全てを識る指先

SF

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第11章

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フラヴィオが目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。セシリオの家の中でないと分かり焦って覚醒するも、冷静に見渡せば帰りの馬車の中で揺られているところであった。
ベッドの中で愛の交歓をするうちに微睡を覚え、セシリオの腕の中で瞼を閉じてからの記憶がない。
そっとカーテンを開ければすでに日は落ちており、木々が馬車の明かりの色に照らされもうすぐ屋敷に着くことが予想された。
セシリオはどうしたのであろうか。まさか夢だったのではあるまいかときっちり着せられた服の袖をさする。
やがて屋敷に到着し、従者にお加減はいかがですかと尋ねられた。話を聞こうと立ち上がると、上着をかけられた膝の上から何かが転がり落ちた。小さいが、片手に収まりきらぬ大きさの箱だ。
『ご褒美です』と箱の隅に走り書きがしてあった。字が書けるのかと驚いた。生まれついての盲ではないらしい。
そして、いい子にしていたら、と約束したことを思い出した。
フラヴィオは手早くそれを拾い抱え込んだ。セシリオからの贈り物に弾む心を隠すように。
訝しがる従者に話を聞けば、作業の途中でフラヴィオが疲れて眠ってしまったと、セシリオがフラヴィオを抱き抱え家から出てきたという。
悪い遊びもほどほどにと釘を刺されたので、何をしていたのか察しがついているのだろう。それを裏づけるようにシャツのボタンは掛け違っていた。盲のセシリオが四苦八苦しながら着付けたのだろうかと考えると、申し訳ないようないじらしいような気持ちが湧き起こる。まだ何か言いたげな従者に形ばかりの労いの言葉をかけ、箱を抱えて離れの塔に駆け込んだ。

フラヴィオは、暴れる心の臓を宥めながら箱の蓋を開ける。
目に飛び込んできたものにギョッとした。
箱の中にはーーーーーーーー

ドアがノックされた。

フラヴィオは蓋を閉めてから入室を許可する。
先程の従者であった。まだセシリオに言伝を預かっているという。
それを聞くと、フラヴィオは目を剥いた。

「今なんと?」
「ですから、もうフラヴィオ様のもとには来ないと。
フラヴィオ様も訪ねてこなくてよいとおっしゃっておりました」

なぜ、という疑問が一番初めに生まれた。
一度だけの関係で満足してしまったのだろうか、それとも交わったのも彫刻の為だったとでもいうのか、自分のような跳ねっ返りは製作の邪魔なのだろうか。ではあの贈り物は、丹念な愛撫と愛の言葉はーーーー
次から次へとこのような考えが湧き出し止まらない。
先程の箱に目をやる。しかし中身を思い出すと顔が火照りそうになりすぐ従者に向き直る。
困惑の中、わかった、と一言返すのが精一杯であった。
従者が立ち去ると、カンの強いフラヴィオは混乱する思考ごと捨て去るように屑籠の中に箱を叩き込む。
しかし、それは半刻も経たぬうちに持ち主によって拾い上げられるのであった。
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