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【9話】
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ルークは水の中で藻掻いていた。
泳げない訳ではない。
ただ何体もの人魚たちがルークをとらえて離さないのだ。
(もう、無理だ…サイ、ヒ…最後に会い……った……)
ルークの意識は闇に飲まれた。
:::
事の起こりは王宮に寄せられた、冒険者が被害にあっている言う情報だった。
何でも海に続く大陸を走る運河に魔物が出現したのだと言う。
しかもその魔物はA級の人魚が大量に居ると言うのだ。
もう既にかなりの数の冒険者が死亡したらしい。
一般人の行方不明者を含めれば人数はもっと増えるだろう。
ガフティラベルは旅人の国と言われているだけあって冒険者も少なくない。
他国では珍しいA級やS級までの冒険者もギルドに所属している。
なので”冒険者が被害にあった”なんて情報は本来なら王宮には上がってこないのだ。
冒険者の不始末は冒険者が片付けるものである。
しかし現に情報は王宮に迄届いている。
つまりA級、S級の冒険者でも事態を解決できなかったことが伺える。
まず本来なら海にのみ生息する人魚が現れているだけでも異常事態なのだ。
そして人魚は本来攻撃的ではない。
危険を感じると攻撃してくる事もあるが、己から人間を襲ったりはしない。
知能も高く、人間のとの意思の疎通だって可能なのだ。
それが何故、運河にまで現れ人間に害なしているのか?
ともかく国としては動かざるを得ない状態であった。
運河は物流の船を出すため放っておくわけにはいけない。
物流が行き留まればガフティラベルの経済に大きなダメージが与えられる。
それは何としても防ぎたかった。
そして騎士団と魔導士団が派遣されることとなった。
帝国の騎士団は皆、A~S級の冒険者に匹敵する能力を有している。
魔導士団としてもそれは同じだ。
皇帝は騎士団と魔術士団を派遣することで、すぐに事の方は付くだろうと考えていた。
今回の出来事をそこ迄危険視していなかったのだ。
これは皇帝が暗愚と言うわけでは無い。
人魚が相手なら十分過ぎるほどの戦力を投資している。
だから皇帝は甥であり、騎士団の副隊長を務めるアンドュアイスの言葉に首を縦に振った。
「今回の件、ルクティエスも同行しては如何でしょうか?将来国のトップに立つときのために、己が率いる騎士団と魔術士団がどれほどのモノなのか知っておくべきです。
皇帝自身が戦場に立つこともあるのです。ルクティエスはもう子供ではありません。経験を積ませる良い機会かと」
皇帝はアンドュアイスの言葉に納得した。
自らが若かりし頃に戦場を駆け回った”武王”であったため、その言葉は皇帝に響いた。
「今回の出兵はルクティエスに率いらせる。アンドゥアイス、其方も補佐官として手助けしてやってくれ」
「承知いたしました皇帝陛下」
礼を取ったアンドュアイスの顔が、喜色に満ちていることに気づいたものはいなかった。
:::
運河につけばそこはシン、と静まり返っていた。
本来なら物流用の船がごった返し大勢の人間の声が聞こえているはずだ。
今は船は置かれているものの人の存在は無かった。
人魚が出たと言う出没場所に来たものの何の気配も無い。
「本当にここが現場なのか?」
誰かが呟いた。
その呟きを初めに、兵たちはざわざわと疑問を口にする。
何の形跡もない。
魔術士に調査させても魔力粒子すら存在しない。
「水辺に近寄る必要性があるな。ついて来いルクティエス」
「はい兄上」
アンドュアイスの言葉にルークは従った。
騎士も魔術士も人魚の気配が微塵も無かったことで気が抜けていた。
