ウワサのかませ犬系イケメンと恋人のフリをすることになってしまいました

修羅場に遭遇

  成瀬君とのワンナイト未遂から数週間が経った週末。

  カラオケボックスの廊下で私は修羅場に遭遇して固まっている。

「私、やっぱり成瀬君のことが忘れられない」

  課の飲み会の二次会でやって来たカラオケボックス。ちょっとトイレにと部屋を出たら聞き慣れた名前が聞こえてきた。

  少し奥まったところの廊下には綺麗な女の人とあの成瀬君が2人で立っていた。なにやらただならぬ様子だ。

  よく見ると相手の女の人はあの人事課の松本冴(まつもと さえ)さん。

  神木先輩の婚約者で成瀬君が片思いした後フラれたとウワサのあの人だ。

  えっ？ えっ？ えっ？ ちょ、何？ どゆこと？ なんで成瀬君と松本さんがおかしな雰囲気になってるの？

「松本さん、こういうの駄目ですよ。……婚約、したんでしょ？ 神木先輩と」

  成瀬君が気まずそうに言う。なんなの？ このいかがわしくてやらしい雰囲気は？ 

「でも私は成瀬君のことが……」

「気持ちは嬉しいけど付き合えないって言いましたよね？」

  この間テーマパークで一緒にはしゃいだ時とは別人みたいな成瀬君の真剣な声。

「どうして？ なんで私じゃダメなの？」

  あれ？ なんか展開おかしくない？ 『俺じゃダメですか？』って言ってフラれたのは成瀬君のほうなんじゃなかったっけ？
  
「ダメとかそういうことじゃなくて……」

  衣擦れの音。

「……っ」

  ぴちゃぴちゃという謎の水音。えっ？ これキスしてる？ 思わず壁からそっとのぞき見する。松本さんが成瀬君を壁に押しつけるようにしてキスしている。

  えーっ？！ ちょっと？！ なにこれ？！ え、ヤバくない？！ なに？！

  びっくりしすぎて思わず声をあげそうになったけれどぐっとこらえた。

  成瀬君が松本さんを力づくで押し戻す。

「ちょ……松本さん！」

  本気で焦ってる成瀬君の声。

「好き。拒否るなら大声出すから。今の状況でどっちが悪者と思われるかわかるよね？」

  わーっわーっ無理やり展開、ダメ絶対！ なんかわかんないけどこれ成瀬君絶対ピンチだよね？！ てゆーかこういう誰が来るかわからないところでこういうことやめたほうがいいよ絶対！

  とっさに私は壁の後ろからわざと聞こえるように咳払いをした。

  成瀬君と松本さんの2人がほぼ同時に私のほうを振り返る。

  松本さんはきっと睨みつけるようにして私の脇を抜けると無言で行ってしまった。

  え？ ほんとなんだったの？ わけがわからない。なんかとんでもない現場に遭遇してしまった。

「七海ちゃん……」

  成瀬君が安堵と疲労の表情を浮かべてこちらを見つめていた。

「とりあえず……助かった、ありがとう。その……色々説明しときたいから、ちょっと外行かない？」