今日は遅くまで大丈夫だよね?」
「ええと……ちょっとわからないです」
曖昧な笑顔で曖昧に答える。セクハラと言っていいのであろう上司に毅然とした態度をとれない自分が嫌だった。仕事のことでは自分の意見をはっきり言えるのに、こういうときにはっきり嫌と言えない自分の性格が嫌だった。
セクハラは、日本語訳では性的嫌がらせ、などと訳されることがあるようだが、私の見る限りは、荒井課長は嫌がらせをしているつもりはさらさらないのだ。
自分で言うのもおこがましいけれど、荒井課長が私に向けているのは『好意』である(私の勘違いでなければ)。
ただしそれは上司でなければ放置されずに一刀両断されるべき好意なのだが、上司であるがゆえに曖昧な笑顔で放置されている。
そのことに気がつかず個人的な好意を仕事に絡めて、公共の場で伝え続けてくるのがハラスメントなのだ。
頭ではそう分かっていても、思うように対応し切れていない自分がいる。職場の人間関係というのは本当に煩わしい。
大村課長とは店で午後七時に待ち合わせのため二人で先に店で待つことになったが、大村課長はなかなかやってこない。
予約されていた店は照明が暗めのイタリアンバーで、そんな雰囲気の店内で荒井課長と二人で会話するのは気まずいものだった。
「葉月さんは、学生時代どんな学生さんだったの?」
「私は……地味な感じでしたよ」
「えー、ほんとかなあ。葉月さんきっとモテたんじゃない? こんなに美人さんだもんね?」
酔いが回り始めた荒井課長は早いペースでお酒を進めてくる。今日は絶対に飲み過ぎないようにしなければ、という緊張感があった。
なんだか嫌な予感がしていた。
お手洗いに立とうとしたとき、荒井課長の携帯電話が鳴った。
「あ、大村課長、はい……はい、ああ、そうですか、わかりました。いえいえ、はい……」
電話を切ると荒井課長は私のほうを見ずに言った。
「大村課長、役員に捕まって来られなくなったって」
店に入ってから四十分ほどが経過していた。
「そうですか……、じゃあ、またの機会ですね」
「どうしようか、今日」
荒井課長はテーブルの上に視線を落としたまま言った。
「そうですね。ぼちぼち帰りましょうか……私、ちょっと風邪気味で」
「え、大丈夫?」
「だ、大丈夫です、帰って寝たら治ります」
風邪気味というのはもちろん嘘だった。しかしその嘘も聞き流されてしまったのか、結局そこから一時間ほど荒井課長と飲み続けることになってしまった。
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