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第44話 『高島秋帆、西洋軍備についての意見を上書』(1840/10/5)

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 天保十一年九月十日(1840/10/5)

 ~前略~

 唐国にしかしてエゲレス人に無理非道之事共有之候所のことともにありのそうろうところよりエゲレス国より唐国へ師を出し、エゲレス国は勿論、カアプデホプ(アフリカ州之内)及び印度エゲレス国之領地ニ而専しかしてもっぱらら兵を揃え唐国に報せんと仕組御座候。

 ~後略~

 天保十一年七月一日(1840/7/29日)

 ※超訳※
 清国においてイギリス人に対し無理非道があるとして、イギリスより清国に対して軍を派遣し、本国は勿論ケープタウン(アフリカ)と英領インドで兵を整え、報復の準備をしている。

 
 
 
 次郎左衛門(次郎)の予想通り、というか史実どおりにイギリスと清の武力衝突が起きた。

 アヘン戦争の前哨戦とも言うべき戦闘が行われたのだ。その様子は直後に長崎に寄港したオランダ船の風説書によって、幕閣のみならず、次郎と純顕の知るところとなった。

 戦闘結果は史実と同じである。

 イギリスの帆走フリゲート艦2隻(大砲28門・18門)と、清朝の多数のジャンク船との2回にわたる戦闘が、九竜沖と珠江口(川鼻)において行われた。

 その結果、清国海軍はポルトガル製の大砲を搭載してはいたものの、大半のジャンク船が大破・撃沈され、一方的なイギリス軍の勝利に終わったのだ。




 ■玖島くしま

「長崎における唐人屋敷からの知らせも同じような内容にございますれば、まず間違いないかと」

 次郎は真剣な眼差しで藩主の大村純顕に上申した。

「たった二隻にそれほど多くの清国の船が沈められたのか……。次郎よ、日本は……清国のようにはならぬであろうか」

「それは、我らさらなる精進をいたします。殿におかれましては、これまで以上に藩を導いていただきたく存じます」

「うむ、武者震いにも似た心持ちではあるが、わしも精進するといたそう。頼むぞ次郎、信之介よ」

「「ははあ」」




 ■江戸城

 ※超訳『天保上書』※

 大国と言われてきた清国にくらべ、イギリスは国土も狭く全くの小国と思われておりました。しかし、この戦闘における清国の敗北は『常備している戦道具(軍備)の差』によるものです。

 イギリスは清国の軍備を見て、勝利を確信して軍艦二隻を派遣したが、一人の死者も出さなかった。清国の砲術は児戯に等しいと、オランダ人から平素より聞いていた通りです。

 以上を鑑みるに(総合的に判断すると)、日本も清国とあまり変わらない貧弱な軍備です。

 何卒モルチール砲(臼砲)ならびに近ごろ発明された大砲なども含め、急いで揃えて備えるとともに、江戸湾周辺の防備ならびに諸国の海岸防備を上申いたします。




 高島秋帆の『天保上書』と呼ばれる上申書は、長崎奉行所を通じて幕府に送られた。

「さて、この長崎会所調役の高島秋帆なる者、出島のカピタン(商館長)とも親しいと聞いておる。加えて唐人屋敷の唐人より同じ話を聞いておるようだ。いかが思う?」

「は。されば清国は火砲の貧弱さばかりで負けたとも思えませぬ。この身分の低い者の狭い見識から出た建策は相手にもならないと存じます。されど……火砲に新しい発展もあるかも知れず、専門家に見分させた方が良いかと存じます」

 目付代表の鳥居耀蔵は、老中首座の水野忠邦の抜擢により出世している。その耀蔵が忠邦に答えた。

「さようか。では吟味した上で、秋帆とやらを江戸に参府させねばなるまい」

「はは」




 ■長崎会所調役詰所 <次郎>

「先生、お久しぶりにございます。昭三郎の弟子入りの際はありがとうございました」

「なーに。彼は優秀じゃったからの。覚えも早く、教えるのも楽であったわ。わはははは」

 久しぶりに先生とあったら、なんだか不思議と笑顔になる。相性というのだろうか。

「いつもオランダ語の蔵書を貸していただき感謝に堪えませぬ」

「わしは日本の事を考えると、居ても立っても居られないのでな。そらんじるとまではいかぬが、何度も何度も読み返した本じゃ。返してくれるなら、そして学んでくれるなら喜びの至りじゃ。ははははは」

 イケオジの先生がにこやかに笑う。

「そういえば次郎も蘭語をたしなんでいるとはいえ、あれほどの本を翻訳するにしても、かなりの早さじゃな。他にも翻訳する者がいるのか?」

「は。それがし(嘘)の他にここにいる信之介もそうですが、もう一人蘭語に関しては飛び抜けて優れたものがおります」

「そうかそうか。大村藩は蘭学においては人材の宝庫になり得るな」

 先生。残念ながら、今後はオランダ語から英語に主流は変わっていくんですよ。確かにオランダからの情報も有益だろうけど、英語はアメリカとイギリスだ。

 どう考えても、英語なんだ。

「先生、つかぬ事をお伺いいたしますが、奉行所を通じて幕府に上申なされたと聞き及んでおります」

「わはははは。さすが次郎よ、耳ざといの。その通りじゃ。このままでは、次郎、お主も聞き及んでおろう。日本も清国の二の舞になってしまう。それが分かっていて、黙ってはおられぬ」

「は。それがしも先生と同じ思いにございます。されど先生、江戸参府をもしも申しつけられたならば、お気をつけいただきたく存じます」

「いかがいたした?」

「は。こたびの先生の上申にて、日本の海防に関わる重席に任じられるやもしれませぬ。それば幕閣の妬みを買う恐れもあります」

「妬み? 日本のためを思って行う事に、なんで妬まれねばならぬのだ」

「それがしが申し上げるのは恐れ多き事なれど、皆が皆、先生のような憂国の士ではないかと存じます。揚げ足をとって先生を弾劾する輩の事を考えねばなりませぬ」

「誠にそのような者がおろうか?」

「念には念を、でございます」

「ふむう。次郎がそこまで言うのなら……なんぞ策でもあるのか?」

「は。以下の事に心置かれたく存じます」

 ・永年私財を投じた西洋銃器購入と訓練は謀反の下心に基づく。

 ・秋帆の長崎住居は城郭である。

 ・会所の金で兵糧米を購入し貯蔵している。

 ・密貿易を行っている。

 ・密貿易用に早舟を所有する。

 事実、長崎会所の調役となっていた高島家は、脇荷(公式以外の例外で認められた個人的な)貿易の利益の恩恵を受けており、10万石に匹敵する資金力があったのだ。

「寝耳に水、まったく論外にてありえぬ話かと存じますが、このような事をでっち上げて揚げ足を取られるやもしれませぬゆえ、お気をつけくだされ」

「あいわかった」




 次回 第45話 『江戸参府と洋式調練ならびに秋帆の徳丸原演習』
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