魅了の対価

しがついつか

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嫌悪が消えた日(5年後)

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それは突然のことだった。


「…あら?」
「どうしたのリンリー?」


アッシュの昼食を机に置いた時、ふいにリンリーの心から嫌な気持ちが消え去った。


(なに…かしら? さっきまで感じてた嫌な気持ちがなくなったみたい…)


黙り込むリンリーの顔を、アッシュがのぞき込む。


「大丈夫?」
「――あ、はい。申し訳ありません。少し、ぼうっとしてしまいました」


謝罪するリンリーはごく自然に
それを間近に見てアッシュは目を丸くした。


「…リンリーが…笑った…」
「――え?」


驚くアッシュの顔を見ると、リンリーはあることに気づいた。


(アッシュ様って…こんなに可愛らしいお顔をしていたかしら…?)


思わずじっと彼の顔を見た。
まともにアッシュの顔を見たのはいったいいつぶりだろうか。


最初に出会った時は不衛生で栄養失調のため、酷い顔をしていた。
5年経った今では、その頃と比べたら格段に美しくなっている。
質素ながらも三食きちんと食べることが出来るようになったため、背も伸びた。

身につけているものは使用人用の粗末なシャツとズボンだが、洗濯をしているため清潔感がある。

リンリーがハサミでカットした髪は切りっぱなしボブになっているが、見苦しさはない。



目の前の少年には、なとリンリーは思う。



「ど、どうしたのリンリー?」


アッシュに戸惑いがちに声を掛けられて、ハッとする。


「失礼しました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ。…私は作業がありますので、これで失礼いたします」



一礼すると、足早に部屋を出た。











結果として、心境に変化が生じたのはリンリーだけでは無かった。
ブラウンロード伯爵邸内にいた者すべてが、ある瞬間を境に変わったのだ。


使用人達の多くは『あれ…?』『どうして伯爵邸の三階を避けていたんだっけ?』『どうしてこの洗濯物だけ近づかないようにしていたのかしら?』と不思議そうに首をひねった。
いつも通りアッシュがいる場所や使用した物を避けるようにしていたが、突然その理由がなくなり困惑していた。

『アッシュだから』は避ける理由にはならないのだ。


同時刻、伯爵家の長女付の侍女と執事は『なぜビビアナ様のためにこんなことまでしているのだろうか』と手を止めた。
彼ら5人はそれぞれ別の場所にいたが、皆『ビビアナの願い事』を叶えるために行動していた。

入手困難な物品を手に入れるために自費で隣国に向かう途中の者。
店の開店時間まで前日の夜から徹夜で並び、商品を手に帰路につく者。
ビビアナが欲した物を手に入れるために、哀れな町民から力任せに奪い取った者。
今日一日、下着姿で過ごすことを命じられた者。


信じられないことに、彼らは嬉々としてその命令を受け入れていた。
『ビビアナだから』は優遇する理由にならないのに。



正気に返った彼らは、各々しかるべき行動を取ったのち、雇用主である伯爵の元に向かった。










リンリーは焼却炉の近くのゴミ捨て場の前で佇んでいた。


にアッシュ様に適した本がないか探しに来たのだけれど…ゴミ捨て場の本を伯爵家の令息に与えるのって、どうなのかしら…)



何故今まで何の疑問も持たなかったのか。
ゴミ捨て場の本を主に与えるなど、正気の沙汰ではない。



昼食後のこの時間帯はゴミ捨て場や物置で使えそうな物品を漁ることを日課としていたため、他にやることがない。


どうしたものかとリンリーがその場に立ち尽くしていると、邸の方から人が走ってきた。



「リンリー!」
「執事長?」
「旦那様がお呼びです、すぐに来てください!」
「え…?」
「アッシュ様が貴方がいなければ話を聞かないと――ああ、とにかく急いで!」
「は、はい!」



はやく!と急かす執事長について行き、5年目にして初めて伯爵一家の居住エリアに足を踏み入れた。



向かう途中、何があったのかを掻い摘まんで教えて貰った。

なんとアッシュの妹であるビビアナが捕まったらしい。
10歳になったビビアナは今年から学園に通っている。
そこで王族に不敬を働いたのだという。


罪状は『悪質な魅了術の乱用』だそうだ。


ビビアナの魅了術を魔道具で封じられたため、伯爵邸内のすべての者にかけられていた魅了術が解除されたらしい。
すぐにでも娘の元に飛び出そうとした伯爵だったが、王宮から沙汰があるまで自宅待機を命じられてしまった。

その間にふと、アッシュのことを思い出した。
そして徐々に次男への仕打ちを思い出した伯爵一家は顔面蒼白となり、彼に会いに行ったのだがアッシュは『リンリーがいないなら話を聞かない』の一点張りで話を聞こうとしないそうだ。








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