夜明け前 ~婚約破棄から始まる運命の恋~

冴條玲

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第二章 聖サファイア

第9話 ルーカス・トランスサタニアン

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 ルーカスがやっつけられると、エトランジュが楽しげな笑い声を立てて、でもすぐに、ルーカスに癒術ヒールをかけた。
 ふくれつらをして、ルーカスにめーって言うんだけど。
 そんな表情もしぐさも、可愛らしいばっかり。
 ルーカスが態度を改めないのも仕方ないよね。
 エトランジュにめーされたくて、あえて面倒を起こしてるんじゃないのかな、ルーカス。

 ルーカスは黙っていれば艶やかな美貌の皇子様で、姿勢もよく、エトランジュの横に並び立っても遜色しなかった。


  **――*――**


 教官室に荷物を運んでもらって人心地ついた後、ロビーに降りると、ワインを傾けるルーカスがいた。
 なんだか、憎めない気持ちになって興味がわいていたから、断って相席してみたんだ。

「エトランジュと恋人同士って、ルーカス様はご本気で? エトランジュに嫌われていると思ったりはなさらないのですか?」

 あまり、ぶしつけなことを聞くのは失礼かなとも思ったけど、さっき、魔法攻撃しておいて、今さらかなって。
 ルーカスはウッと息を詰めた後、爆笑した。

「エトランジュがオレを嫌ってるわけないだろ。見ろよ、傷一つ残さず綺麗に癒してくれたぞ。じゃれてんだよ、ちょっと激しめの愛情表現ってトコだな。あいつは昔から、激しい女なんだ」
「――……」

 すごいな、ルーカス。
 私が彼の立場だったら、エトランジュの第一声が「ガゼル様」で、彼への挨拶は三対一での魔法攻撃じゃ、いくら癒してもらえたところで、嫌われてるとしか思えないけど。
 でも――
 なんだろう、彼の方がカッコいい気がするのは。
 彼みたいになりたいわけでは全然ないけど、私はいろんなことを気にし過ぎていて、それはたぶん、傷つきたくないからなんだ。
 なんだか、すごく、情けない理由でグズグズしていた気がしてくるよ。

 彼のこと、嫌いじゃない。

 恋人同士っていう認識はさすがにルーカスの勘違いだとしても、エトランジュもそこまで彼を嫌ってるわけではなくて、じゃれてるだけだと彼が言うのは、案外、その通りなのかもしれない。
 だって、ルーカスをやっつけた時のエトランジュも、やっつけられたルーカスも、とても、楽しそうに笑っていたから。

「ルーカス様は、エトランジュが先に私を呼んだことを気にしたりはなさらないのですか?」
「はぁ?」

 マジマジと私を見たルーカスが、また、ウグッとなった後、爆笑した。

「おまえなんかが相手になるか? 三対一でやっと勝負できるザコの分際で、オレに警戒されるとでも?」

 ここまで言われてしまうと、いっそ、すがすがしいかもしれない。
 うん――
 嫌いじゃない。

 三対一でフルボッコにしたの事実だし。
 一対一で敵うかと言われたら、――確かに、ね。
 
 帝王学の教官ね。
 エトランジュより、いっそ、私の方が彼から学ぶことは多いのかもしれない。
 私の方は、礼儀作法の教官として招かれた――もとい、父上にねじ込んでもらったんだけど。
 ルーカスの方も、おそらくは、グレイスを光の聖女の候補生として留学させる交換条件に、帝王学の教官の椅子を用意させたんだろうね。
 そうでもなければ、教官は聖サファイアから選出されるはずだから。


 会えたらすぐ、エトランジュにあの日のことを謝って、彼女がまだ私を想ってくれているなら、婚約を申し入れるつもりでいたんだ。
 だけど、私の傍でなくても、楽しそうに笑うエトランジュを見た時に、私に望む女性と結ばれて欲しいと願ったエトランジュの気持ちが、わかった気がした。
 彼女自身の可能性と選択肢を知らないエトランジュに、知らないまま私を選ばせたくないと、私も、思ったんだ。その選択を、生涯、後悔されたらつらすぎるから。
 愛しいからこそ、エトランジュには幸せな選択をして欲しい。
 彼女を誰よりも幸せにできるのが私だったら、どんなにいいかと思うけど――


 でも、正直に言うとね。
 ルーカスは敵じゃないと思ってる。
 あの子、翡翠と言った? 光の使徒の方が手強いよ、明らかに。
 それでも、私にも勝ち目はあるよね。
 あわてなくても、明日には公式に顔を合わせるのに、私を見つけて寄宿舎から出て来てくれて、一番に、私の名を呼んでくれたんだから。
 歓迎されるか、拒絶されるかわからないと思っていたけど、ルーカスへの態度を見る限り、私への態度は少なくとも『会いたくなかった』では、なかったと思う。
 ルーカスの邪魔が入らなかったら、なんて、続けてくれたんだろう。
 もしも、『会いたかった』だったら聞きたかったな。邪魔が入って残念。


 ――私はまだ、気がついていなかった。
 ルーカスよりも光の使徒よりも、一番、やっかいなのはグレイスだってことに。
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