魅了の対価

しがついつか

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借金の完済(2年後)

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アッシュの侍女として真面目に勤めること約2年。
ついにリンリーの実家の借金を完済することが出来た。



給料のほぼすべてを仕送りをし続けたリンリーは、妹からの借金完済の手紙を読んで泣いた。


この2年、無休で働き続けたリンリーは、手紙を受け取った翌日に初めて休んだ。
泣きはらしたことで目は腫れていたし、喜びと今までの苦労が報われた安堵感からか熱を出したのだ。

熱がなかなか下がらず、結局3日間休んでしまった。

彼女の仕事のうちアッシュの食事の配膳だけは欠かすことが出来ないので、誰かに代わってもらえるように執事長に頼んでおいた。







「リンリーっ!」
「アッシュ様? どうされたのですか?」


快復した翌朝、いつも通り朝食のトレイを手にアッシュの部屋を訪れたところ、ノックをするより早くドアが開いた。
リンリーは驚きつつもスープを零さぬよう、さっさと部屋に入りトレイを机に置いた。


「…リンリーが…もう…来てくれないのかと思った…」


アッシュの顔は泣き出しそうに歪んでいた。

今まで毎日顔を合わせていたリンリーが、3日も休んだのだ。
心配したし、不安だったのだろう。




(うわ…酷い顔…)


泣きそうな顔の主を見た感想がそれだ。
心配してくれた主に対する感想としては酷いものである。


2年経った今もアッシュに対する嫌悪感は消えていない。



リンリーの教育により人間らしい知識と生活技術を学んだアッシュは、出会った当初より大分マシな存在になったといえよう。

食事マナーは早々に覚えたため、手を汚しながら食べることはしない。
朝起きたら顔を洗うことを覚えたし、盥風呂で自分の髪と体の洗い方を覚えた。
アッシュの名前はもちろんのこと、平民リンリーが読み書きできるレベルの文字は一通り習得した。
洗濯は場所が必要なため相変わらずリンリーが行っているが、部屋の掃除は1人でも出来るようになった。

貴族らしさはないが、平民として暮らすには問題ないレベルにはなっている。


人間らしい振る舞いができるようになったアッシュに対して、不快になる要因は減っているはずなのだが、それでもリンリーは彼に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

だが、それはそれ。これはこれ。仕事に私情を挟んではいけない。
対価として高い給料を頂いているのだから、嫌いだからと言って職務放棄をすることは許されない。



「体調を崩しましてお休みを頂いておりました。ご迷惑をお掛けし、申し訳ございません」
「もう…大丈夫…?」
「はい」
「そう…よかった!」


アッシュは心底ホッとした様子で笑った。

リンリーは表情を変えることなく、アッシュに着席を促す。


「スープが冷めないうちに、お食事を召し上がってください。私はその間にお湯の準備をして参ります」


きっとこの3日間、アッシュは洗濯も風呂の用意もしてもらっていないはずだ。
汗ばむ季節ではないとはいえ、3日間も湯浴みをしていなければ汗臭くもなる。


「ありがとう。…でも、無理はしないでね」
「はい。問題ありません」


アッシュが食事に手を付け始めたのを見てから、リンリーはお湯を取りに行った。






借金を完済したため、リンリーがアッシュの侍女を続ける必要は無い。
皆が嫌がる仕事を2年も務めたのだ。異動願いをだしても誰も文句を言わないだろう。
――己が貧乏くじを引くかも知れない事を恐れるかも知れないが。


(これで妹達にもっと良い物を食べさせてあげられるわ…。それに私の老後の貯金もできそうだし…。最低でもあと4、5年は働いておきたいわ)


妹達のため、そして己のためにリンリーは今の仕事を続けるつもりだった。
アッシュのことは嫌いだが、業務内容については不満はないのだ。



リンリーにとってはお金以外の目的でしかなかったが、彼女が侍女を続けることはアッシュにとってこの上ない幸運なことだった。





この2年で、アッシュの部屋には物が増えた。
増えたといっても詰め込めばクローゼットにすべて収まりきる程度だ。
執事長の許可を貰い、処分予定のゴミ置き場から拾ってきた書籍や地図、算盤や櫛にヒビの入った鏡など。
もともと処分品のため汚れや傷みがあるが、アッシュにとっては宝物に等しい。




この2年の間で、リンリーへの執着心はよりいっそう強くなっていた。
それがどれほどのものかは表面化していないため、誰にもわからない。

だがもしリンリーが彼から離れるのなら――いや、彼女自らの意思で離れるのならば、アッシュは絶望しながらも無理に引き留めることは出来ないだろう。

もし誰かがリンリーをアッシュから引き離そうとしたのなら、その誰かをアッシュは絶対に許さない。


歪に育った少年の心がこの先どうなるのかは、リンリー次第だ。
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