普段なら皇太子を水辺に近づけはしなかっただろう。
なのに今日に限って何故か、頭の中に薄い霧がかかったように思考能力が低下していた。
水辺迄来たルークとアンドゥアイスは馬から降りる。
覗き込んでも何の気配も感じられない。
疑問に思いながらもルークを初め皆、人魚は海に帰ったのであろうと思った。
だから誰も反応出来なかった。
踵を返したルークの足首を女の手が掴み、水の中にその身を引き釣り込んだことに。
「ルクティエス!」
アンドゥアイスの荒げた声が響く。
「殿下!」
「誰か殿下をお救いしろ!」
「無理です!水底迄引きずり込まれています!」
「魔術士!何とかならぬのか!?」
「数が多すぎます!攻撃魔術を使えば殿下に迄傷を負わせることになります!」
誰もがどうしようも出来なかった。
騎士たちは甲冑をつけているので水の中に入ることはできない。
甲冑を脱いで水の中に入ったところで人魚にかすり傷を負わせる事すら出来ないだろう。
水の中の敵のフィールドだ。
魔術士たちも水の中に居るルークを巻き込まず、人魚だけを攻撃する能力など持ってはいなかった。
帝国所属の魔術士の能力が低いわけでは無い。
事態と能力の相性がが悪すぎたのだ。
「殿下!殿下―ーーーッ!!!」
騎士団長の悲鳴がこだまする。
誰もがルークの命はここで費えるのだと思った。
瞬間。
水面から1メートルほど離れた上空の空間が歪んだ。
「今度は何だ!?」
歪んだ空間から飛び出してきたのは、皇太子の後宮に所属する宦官の衣装を纏った細身の少年だった。
ドプン、とそのまま水の中に落ちる。
そして人魚よりも速く泳ぎルークの体を抱き寄せた。
人魚たちは宦官の少年から逃げるように身を引いて行き、海へと帰って行った。
「プハァッ」
宦官の少年がルークを抱え水底から帰還した。
そのままルークを横抱えし陸に上がる。
そしてそっ、とルークを地面に横たえさせる。
「法術師!殿下に【治癒】の法術を使え!」
魔術士長が叫んだ。
しかしその言葉は宦官の少年によって阻まれる。
「阿呆か!呼吸が止まっている者に【治癒】をかけて助かる訳がないだろう!肺にたまった水を吐かせて自発呼吸をさせてやるのが先だ!!」
透き通るアルトの声は良く響き、皆の動きを止めた。
宦官の少年はルークの首を仰け反らせ、鼻を摘まむと自らの唇をルークの唇に重ねた。
「「「「「なっ!?!?」」」」
誰もがその行動に息を飲んだ。
宦官の少年は唇を離すと今度は両手で胸部を何度も圧迫する。
圧迫が終わると再び唇を合わせる。
それを何回も繰り返した。
誰も行動の意味が分からずに見ている事だけしか出来なかった。
宦官の少年が美しい顔を歪め、鬼気迫る表情をしていたからだ。
「戻ってこいルーク、私の処へ!」
グッ、と胸を圧迫した時ルークの口から水が吐き出された。
「ガハッ、ゴホッゴホッーーー」
ふるり、と銀色の睫毛が震えて瞼が上がる。
そこから現れたのはエメラルド色の美しい瞳。
その瞳が宦官の少年の顔を捉えると、うっとりと微笑んだ。
「サイ、ヒ…」
「あぁ、もう大丈夫だ。人魚は消えたしお前の体に後遺症は残らない。服を着替え水気を拭いて体を温めたらすぐに体調は戻る」
「う…ん……」
再びルークの瞼が閉じられた。
「誰かルークにタオルと着替え、それにあれば毛布を!」
「は、はいっ!!」
うむ言わせぬ強い声だった。
兵士が宦官の少年ーサイヒの指示通り動く。
ルークの処理がすんだのを見届けてサイヒは【転移】の魔術を発動させる。
「後は任せる。私は帰らせて貰うぞ」
サイヒの背後の空間が歪み、サイヒは軽く後ろに飛ぶと歪みに吸い込まれ姿を消した。
嵐が去ったような静けさだった。
【転移】のような高等魔術を操る宦官。
そして周りに有無を言わせぬカリスマ性。
