魅了の対価

しがついつか

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朝食の席で

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伯爵邸の厨房は本邸内にある。
厨房のすぐ隣は使用人用の食堂となっており、すべての使用人がそこで食事を取ることになっている。

朝食のメニューはほぼ固定で、バゲットと野菜スープ、それからゆで卵のみだ。
おかわりは自由らしい。



使用人の数に対して、食堂の席数は少ない。
皆、交代で食事を取るのだ。
相席も当たり前である。


力仕事が主な男達はかなりの量を平らげるため、いつのまにか比較的小食が多い女性達が先に食事を取るようになっていた。
男達の後に食事を取ろうとすると何も残っていないことが多々あるので、食いっぱぐれないように注意が必要だ。

家政婦長に説明されたとおりの時間帯に食堂を訪れたリンリーは、歳の近い洗濯女中が集うテーブルに入れてもらった。
昨日から新しい侍女が入ったことは既に聞き及んでいたようで、皿を手にどの席に着こうか困っていたリンリーを手招いてくれたのだ。


「ありがとうございます。助かりました」
「いいのよ。席が少ないから、空いている席があったら気にせず座った方がいいわ。席を取られたーって言って怒るような人もいないから」
「朝は忙しいから、ゆっくりおしゃべりしながら食事する人もあまりいないしね。さっさと食べてさっさと出て行くのが基本よ」
「そうそう。『おしゃべりするなら談話室で』ってね」


使用人達が己の食事にかける時間は短い。
ゆっくりと食事を取るのは休日か、業務終了後から就寝までの自由時間くらいだ。


席に着いた時間が違うからか、はたまた食事スピードが違うだけなのか。
リンリーのいるテーブルの女中達も、一人また一人と完食してテーブルを離れていった。


「そういえば、リンリーはどこの担当になったの? うちの女中長からは何も聞いてないから、少なくとも洗濯ではないはずよね?」


リンリーの右隣に座り、ほぼ同じペースで食べていた洗濯女中のルビーが思いついたように言う。
パンをスープで流し込んだリンリーが答えた。


「はい。私はアッシュ様の下級侍女となりました」
「――え?」


ルビーは目を見開き、手にしていたパンの欠片を床に落としてしまった。
彼女だけで無く、目の前に座っている女中――先程までの洗濯女中とは別人――や、リンリーの声を耳にした使用人達が一斉に動きを止めた。
皆、驚きの表情でリンリーを見た。


リンリーは困惑する。


「え、っと…どうか…しましたか?」
「…今、アッシュ様って言った…?」
「は、はい…」


ルビーは『うわぁ』と嫌そうな声を出した。
次いで彼女は、可哀想な人を見る目でリンリーを見た。


「あなたも災難ね…」
「え…。あの、それって…アッシュ様に何か問題があるのでしょうか?」
「……」


ルビーは無言だったが、肯定しているようなものだった。




「侍女を辞めたくなったら、すぐに執事長のマイクさんに言った方が良いわよ。あの人はわりと話がわかる人だから、きっと配属を変えてくれるわよ」
「あ、はい。それは昨日、執事長にも言われました。侍女の仕事が不向きだったらすぐに言うようにと…」


目の前に座った年嵩の女中が助言をしてくれる。
リンリーの返答に、彼女は「ぜひそうしなさい」と頷いた。


先に食べ終わった人達が「頑張って」とリンリーに声をかけて食堂を出て行くのを見送っていくうちに、彼女は今日からの業務が不安になってきた。
侍女とはそんなに過酷な仕事なのだろうか。
それとも、第二子のアッシュだけが特別問題児なのだろうか。



なんだか恐ろしくなってくる。

食欲は完全に無くなったが残すわけにはいかないため、ゆで卵の半分とバゲット一切れを無理矢理口に押し込むと、スープで流し込んだ。
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