全てを識る指先

SF

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第8章

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あの忌まわしい夜が明けた後、誰もが使用人をなじり、蔑み、屋敷から追い出した。フラヴィオが何も語らぬうちに。

「リコは、私の従兄弟は、首を括らんとするところまで追い詰められていました。自業自得ですがね」

フラヴィオの身体から熱が引いていく。顔は蒼白になり、肌が粟立つ。
彼が屋敷を去った後は、彼がどうなったのか、フラヴィオは一切知らされていない。

「・・・そんな・・・」

フラヴィオは項垂れる。白い肩がカタカタと震え、自身を抱きすくめた。

「それじゃあ、まるで意味がないじゃあないか。僕が、せっかく・・・」
「やはり、貴方は彼を庇っておられたのですね」

フラヴィオは息を詰めた。そして、頷いた。
あの夜が来るまで、フラヴィオはリコを慕っていた。優しく細やかな気配りをする彼が好きだったのに、それを恋と自覚するにはまだフラヴィオは幼すぎたのである。

「本当は・・・愛していたのに」

しかし、唐突に想いを告げられ、どうしていいか分からなかった。咄嗟に断ってしまった。

「フラヴィオ様」

セシリオの手がフラヴィオを包む。湿った睫毛やしゃくりあげるのを堪えて結ばれた唇、冷たく強張った頬を撫でる。

「リコは、息災ですよ。貴方のおかげです」

フラヴィオは顔を上げる。

「貴方の奔放な振る舞いが、彼の一族の耳にも届きまして、リコへの態度も軟化してきたのですよ。親戚のところに身を寄せ、奉公先も決まったようです」

フラヴィオは目を瞬きさせる。

「私は貴方にお礼をしたくて参ったのです。私が捧げられるものは、作品だけですから」

フラヴィオの瞳の勿忘草色が滲む。頬に涙が伝い、「ああ・・・」と両の掌に顔を埋めた。

「フラヴィオ様、顔を上げて」

セシリオの逞しい手がフラヴィオの頬を挟む。指先が涙で濡れる顔を辿った。

「ようやく見せてくれましたね。貴方の美と淫らの奥にある真まことを」

俯いたままのフラヴィオは頭を殴られたような気がした。セシリオは、彫刻の為に自分の心を掻き乱したのかと。柔く清い部分を、強引に暴いたのかと。
この男もあの使用人と同じではないか。
あの時と同じように胸に去来したのは、怒りと、屈辱と、そして裏切られた悲しみであった。
しかし、顔を上げたフラヴィオを待っていたのは、冷徹な観察者ではなく、慈愛を金と緑に溶かしたセシリオの顔だった。

「貴方は美しい」

温かな手のひらの温度が、冷たくなった頬に染み渡り心地よい。逞しい腕がフラヴィオを抱きしめた。

「まだ、リコを愛していますか」

少し震えた声に驚きつつも、フラヴィオは首を横に振る。今となっては恋というより、兄弟や友人を慕う親愛の情に近い。

「では私の女神ミューズになっていただけませんか。貴方といると、勇気と意欲が湧いてくるのです」
「・・・素直に恋人になりたいと言えぬのか」
「そんな。恐れ多い。身分も違いますでしょう」
「そんなもの、どうにでもなる」
「いけません」
「もう黙れ」

フラヴィオはセシリオの唇を奪う。初めて口付けるその場所は少し乾いていて、そして温かかった。

「今は、僕を慰めろ」

セシリオはフラヴィオを掻き抱いた。息が止まりそうなほど強く抱きしめられ、求められる悦びが溢れ出す。しかしセシリオはなおも拒んだ。

「いけません。自分を止められなくなる」
「好きにすればいい」
「駄目だ」

セシリオが腕を解く。
拒絶されたのかと微かに怯えを見せるフラヴィオの身体を、セシリオは抱き上げ立ち上がる。

「上へ行きましょう。ここでは抱けない」

フラヴィオは万感の思いでセシリオに抱きつく。セシリオは優しく目を細め、フラヴィオに口付けた。
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