誰もがサイヒの正体を知ろうとガヤガヤと言葉をなしていたが、サイヒの正体を知る者は1人も存在しなかった。
泳げない訳ではない。
ただ何体もの人魚たちがルークをとらえて離さないのだ。
(もう、無理だ…サイ、ヒ…最後に会い……った……)
ルークの意識は闇に飲まれた。
:::
事の起こりは王宮に寄せられた、冒険者が被害にあっている言う情報だった。
何でも海に続く大陸を走る運河に魔物が出現したのだと言う。
しかもその魔物はA級の人魚が大量に居ると言うのだ。
もう既にかなりの数の冒険者が死亡したらしい。
一般人の行方不明者を含めれば人数はもっと増えるだろう。
ガフティラベルは旅人の国と言われているだけあって冒険者も少なくない。
他国では珍しいA級やS級までの冒険者もギルドに所属している。
なので”冒険者が被害にあった”なんて情報は本来なら王宮には上がってこないのだ。
冒険者の不始末は冒険者が片付けるものである。
しかし現に情報は王宮に迄届いている。
つまりA級、S級の冒険者でも事態を解決できなかったことが伺える。
まず本来なら海にのみ生息する人魚が現れているだけでも異常事態なのだ。
そして人魚は本来攻撃的ではない。
危険を感じると攻撃してくる事もあるが、己から人間を襲ったりはしない。
知能も高く、人間のとの意思の疎通だって可能なのだ。
それが何故、運河にまで現れ人間に害なしているのか?
ともかく国としては動かざるを得ない状態であった。
運河は物流の船を出すため放っておくわけにはいけない。
物流が行き留まればガフティラベルの経済に大きなダメージが与えられる。
それは何としても防ぎたかった。
そして騎士団と魔導士団が派遣されることとなった。
帝国の騎士団は皆、A~S級の冒険者に匹敵する能力を有している。
魔導士団としてもそれは同じだ。
皇帝は騎士団と魔術士団を派遣することで、すぐに事の方は付くだろうと考えていた。
今回の出来事をそこ迄危険視していなかったのだ。
これは皇帝が暗愚と言うわけでは無い。
人魚が相手なら十分過ぎるほどの戦力を投資している。
だから皇帝は甥であり、騎士団の副隊長を務めるアンドュアイスの言葉に首を縦に振った。
「今回の件、ルクティエスも同行しては如何でしょうか?将来国のトップに立つときのために、己が率いる騎士団と魔術士団がどれほどのモノなのか知っておくべきです。
皇帝自身が戦場に立つこともあるのです。ルクティエスはもう子供ではありません。経験を積ませる良い機会かと」
皇帝はアンドュアイスの言葉に納得した。
自らが若かりし頃に戦場を駆け回った”武王”であったため、その言葉は皇帝に響いた。
「今回の出兵はルクティエスに率いらせる。アンドゥアイス、其方も補佐官として手助けしてやってくれ」
「承知いたしました皇帝陛下」
礼を取ったアンドュアイスの顔が、喜色に満ちていることに気づいたものはいなかった。
:::
運河につけばそこはシン、と静まり返っていた。
本来なら物流用の船がごった返し大勢の人間の声が聞こえているはずだ。
今は船は置かれているものの人の存在は無かった。
人魚が出たと言う出没場所に来たものの何の気配も無い。
「本当にここが現場なのか?」
誰かが呟いた。
その呟きを初めに、兵たちはざわざわと疑問を口にする。
何の形跡もない。
魔術士に調査させても魔力粒子すら存在しない。
「水辺に近寄る必要性があるな。ついて来いルクティエス」
「はい兄上」
アンドュアイスの言葉にルークは従った。
騎士も魔術士も人魚の気配が微塵も無かったことで気が抜けていた。
普段なら皇太子を水辺に近づけはしなかっただろう。
なのに今日に限って何故か、頭の中に薄い霧がかかったように思考能力が低下していた。
水辺迄来たルークとアンドゥアイスは馬から降りる。
覗き込んでも何の気配も感じられない。
疑問に思いながらもルークを初め皆、人魚は海に帰ったのであろうと思った。
だから誰も反応出来なかった。
踵を返したルークの足首を女の手が掴み、水の中にその身を引き釣り込んだことに。
「ルクティエス!」
アンドゥアイスの荒げた声が響く。
「殿下!」
「誰か殿下をお救いしろ!」
「無理です!水底迄引きずり込まれています!」
「魔術士!何とかならぬのか!?」
「数が多すぎます!攻撃魔術を使えば殿下に迄傷を負わせることになります!」
誰もがどうしようも出来なかった。
騎士たちは甲冑をつけているので水の中に入ることはできない。
甲冑を脱いで水の中に入ったところで人魚にかすり傷を負わせる事すら出来ないだろう。
水の中の敵のフィールドだ。
魔術士たちも水の中に居るルークを巻き込まず、人魚だけを攻撃する能力など持ってはいなかった。
帝国所属の魔術士の能力が低いわけでは無い。
事態と能力の相性がが悪すぎたのだ。
「殿下!殿下―ーーーッ!!!」
騎士団長の悲鳴がこだまする。
誰もがルークの命はここで費えるのだと思った。
瞬間。
水面から1メートルほど離れた上空の空間が歪んだ。
「今度は何だ!?」
歪んだ空間から飛び出してきたのは、皇太子の後宮に所属する宦官の衣装を纏った細身の少年だった。
ドプン、とそのまま水の中に落ちる。
そして人魚よりも速く泳ぎルークの体を抱き寄せた。
人魚たちは宦官の少年から逃げるように身を引いて行き、海へと帰って行った。
「プハァッ」
宦官の少年がルークを抱え水底から帰還した。
そのままルークを横抱えし陸に上がる。
そしてそっ、とルークを地面に横たえさせる。
「法術師!殿下に【治癒】の法術を使え!」
魔術士長が叫んだ。
しかしその言葉は宦官の少年によって阻まれる。
「阿呆か!呼吸が止まっている者に【治癒】をかけて助かる訳がないだろう!肺にたまった水を吐かせて自発呼吸をさせてやるのが先だ!!」
透き通るアルトの声は良く響き、皆の動きを止めた。
宦官の少年はルークの首を仰け反らせ、鼻を摘まむと自らの唇をルークの唇に重ねた。
「「「「「なっ!?!?」」」」
誰もがその行動に息を飲んだ。
宦官の少年は唇を離すと今度は両手で胸部を何度も圧迫する。
圧迫が終わると再び唇を合わせる。
それを何回も繰り返した。
誰も行動の意味が分からずに見ている事だけしか出来なかった。
宦官の少年が美しい顔を歪め、鬼気迫る表情をしていたからだ。
「戻ってこいルーク、私の処へ!」
グッ、と胸を圧迫した時ルークの口から水が吐き出された。
「ガハッ、ゴホッゴホッーーー」
ふるり、と銀色の睫毛が震えて瞼が上がる。
そこから現れたのはエメラルド色の美しい瞳。
その瞳が宦官の少年の顔を捉えると、うっとりと微笑んだ。
「サイ、ヒ…」
「あぁ、もう大丈夫だ。人魚は消えたしお前の体に後遺症は残らない。服を着替え水気を拭いて体を温めたらすぐに体調は戻る」
「う…ん……」
再びルークの瞼が閉じられた。
「誰かルークにタオルと着替え、それにあれば毛布を!」
「は、はいっ!!」
うむ言わせぬ強い声だった。
兵士が宦官の少年ーサイヒの指示通り動く。
ルークの処理がすんだのを見届けてサイヒは【転移】の魔術を発動させる。
「後は任せる。私は帰らせて貰うぞ」
サイヒの背後の空間が歪み、サイヒは軽く後ろに飛ぶと歪みに吸い込まれ姿を消した。
嵐が去ったような静けさだった。
【転移】のような高等魔術を操る宦官。
そして周りに有無を言わせぬカリスマ性。
誰もがサイヒの正体を知ろうとガヤガヤと言葉をなしていたが、サイヒの正体を知る者は1人も存在しなかった。
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